第22話 3分で出来るお薬講座

 現在の時刻は12時。正午だ。

 そして、依頼の期限は明日のこの時間。

 実質、残り時間は1日も無いわけだ。

 アテス曰く、1番近い高山でも行きだけで3時間はかかるらしい。

 往復で6時間。そこに休憩や睡眠などを加味すれば、もっと時間的余裕がなくなる。

 それに体力の面にも問題を抱えている。特に僕とか。


「はぁ…はぁ…はぁ…待ってぇー、アテス」


 森を歩き続けておよそ1時間半。

 汗水垂らし、懸命に獣道をかき分けていた。


「後少しです。頑張ってください」


 そう一瞥をくれた後、前に向き直り森の奥へガンガン進んでいく。

 あのスパルタ師匠は弟子の体力と体調を考慮してくれない。

 一応、僕が歩きやすいように、邪魔な草木は切ってくれているので文句のもの字も言えないのだ。

 そもそも何故、足を怪我していた僕が歩いているのか。

 それは街を出る前に遡る。

 僕達は高山に向けて準備……なんざしてないけど、それっぽいことが終わった時だった。


「では、早速向かいましょう。早く行けば……2時間ぐらいで帰って来れますね」


 そう言って、アテスは膝をついた。

 これは背中に乗れって合図だ。僕の足が完治していないから、彼女なりの配慮である。

 でも、僕は…。


「いや、今回は僕の足で歩くよ!」


 自信たっぷりに答えた。胸をドーンと張り、彼女が安心するような元気な姿を見せる。

 アテスにこれ以上の無茶はさせられないと、僕の善良な心が叫んでいたからである。


「……本当に大丈夫なんですか?」


 アテスは不安そうな顔したいたが、なんとか説得して許可を得た。

 その後はおおよその時間と注意事項、緊急時の対処など色々説明を受け、現在に至る。


「でも…はぁ…ちょっとペース落として欲しい」


 アテスの進む道を後追いするが、どんどん差ら広がる一方だ。

 まだ足はズキズキと痛みはするが、歩けない程ではないとたかを括っていたのが悪かった。

 最初は全然痛くなくて、意気揚々と足を弾ませていた。

 しかし、それが次第に悪化して、今や片足を庇いながら歩いている状態。

 それに伴い、無駄に体力もすり減らし、陸上部で培われた体力は底をついた。


「……本当に苦しそうですね。やっぱり少し休憩を入れましょう」


 そう言って、少女はそこら辺に落ちていた大きい石に座った。

 そして、映画を鑑賞するように肘を立てて、僕がアテスの場所まで到着するのを待つ。

 人はやはりご褒美があった方がやる気は増す。

 休憩という言葉につられて、一時的にペースを上げた。

 「休める休める」と執念に駆られた骸骨のように、一目散にアテスがいる場所に向かう。


「はぁ!や、やっと追いついた!」

 

