第23話 2人の戯れと……
目的物だったバーランズは最低限の数で打ち止めにして、今は街に帰っているところだ。
……と言うのが数時間前の話。
特に危なげなく、安全に帰って来れたので、バーランズの納品をとっとと終わらせた。
あの男の驚いた顔は忘れない。
依頼報酬もガッポリ貰い、祝勝にご飯を食べに行った。
そして今、僕達は宿屋にて就寝の準備中だ。
「……冷たっ」
「今日はこうして眠ってください。やってないよりかは良いと思います」
時刻は午後の9時。準備中とは言え、就寝にはまだ早い時間。
ただ、明日にはこの街を旅立つ予定だから、早めに寝て早く起きないといけない。
「いやいや、氷の魔法って本来こうやって使うもんじゃないでしょ」
「何をおっしゃいますか。使えるものは使っておかないと勿体無いじゃないですか」
アテスは捻挫した僕の足に氷の板を貼って、その上に包帯を巻いていく。
メッチャ違和感はあるし、氷が溶けて包帯がビッショビショになっている。
「本当に大丈夫だよね?下手すれば凍傷だってありえるよ?」
「人間そんな脆くないです」
「グアー!あ、足がー!」
「そうですか。じゃあ、切り落としましょう」
「ちょちょ、冗談だよ。物騒な物を下ろして、ドウドウ」
カチャンと剣をしまう。
「冗談の通じない奴だな」
「やっぱり削ぎ落としましょうか」
「お許しを!」
アテスは「はぁ」っとため息をついて剣を床に置く。
「ですが、捻挫なんて治るまで放置する以外に治療法なんてないですよ」
「だよねー。気長に療養するよ」
少し悪化もしたし、しばらくはタクシー・アテスを利用するしかない。
しばらくの移動方法はアレになりそうだ。
「にしても、アテスって結構物騒な部分があるよね。ビックリするもん」
「人間、生きていけば色々とあるものです」
「メッチャはぐらかされた。まあそのおかげで助かってるところもあるから別に良いけど」
彼女の過去に何があったのか知りたいけど、まだお互いに気持ちを推し量れない。
だからいつの日か、ちゃんと面と向かって話さないといけない。
そう、面と向かって……。
「アテスって寝る時もお面つけてるよね?何で?」
思えば、僕が作った超力作のお面を渡してから、彼女はずっとそれを身につけている。
無論、全部を把握している訳じゃない。
お風呂入る時は?トイレをする時は?など、確認できない部分も多くある。
知っている範囲での話だ。
「単純に、貰ったものを大事に使っているだけです」
「2人でいる時は外せば良いのに」
最初に出会った日以降、彼女の顔は見ていない。
かなり美人だったのは覚えているけど、どう言う顔かって言われると、モヤがかかったように思い出せない。
その瞬間、僕の手はアテスのお面に手をかけようとする。
「…!?何をしますか」
「あはは、ごめんごめん」
呆気なく受け止められ、僕は腕を下ろす。
と油断させて、反対の手を伸ばす。
だが、バシッと掴まれて、また失敗する。
「どう言うつもりでしょうか?」
「いやね、アテスの御尊顔を久しく拝見しようかと」
「それは結構なことで。ですがお断りします」
アテスは僕の腕を薙ぎ払い距離を取る。
クッ!僕が足を怪我していることを良いことにコイツ……間合いを理解していやがる!
「……何で見せてくれないの?少しだけで良いんだよ?」
「何故かこれをしていると安心感があるんですよ。だから、あまり外したくありません」
ああ、何となく気持ちはわかる。
人見知りの人がマスクをしている理由に近いものを感じる。友達がそうだった。
「でもほら、僕達は知らない中じゃないんだし、ちょっとくらいは」
「うーん、嫌です……リンさんに見せるのは、もっとこう……恥ずかしさが」
おや、可愛らしい反応。その表情をお面がない状態で見てみたいものだ。
しかし、本人が嫌って言っているのだから、そろそろやめておいた方が良いかもしれない。
でも、ずっと一緒にいるのに顔も知らないって言うのもおかしな話じゃなかろうか?
別にネット上で友達になったわけじゃないのだから、見ず知らずの関係ではないはず。
「じゃあ、こうしよう。僕と3回じゃんけんをして、2回勝てばアテスはお面を外す。アテスが2回勝てば僕は諦める。どうだい?」
「良いでしょう。ですが、私が勝った時の報酬は私が考えたもよろしいでしょうか?」
「良いよ良いよ。どうぞご自由に」
どうやら勝つ気でいるらしい。ジャンケンで負けなしの凛と謳われた僕に挑もうとはね。
ここはすでに僕の土俵。罠にハマった猛獣。
ふふふ、この勝負……僕の勝ちだ!
