第24話 怒らせるとやべー奴
1人の少女は異変に気づく。
自身の主人がトイレに向かって、既に15分以上は経過しているのに、まだ帰って来る気配がないのである。
一般的に見れば、何もおかしいとは思わないだろう。
しかし、奴隷の中でも、飛び抜けて優秀な彼女だから気づけたことがある。
(おかしいです。ここからお手洗い場まで約1分足らずで着くはず。リンさんのお手洗いの時間は長くても10分と少し。しかし、今回はそんなに時間はかからないはずで…)
否̶、̶た̶だ̶の̶変̶態̶。̶
ずっとそばにいたから気づいたことだ。
凛をずっと見続け、凛の仕草や言動など、有りとあらゆる動きを記憶している彼女。
半ばストーカー、厄介ファンのような気̶持̶ち̶悪̶さ̶愛が存在していた。もはや狂気である。
しかも、考えるだけじゃなく、ちゃんと行動に移せるのも彼女の魅力の一つだろう。
少女は窓を開き、暗くなった街並みを見る。
目を閉じ、魔力を周囲に放出する。
魔力による空間把握能力。
2人の旅には欠かせない存在となった力を凛を探すためだけに使う。
(うーん、近くにはいないようですね。範囲を広げる?いえ、まだ時間はそれほど経っていないはず……なら、もう少し精度を上げましょうか)
他人から見れば、夜の街並みを背景して黄昏てると思うだろう。
それほど、少女は冷静だった。
「急いては事を仕損じる」
そんな言葉この世界には存在しないが、彼女には長年の経験で培われた緊急時の対処方法を身につけている。
決して慌てないこと。状況を分析すること。
そして、どうやって隠密に対処するのかを。
(……いた)
主人の姿が運ばれる姿を発見。
とは言え、頭部が布に包まれており、本人かどうか確認することは難しい。
しかし、アテスは体̶つ̶き̶や̶ス̶リ̶ー̶サ̶イ̶ズ̶ま̶で̶全̶て̶を̶把̶握̶鋭い感が働いた。
間違いなく自身の主人だと。
しかし、彼女はすぐには向かわなかった。
助けるべきタイミングではないからだ。
もっと根本を断たないと意味がないと過去の経験から知っている。
だから、少女は…。
「ふっ、出荷される家畜みたいですね」
主人を嘲笑った。
それはもう綺麗な失笑だった。
色んなところに喧嘩を売るような言葉文句で、主人の無様な姿を1人ケタケタと笑う。
側から見れば、頭がイカれた人だ。
でも、場所さえ把握しておけば、問題は発生しないと考えていた。
連れ去るってことは、すぐには殺すつもりはないのだから。
楽観的にも思えるし、ある意味合理的な判断にも思える。
だが、真に気にするべきは、何故そうなったのか原因の追求。
そして…。
(来る)
襲いかかる敵の対処。
その時、バタン!と勢いよく扉が開かれる。
覆面を被った3人組がゾロゾロと入り、アテスに飛びかかった。
剣を突き出し、確実にアテスの急所を狙う。
「……悪く思うなよ」
瞬時に中の状況を判断して、目標を定める。まさにプロの所業。
普通の人間であれば対処は不可能に近い。
しかし、今回は相手が悪かった。
彼女は空間把握で感知済みだったため。
……即決着。
「さて、お話を伺いましょうか?」
「この縄を解きやがれ!」
1人の人物はバタバタと暴れる。
覆面は剥がされ、宙吊りにされるという屈辱を味わう。
他の2人は完全に伸び切っていた。
「解いたら暴れるでしょう?あ、折衷案として手足を切断するのはどうでしょうか?」
「このままで構わない。何でも話してくれ」
よく手足の切断を持ちかけるアテスはどこかおかしいのかもしれない。
逆に、宙吊りで離せと文句を垂れる不審者の人の方が真っ当だと思う。
しかし、彼女にとって3人の状態など気にするに値しない。
冷静に見えるが、奥底では怒り心頭。
早く問題を解決しようと手段を選ぶ余地はなかった。
「ではお聞きします。何故、リンさんを誘拐したのですか?」
「知らない。私達はただお前を誘拐して来いとしか言われてない。生死問わずな」
「じゃあ、依頼主は誰ですか?」
「紳士っぽい男だったよ。話を聞きに行った時にナンパされたから覚えているよ」
その時、アテスの頭に1人の人物が浮かぶ。
そいつは図々しくも、自身を口説こうとしていたのだ。
少女の人生に初めて鳥肌を立たせたキモ男として、未来永劫顔すら見たくない奴だった。
「あ、そうそう、私達以外にも依頼された人がいたな。そいつらは別の依頼をされてたみたいだけどね」
「……意外とペラペラ喋りますね」
「そうかな?依頼主がいなくなれば、貰える金は無くなるけど、命のほうがもっと大事だから別にって感じ?」
仕事を請け負った人とは思えない発言。口に風船でもついてるのだろうか?