 まるでゴールテープを切ったような爽快感だった。

 それまるで、大会で優勝した時の清々しい気持ちに似ていた。


「ふぅー!もう歩けないよ」

「まだ目的地についていませんよ」

「そうは言っても、まだ折り返し地点じゃん。結構頑張った方だよ」


 時間換算だけど、多分間違ってはいないはず。


「いえ、あのペースなら後30分で着くはずでしたよ」

「……え、マジ?」

「マジです。だから何度も、もう少しで着くと仰ったじゃないですか」

「アレって本当だった!?」


 自分的にはあんまり実感が湧かないというか、むしろ遅いくらいだと思っていた。

 約1時間の短縮……それはかなりペースなのだとわかる。

 無我夢中でアテスを追いかけていたから、特別気にしていなかった。

 そりゃー、僕の体力も尽きるね。


「うーん、自分で言ってて恥ずかしいんだけども、僕は足を怪我してるんだよね。それでも、ついて来れると思ってたの?」

「だって、リンさんが大丈夫って言ったんです。私はその言葉を信じただけです」

「お、おう」


 な、なんか気恥ずかしい。

 2、3日前ぐらいに挫いた足。今も包帯を巻いている。

 この状態で信じろっていう方が信じられない話だ。

 彼女の中で僕の評価は意外と高いのかもしれない……と思いたい。


「ですが」

「うひゃ!」


 突然、アテスに靴を脱がされ、変な声が出てしまう。


「……実に可愛らしい声をあげますね」

「う、うるさい!ビックリしただけやい!」


 閑話休題。


「……やっぱり、まだ腫れている」

「いた〜い!」


 アテスは包帯を外し、痛い部分をベタベタ触る。

 内出血して、青くなっている痛々しい足首を見ると、ちょっとヤバいなって直感が働く。


「流石に無茶させすぎましたか。すみません」

「いやいや、自己管理が出来なかった僕のせいだよ。見栄張って無理したから」


 僕は選択を誤った。

 それだけじゃなく、アテスにもっと早く言えばよかった。

 そうすれば、歩くペースを落としたり、肩を貸してくれたりと足への負担を軽減する術はあったはずだ。


「これ以上は歩くのはやめましょう。絶対に」

「はい。ご迷惑おかけします」

「迷惑だなんて思っていませんよ。むしろ、お互いに助け合ってこそ、親友という奴じゃないですか」


 そう言って、アテスは微笑む。

 彼女は……ズルい。ここぞとばかりに自分達の関係を盾にする。

 それを聞いて、毎度心がハラハラするコッチの身にもなって欲しいものだ。


「アテスの……」

「え?何か言いましたか?」

「何でもないよ」


 アテスは手慣れた手つきで包帯を巻き直していく。

 その動きを見て、不意に保健室の先生を思い出した。

 あぁ、あの人優しかったなーなんて思ったりしたけど、あんまり怪我してないから面識ないや。

 じゃあ、何を思い出したんだって話だけど。

 ホームシックではないけれど、多少なりとも気になりはする。

 元の世界はいつも通りに動いているのか。

 はたまた、僕がいた記憶や記録すらなくなって動いているのか。

 どちらにしろ考えたくはない。


「出来ました」

「うん……ありがとう、アテス」

「ん?なんか様子が変ですよ?」

「そんなことはないよ。ただ……旅の終着点を考えていただけ」


 何気なしに始めた旅。

 目的はあっても、目標がない自由な旅。


「元の世界に戻る……でしたよね」

「……うん」


 今のところはって感じだけど。


「……今は何の手がかりも見つかっていませんが、一緒に頑張りましょうね」

「……そうだね。ありがとう、アテス」


 自分でも言葉に元気がないのがわかる。

 元の世界に戻るってことは、同時にアテスとの別れを意味しているから。

 心なしか、アテスの表情が曇ったように見えた。

 やはり僕達にはまだ距離がある。心の距離。

 お互いに遠慮して、本音を話せない状態。

 親友と言えど、出会って1週間程度しか経っていたないのだ。


「……では、そろそろ行きましょうか」

「うん」


 アテスは僕を背負い、再び森の奥に向かう。

 高山には後30分で着く予定……否、彼女の手に掛かればたった数分で到着する。ていうか、到着した。

 


