お薬の用法、用量はしっかりと
第21話 紳士?な依頼主
僕達はギルドに赴き、前回のように受付の奥にある部屋に案内される。
しかし、まだ依頼主は訪れていないようで、僕達はしばらく談笑に浸っていた。
「……時間、間違えてないよね?」
「前科持ちですのでなんとも」
冗談のつもりで言ったんだけどな…。
「そんなに落ち込まないー。楽しく行こう」
「落ち込んではいないのですが……自分の記憶に間違いはないか思い出しています」
真面目だなー。
僕も一緒に連れてってくれれば良かったのに。
頼りないってのもあるかもだけど、もう少し信頼してほしいと思う。今日この頃。
「でも、ちょっとは息抜きが出来たし、気長に待とうか」
背伸びをして、パキパキと骨を鳴らす。
ヨシっと心に気合を注入する。やっとやる気スイッチに通電した。
その時、ちょうど部屋の扉が開いて、1人の男性が入って来た。
受付嬢とは明らかに違う出立ちで、すぐに依頼主だと理解する。
背筋を伸ばし、相手がトコットコッといい足音を鳴らし近づいて来るのを待つ。
「失礼するよ」
男は帽子を取り、頭を下げる。
いかにも紳士って感じの格好をした男性で、振る舞いや言動から大人って雰囲気を醸し出している。
紳士っていうか、ジェントルマン……いや、𝓰𝓮𝓷𝓽𝓵𝓮𝓶𝓪𝓷って感じ。
男は向かい側のソファーに座ると、早速仕事の話を始める。
「実はですね。欲しい薬草がありまして、それを採取して来て欲しいのです」
「どういった物ですか?」
「バーランズと呼ばれる種のような物です」
「……アテスさんアテスさん」
「はいはい、わかりました」
わからない物が飛んできたので、僕はアテスに投げる。
最初からそうすれば良い等のクレームは受け付けぬ。
僕だって役に立ちたい。
だから、基本的な受け答えは僕がやるとお願いをしているのだ。
ちなみに、アテスからはやめといた方が良いって言われた。……間違いねぇ。
「それで、どれくらい欲しいのですか?」
「そうですね……最低でも20粒ほど。数が多ければ多いほど、報酬も多く払いましょう」
「なるほど。では、いつまで?」
「明日の午前までに。時間が過ぎれば、報酬金は少なくなりますので悪しからず」
そう言って、男は1枚の紙を机の上に置く。
「元々掲示板に貼っていた物ですが、そうこうしていられなくなり、こうしてお願いした次第であります」
「何か理由があるんですか?」
「……まあ色々と」
視線を逸らし、濁すような回答。
さっきまで放っていたダンディーな感じは綺麗に消え去り、少し態度が鼻につく男に変貌した。
何か困ってるわけでもない。急いでいるのかさえ怪しいと感じた。
「とにかく、お願いしますよ。華々しい成果をお待ちしております」
男は近くに置いてあった紅茶を一口。あの、それ僕のです。
平然と飲み干し、机に置く。チクショウ!
「ところでそこのお嬢さん?お仕事が終わった後、一緒にお食事でも如何ですか?」
おっと?突然何を言い出すんだコイツ。
「結構です」
「それは残念です。では、また気が変わったら教えてください」
「絶対変わらないので、2度と誘わないでください」
「……」
今日もトゲトゲしてるねー。
お相手も顔引き攣ってますわ。
「コ、コホン。では、私は失礼するよ」
男は足早に扉へ向かう。
そこで一礼したのち、バタンッと扉を思いっきり閉めて出て行った。
「……なんか変な人だったね。急にあんなことを言い出すなんて」
「まあ気にしたら負けです」
「そもそも、この街って確か…」
「街ゲンテマ。通称、紳士の街……と言われています」
「そうそうれ」
街に入る前にアテスから聞いた話。
通称の呼び名がカッコよくて、ちょっと期待していたのを覚えている。
誰に対しても優しく、大人しい雰囲気の街であることを。
「でも、ナンパが横行している街としても有名です」
「そう!そこなんだよ!」
僕達が街に入って見た最初の光景。
さっきの男性のような人が女性に話しかけていたところだ。
最初は「あ、落とし物でも拾ってあげたのかな?」って思って聞き耳を立てたんよ。
さぞ優しい会話が繰り広げられているもんだと思っていた。
そしたらさ、「おお、なんと麗しいお嬢さんだ。今からお食事でも如何ですか?」って口説いていたんだよ!しかも、古いし!