あのアテスでさえ呆れている。
「後、単純に気持ち悪かったから」
「それはわかります」
さらには依頼主の悪口。
ネットでの口コミがあれば、星1しかつけられないだろう。
しかし、依頼主が全面的に悪いのも原因の1つだ。
アテスでも同情するレベルって言うことわざが誕生しそうだ。
「なるほど。情報の提供ありがとうございます。もう用済みです」
これ以上の情報は期待できないと判断して、アテスはもう1人の人物を叩きのめしに行こうとする。
「あの、出来れば床に下ろして欲しいのですが」
「手足」
「このままでいまーす」
少女は窓から飛び降りる。
空間把握で感知したのは、アテスを襲った3人だけではなかった。
宿屋の近くにある人気のない裏道を走る2人の存在。
そいつらは、意味ありげに宿屋から離れようとしていた。
アテスはその道の出口に先回りをして、問答無用で捕縛する。
「では、尋問を始めます」
「お、俺らはなにもしてねぇ!」
それは無理があると思う。
こんな真夜中に人気のない道を走っている人が何もない訳がない。
「それはやっている人の言い方ですよ。では、改めて聞きします。リンさん……私の友人を誘拐した理由はなんですか?」
「し、しらねぇ!」
とぼけようにも下手すぎた。
相手が急な事態に焦っていたのか、あるいは嘘に慣れていないのか。
発言や表情に自分は犯人ですと遠回しに伝えているようだった。
「なるほど、では」
「グァ!」
アテスは電撃を流す。
縛っている縄から雷の魔法を伝達させ、気絶しない程度に威力を抑える。
スタンガンのように一瞬で意識を奪われないから、スタンガンのほうがよっぽどマシだ。
「で?どうしますか?」
これは最早、尋問ではなく拷問だった。
少女は男を睨む。
男はビクッと体を震わせ、何をされるかわからない恐怖に心が折れる。
「……ただの嫉妬だ」
「はい?」
捉えた男は語り出す。
だが、内容は突拍子もなく、今回の誘拐と何の因果があるのかわからなかった。
「女を侍らせて旅をしているってだけで、あの人はこんな依頼をして来た」
「は、はぁ」
深刻な表情で語る割にはくだらない内容だ。
アテスも聞く耳を持つのも嫌になる。
要約すると、凛がアテスを侍らせて旅をしているのが羨ましく、凛を利用してアテスを誘き出そうと思ったらしい。
「そ、それ以上のことは何も知らねぇ」
「……わかりました。ありがとうございます」
(そろそろ頃合いですね)
少女は男を気絶させ、縄を解き、そこら辺にあるゴミ箱に放り込む。
一応、証拠隠蔽のつもりだ。
酔い潰れてゴミ箱に入ってしまったって言う筋書き。まあ無理があるだろうが。
だが、少なくとも誰がやったかはわからないはずだ。
アテスは周囲を確認して、高く跳躍。
民家の屋根を伝い、最速で最短距離で目的の場所に向かう。
少女はずっとこの時を待っていた。
(そこですか)
凛の動きをずっと監視して、今やっと動きが止まったのだ。
そして、椅子の上に縛り付けられる。
これ以上の移動はするつもりはないようだ。
つまりそこが誘拐犯達が屯する場所。あるいは待ち合わせする場所。
どちらにしろ、そこが終着点であり、取引が行われる目標地点のはずだ。
それと同時に、アテスにとっては凛を救える最後の砦でもあった。
(今すぐに向かいます)
少女は今までに無いほど素早い速度で住宅街を駆け抜ける。
パルクールに似た滑らかな動き。
いや、それすら超越して新たな次元を切り開いていた。