「はい。ここが目的地です」

「おおー、3分クッキングもビックリだ」

「何ですか?それ?ちょっと興味があります」


 おや、珍しく興味を抱いてくれた。

 ちなみに、僕も名前を知っているだけの無知なので何も教えられない。実に残念だ。


「兎にも角にも、ここに……何とかって言う薬草があるんだね」

「バーランズですよ。多分、高山にならどこでも生えてると思うのですが」


 2人で周りを見渡す。

 先ほどまで生い茂っていた草木は嘘のようになくなり、硬い地面が剥き出しになっており、転べばタダでは済まないだろう。

 でも、幸いなことに麓までが目的地。

 危険な道はここまでのようだ。


「うーん、思ったより少ないですね」

「ねぇねぇ、一応聞くけど、アレとかアレとかそうだよね?」

「はい。アレらで間違いないありません」


 それらしい草っていうか枝豆みたいなヤツがいくつもある。

 雑草のように力強く、高山にしては明らかに異質だからすぐにわかる。


「結構ありそうな感じだけど、足りない可能性もあるの?」

「いえ、成熟していない物もあるので、それを選んでしまうと……まあいっか」

「良くないよ!流石それは」


 アテスの言い分は大いにわかるよ。

 邪な心を持った人に、貴重な薬草を上げられないからね。

 でも、まだそうとは決まったわけじゃないし、もし相手に知識があったら面倒なことになる。


「……まあ仕方ないですね。しっかりとやりましょうか」


 イヤイヤって感じで薬草を摘み始める。

 1つ1つ吟味して、良さげな物を袋の中に詰めていく。

 僕は、アテスからどこを見れば良いかを教えてもらい、遠くに行かないって言う制約ありきでバーランズの収穫を始める。


「あ、そうそう、私達の分も作るので、出来るだけ多く取ってください」

「はいはーい」


 1本の茎の先端に枝豆のような莢がついた物がバーランスと呼ばれる薬草。

 バーランズを取る時に見るべき点は3つ。

 まずは高さ。

 大体、肘辺りまで茎が伸びていること。

 次に茎に生えた葉の大きさ。

 大きければ大きいほど良いらしい。

 最後は茎が曲がっているか否か。

 実の重さで曲がっていればいるほど成熟して大きな物になっている証拠。

 高さと言うのも、この曲がりを加味した上での測定だ。

 実が地面に付かないように強く伸びているのだ。生命の神秘とも言える。

 簡単に見分ける方法はこの3つ。

 もっと正確に見たいのなら、莢の中にある実を取って見るべきだけど、時間がないので割愛する。

 そんな感じに、たかだか数分でプロのような貫禄を醸し出す僕。

 そして、腕一杯に集めたところで、一旦師匠の名前を叫ぶ。


「アテスー、いくつか取れたよ」


 ……


「アテスさーん。もしもーし!」


 後ろを振り返った瞬間、上空から黒い影が舞い降りる。


「はい、何でしょう」

「どこに行ってたの?」

「何を言いますか。すぐそばにいましたよ」

「どこ行ってたの?」

「ほら、この袋をご覧ください。この量こそがここにいたと言う証明」

「頭に葉っぱついてるけど……どこに行ってたの?」


 アテスは葉っぱをスッとポケットにしまう。


「すぐそばにいました!」

「いや、流石に折れようよ!」


 決定的な証拠を消せば良いってもんじゃないのだよ!


「すみません。ほんの数秒だけ離れるはずが、リンさんの呼びかけと重なってしまいました」

「なら一声かけてくれればよかったのに」


 ちょっとさび…何かあったんじゃないかって不安になってしまった。


「で、森に戻って何してたの?」

「ちょっと薬の材料を少々」

「惚れ薬の?」

「それもありますが、もう一つ別の物が」


 アテスはその場で座り込み、そこら辺に落ちていた石を持ち上げ、バーランズを砕き始める。

 ある程度細かくなったら、それをかき集めて瓶の中に押し入れる。


「……その瓶どっから持って来た?」

「何が持ってました」


 彼女はテキトーに遇らい、作業を続行する。

 そして、その瓶の中に黄色いドロっとした液体をちょっと入れる。


「それってもしかして」

「ハチミツです。さっき手に入れてきました」

「え?」


 森の方に視線を向ける。

 見える場所にハチの巣らしき残骸が転がっており、何か……色々察した。

 やはり世の中は諸行無常である。

 後はその他薬草と思われる雑草をぱっぱぱっぱ入れて、それをシェイク。

 ある程度混ざったところで、その物体を取り出した。


「さあ、これを飲んでください」

「……おおぅ」


 色んなものが混ざり合ったそれは、謎の物体へと変貌しており、紫色にドロっとして毒にも近しい色合いをしていた。


「これを飲めと?」

「はい」


 彼女の顔を見る限り、嫌がらせの類ではなさそうだ。

 そうだよ!こんなのでも、滅茶苦茶美味しいかも知れない。見た目は問題じゃない!

 とりあえず、言われた通りに一口。


「おえー!にっっっが!」


 舌が痺れるような、この世の物とは思えないほどの苦味。

 軟膏を舌にベターって塗りたくったようだ。


「この世界には良薬口に苦しってことわざがあります。それでも甘くした方なんですよ」

「それ…はぁ…僕の世界にもあるよ。おえぇ、て言うかこれ薬だったんだ」


 なんかすごく重要なことを買いた気がするが、今はそれどころではない。

 後味がまた舌を襲う。舌を切り取って水洗いをしたい気分だ。

 それに材料にバーランズを使っていた。


「もしかして……惚れ薬!?」

「いえ、鎮痛剤です」

「あぁ、体がポワポワしてきた」

「あの……鎮痛剤」

「嬢ちゃん、今暇?一緒にお食事でも」

「はぁ」

「アテスがいつもより可愛く見えるよ」

「むっ」


 バシッと頭を叩かれる。


「いったーい!」

「痛くない。鎮痛剤飲ませた」

「いや、心の問題」

「ならノーダメージですね」

「僕を何だと思っているの?」


 でも、痛みが引いたのは確かだ。

 鎮痛剤にもなるって言ってたっけな。


「だけど、こういう薬って何か資格的なモノが必要なイメージなんだけど」

「さぁ、帰りましょうか」

「……あの、ご回答をいただきたく」

「行きますよー」


 沈黙は肯定。昔の人はよく言ったものだ。

 こう言うのって、ある意味民事療法に近いよね。

 しかし、おんぶしてもらっている以上深入りはNGだ。降ろされる。

 それに僕自身が別に良いやって思っているし、身内?の行いなのでマシだ。

 僕の為と思えば尚更。

 そんなこんなで犠牲(ハチの巣)はあったが、無事に目的の物は手に入れた。

 夕暮れにはまだ早い。まだ明るい日が僕達を照らす。

 不意に思う。この世界にも四季はあるのかと。

 もしあるのなら、春が良いなーって思うのだった。

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