「じゃあ、行くよ!最初はグー!ジャンケン…ポン!」
合図と共に繰り出される手。
僕はグーを出し、アテスはチョキを出した。
「よし!」
「クッ」
まずは僕が一勝。
アテスは悔しそうに自身の手を見つめる。
「ふふふ、次勝てば僕の勝利だねぇ〜。心の準備をしておいた方が良いんじゃない?」
調子に乗る。ノリに乗りまくる。
彼女に勝てる機会なんてそうそうないのだから当然なこと。
アテスは顔を上げる。
そして、手を前に突き出し宣言する。
「なら次は……パーを出します」
「し、心理戦だと」
ジャンケンにおいて重要なのは運だ。
運も実力の内。僕は今まで実力で駆け上って来たが、ここに来てまさかの事態だ。
運要素をなくす方法。それが事前に宣言すること。
人は疑心暗鬼に駆られ、下手をすれば友情に亀裂が入りかねない禁断の魔法!
考えなしでは突破は不可能な大きな壁。
「……本当かなー?」
「本当です」
「絶対嘘。信じない」
「私奴隷。主人に嘘つかない」
「そうか……じゃあ、行くよ!最初はグー!ジャンケン…」
開始の合図をしながら思案する。
チョキを出せば勝つ確率は高いだろう。
でも、それを見計らってアテスはグーを出すかもしれない。
だが、さらに裏をかいて出すのは…。
「ポン!あっ」
僕達は揃ってパーを出した。
「ほら、言った通りでしょう?」
「……やるね、アテス」
「お褒めいただき光栄。ちなみに、次はチョキを出そうと思っています」
また宣言だと!
「あいこーで!」
アテスが合図をする。
完全に主導権を握られ、動揺してしまう。
な、何を出そう。えーっとえーっと……思考ががまとまらない!
時は待ってくれない。自分の指はすでに開かれて…。
「しょ!…ヨシ!」
僕はパーを出していた。
アテスは宣言通りチョキを出していた。
僕は呆然として、自身の指を見る。
「な、なんてことだ。この僕が……負けた!」
初めての敗北。人生初と言えば過言だけど、それほど負けたことがなかったのだ。
悔しい。初めての黒星。
ストレート勝ちしてやろうとイキリたっていた自分を殴りたい。
「ふふふ、これで一勝一敗。どっちが勝ってもおかしくありませんね。さて、今のうちに何をお願いするか考えておかないと」
コイツ!すでに勝った気でいる!
クッ!どうする?ペースはさっきので向こうに行ってしまった。
……なら賭けに出るしかない。
「つ、次に僕はパーを出すよ!」
どうだアテス。君がさっきやったことだ。
やられる側の気持ちにもなってみろ。
とことん悩み、苦しむが良い。
「なるほど。なら私はグーを出します」
コヤツ!ワザと負けるような選択を!
「それに付け加え、グー以外を出した場合、私の負けで良いですよ」
「な、なんだと!」
一体、どう言うつもりだろう?
それじゃあ僕の勝ち確ではないか。
「何を企んでいるのかな?」
「まあまあ早く始めましょうよ」
何か理由があるだろうが、これ以上追求しても僕にメリットは何もないので、そのまま進むことにする。
それに好都合。アテスが何を企んでいようと僕の勝ちは揺るがない。
策士策に溺れるとはこのことだ。
「じゃあ……えーっと、アテスはグー以外を出したら負けってことで……始めるよ!」
「いざ、勝負」
「すぅ……最初はグー!ジャンケン!」
この時、僕は何も気づかなかった。
策に溺れていたのは僕自身だったことに。
「ポン!」
僕は宣言通りパーを出した。
肝心のアテスは……チョキを出していた。
「ふっふっふ……勝った。僕は……勝ったぞー!」
拳を天高く掲げ、勝利宣言をする。
試合には負けたが勝負には勝った。
結果だけ見ればダサく感じるだろう。
しかし、過程などどうでも良い!勝てば良かろうなのだ!
「はーはっはっは!」
僕は年甲斐もなく高笑いをする。
隣の人は絶対迷惑しているだろうが、そんなのお構いなしだった。
「さあ、アテス。約束通り、そのお面を外してもらおうかな?」
ふっふっふ、ついにこれでアテスの可愛い御尊顔を拝める。
心臓が張り裂けそうくらいドキドキする。
この高鳴りは初めて魔物と対峙した時のようだ。
しかし、待てどアテスはお面を外す気配はない。
それどころかニヤリと笑い、僕を嘲笑うような口調で言う。
「何をおっしゃいますか?それは、リンさんが勝ったらのお話ですよ」
「むむ?何を言ってるのかな?僕は勝ったはずだよ」
おかしなことを言う。
確かにジャンケンの相性を見れば僕の負けだ。
でも、アテスは自分で言ったのだ。グー以外は負けだと。
「まさか……この期に及んで言い訳を」
「いやいや、思い出してください。私はすでにグーを出していましたよ」
「何を言っているの?現にこうして」
「……」
すーごい自信たっぷり。
こんな毅然とした態度でいるから、僕自身が間違っているのでは?と思い始める。
僕は行動の1つ1つを思い返し、ある部分に気づく。
そんな馬鹿げた話(笑)と冗談じみた話だけど、それしか考えられなのだ。
目の前にご本人様がいるので聞くとする。
「まさか……最初はグーのところで出したって言い訳するつもり……じゃないよね?」
「はい、そのつもりです」
……なんでそんなドヤ顔が出来るんだ?