その姿は最早、軟体動物と言っても過言ではない。(過言)
少女は突き進み、そして、見つける。
(あの家ですね)
それは古びた2階建ての家。何ら変哲もない、普通の民家だった。
少女はニヤリと口元は笑い、その家の屋根に降り立った。
そして、屋根の上からコンコンと窓を叩く。
部屋の中に人はいないことは確認済み。
破壊して入ろうかと思ったが、無防備にも窓が開いており、罠なんじゃないかと疑う。
しかし、たとえ罠があろうと彼女には関係のない話。
敵の策が全て無駄になるだけの実力を持っているからだ。
窓から侵入して、周囲の確認をする。
罠のような物はないが、物置部屋みたいに物がゴチャッとしていた。
踏める足場がなく、下を見ないと音を立ててしまいそうになる。
そして、さらに問題が発生。
「ハクチッ」
部屋の埃が彼女を蝕む。
自身も知らなかった弱点。ハウスダストで肌が痒くなり、鼻がムズムズとする。
思いがけないストレスを感じながらも、足音を立てず、冷静に部屋の中を歩く。
「ひゃっと、とひらにつひました。ヘクチッ」
埃が鼻を刺激しないように抑えていたが無駄だった。むしろ、逆効果に思える。
扉の向こうの気配を感じ、人がいないことを確認して扉を開ける。
やっとの思いで地獄の空間が抜けても、少女は気を抜かない。
音も立てず着実に目標に近づく様は、暗殺者よりも暗殺者のようだった。
階段を見つけ、1段1段丁寧に降りる。
途中まで降りたところで顔を覗かせて、1階の様子を伺う。
(いました。リビング中央)
アテスが見たのは凛が縛られている姿と2人の誘拐犯。
何か言い合っているが、アテスの方まで聞こえていない。
ひとまず大丈夫だと判断して、アテスは周囲の状況に注意を向ける。
この2人以外には誘拐犯はいないが、1人の人物がこの家に向かって来るのがわかった。
それが誰なのか想像に難くなかった。
だから、そいつが来る前に決着をつけることにした。
(すぐに助けます)
アテスは飛び出す。
縄を片手に持ち、奴らに向かう。
どれだけ急いでいても決して音は立たず、慎重にことを済まそうとする。
だが、アテスの勢いはドンドン失速した。
「それでね。アテスが僕のためにお薬を作ってくれたりしてね」
「へぇー、その子は君のこと大好きなんだね」
「え、何?惚気ですか?嫌がらせかよ」
「違う違う。アテスは良い子って言いたいの」
少女は初めて、唖然というものを体験する。
ワイワイと楽しそうに会話に花を咲かせる凛の姿がそこにはあった。
自身の状況を理解していない子供のようにはしゃぎ、いつも通り元気に振る舞う。
予想だにしなかった光景。
誰とでも仲良くなれる主人の隠れた才能を目の当たりにして、アテスは息を呑んだ。
「あ、あの……リンさん?」
「あ!アテスの声だ!どこ?どこにいるの?」
足をバタバタと動かし、嬉しそうにする少女の主人。
目隠しをされて、アテスの姿を発見できない様子。
「おや、君が噂のアテスちゃんか」
「わ、私より胸が大きい!チクショウ!」
誘拐犯達は平然と会話に入って来る。
平気な顔して普通に接しているこの2人の神経を疑うけど、今はそれどころではない。
(一体何が?)
流石の彼女も理解が追いつかない様子。
どうやってこの2人を懐柔させたのか。
覆面を床に置き、完全にオフになっている2人を見て思う。
その一部始終は、凛が誘拐された時に戻るのだった。
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