そんな誇らしいことではないぞ!
「いや……いやいやいや、そんなの認められる訳ないよ!?」
「でも、どこで出すかは言ってません。つまり有効」
「屁理屈だ!」
本当にそれで良いのかと頭を抱える。
何が有効じゃボケ!可愛く言ってもダメな物はだめでしょ!
「そんな訳でリンさん。私の勝ちということで良いですよね?」
「いや、でも…」
試合に負け、勝負にも負けていた。
しかし、どうにも負けた気分にならない。
かと言って、彼女を納得させるのはジャンケンで勝つことより難しいだろう。
ならどうするか…。
「……せ、折衷案!折衷案で手を打とう!」
僕なりの最後の抵抗。
半ば認めてしまった感じだけど、完全に負けを認めるよりかは全然良い。
しかし、彼女は勝ち誇った顔で…。
「えー、嫌ですよ」
生意気なガキみたいなことを言う。
それでもめげないのが僕。
「そこを何卒!3…いや、2割程度で良いですから温情をください!」
頭を地面に押し付け、日本人の宝刀・土下座をして見せる。
日本人の最敬礼の1つ。これで屈しない人は誰もいないはずだ。
「うーん、そこまで言うなら仕方ないですね」
アテスはノリノリでお面の紐を解く。
おや?意外と乗り気では?と喉から出そうになるのを飲み込む。
せっかくのチャンスに余計なことを言えば、この話は無かったことになるだろう。
スーッとゆっくりとお面を下にズラす。
眉毛が見え、目元が見え、そして…。
「はーい、終了でーす」
パッチリとした可愛いお目々を眇める。
ゆっくりと上に戻し、再びお面の紐を結ぶ。
「……」
「いや、そんな目で見られても困るのですが。あ、泣かないでください。よーしよし」
後……後少しだった。
これが……生殺しってやつか。
外したお面で口元を隠していたせいで、顔の想像さえも許されなかった。
しかし、なんだろう?この胸の高鳴りは?
なんかこう……初めて彼女と目があったっていう実感が持てたと言えば良いのかな。
嬉しさや高揚感があった。
それにアテスの目……メチャクチャ綺麗だった。
この世にある全ての宝石が霞んで見えるほどの美しさがそこにはあった。
「……そろそろ撫でるのやめてほしいな」
「あ、すみません。つい」
少し名残惜しそうに手を離した。そんなに触り心地が良かったのかな?
「それでアテスのお願いって何?」
「あー、いえ、この状態で頼むのも悪い気がして。流石の私もそこまで鬼ではないので」
僕が泣いたせいだろうか?ちょっと塩らしくなっている。
アテスと目が合ったことが嬉しくて泣いていたのだけど……何か勘違いさせてしまった気がする。
「うんうん、気にしなくて良いよ。僕が決めたことだから何でもやるよ!」
僕は立ち上がる。
アテスは僕のお願いを聞いてくれたんだ。
だから、それに誠心誠意返すべきだ。
彼女の顔を見ることが出来なかったのは残念だが、チャンスはこの先いつだってある。
気に病むことはない。
「リンさん……ありがとうございます」
「ふふん、今ならどんなことでも出来そうだよ」
「では、この薬の被験……コホン、実験に付き合ってください」
「おお!ドンと来いや!」
胸をドーンと叩き、やる気に満ち溢れる。
些細なことでも喜べるのは僕の長所と言えるだろう。
「……だけど、ちょっとお手洗いに」
「了解です。行ってらっしゃいませ」
座りながらだけど、敬礼しながら見送ってくれる。軍人さんかな?
…ぶる。
そんなの気にしてる場合じゃないな。尿意が出口をコンコンと叩いている。
早くしないと……黒歴史が爆誕してしまう。
タッタッタッタっと廊下を走る。
蝋燭しかない暗い廊下。
ホラーゲームなら間違いなく襲われる場所。
まあ、ここはそんな怖い場所じゃないよね。はーはっはっは。
その日、1人の人間が誘拐された。
誰にも悟られず、誰も事件があったことを知らなかった。スグニ解決シタカラダケド。
連れ去られた理由はわからない。
とりあえず言えるのは、その人物はフラグを乱立させていたことだけだった。
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