「見た目だけは一丁前なのに、中身が」
「だから言ったでしょう。あまり期待してはいけないと」
クッ!人は見た目じゃないとはこの事だ。
「……とりあえず、そのバーなんとかを集めようか。どこにあるか知ってる?」
「確か、高山の麓にあったはずです」
流石アテス。知識の宝箱!
「しかし……バーランズですか」
「ん?それがどうかしたの?」
「大体、依頼書にはこれの用途が書かれているものなんですがね」
机の上に置いてある紙を持ち上げ、指でその部分をなぞる。
ふむふむ……何書いてるか全然わからない。
「簡単に言うと、鎮痛剤を作るための材料として欲しいと書いてあります」
「普通に良いこと書いてあるんだ。あんなのだけど、意外と良心は残っているのか」
「うんうん」とうなづくけど、自分の中での評価は何も変わらなかった。
だって、普通に裏がありそうだもん。
「ですが、さっきの彼を見てどう思いましたか?」
「ナンパクソ野郎」
「正解です」
「正解で良いのかよ」
僕が言ってなんだけど、不名誉な2つ名がついてしまった。
「そして、このバーランズですが鎮痛剤の材料としては正しいです」
「あ、そこは良いんだ」
「ですが、量がおかしい。本来の製造方法なら1粒あれば2、3本は作れるはずです」
「それだけ大量に必要ってことじゃないの?」
「よく思い出してください。彼が薬剤師や医師に見えましたか?」
「うーん……身の程知らずのバカ?」
「200点差し上げます」
「ポイントカードの中に入れといて」
「何ですかそれ?」
やっぱり無いか。
そして、またもや変な異名が。
「じゃあ、はい!その点数はどこで使えますか!」
「そこ気にしますか。使い道なんて無……後で教えます。なのでそんな目で見ないでください」
はて?どんな目だったのだろう?
さぞかし、キラキラな目をしていたと思う。
自分で言ったことなのだから、責任は取って貰わないと。
墓穴を掘るとはこのことかな?
「話を戻します。そんな人が何故バーランズを欲しがるのか。そこで1つ思い出したんです」
「なになに?」
「バーランズの中に含まれるエキスを抽出して濃度を上げ、バラの葉やらなんやらを入れて1日放置すれば、惚れ薬が完成すると」
「いやーん、アテスさんのエッチ!」
「この舌を切れば黙りますかね?」
「ひ、ひたいよ、あひぇす君」
ほっぺたがもげるんじゃ無いかってほど引っ張られた。
懇願が通じて解放されたけど、まだヒリヒリする。
「脱線しました。つまり、あの男の本当の目的は惚れ薬の製作」
「でも、使ったとてよ。使う場面ってのが重要になるよね?」
「忘れてはなりません。あくまでも基本は紳士です。見た目に惑わされた子鹿を狙い、食事やらお茶などに連れて行き、盛るんです」
「やっぱりロクでも無い人だな」
まだ確定事項ではないが、あの感じだとそれが正解な気がする。
「と言うか、なんでそんなことを知ってたの?……は!まさか!」
「そうそう、リンさんに盛ろうと」
「きゃー、アテスさんのエッチ!」
「やっぱり舌を切って差し上げますよ」
「そっちが乗ってきたじゃん!」
なんで僕だけが責められるの!理不尽だ!
「冗談はさておき、本当はとある人物から教えてもらいました」
「へぇー……アテス、僕が言えた義理じゃないけど、友達は選んだ方が良いよ」
「あー……うーん、珍しく否定が出来ないですね。強いて言えば友人ではないです」
じゃあ、どんな関係だよ。
気にはなるけど、あえて聞かないでおく。
「ど、どんな人だったの?」
「既に故人ですが、『不倫、命』みたいな人でしたね。よく貴族の婦人に盛っていました」
結局ロクでもないじゃないか!
しかしも、よりによって人妻だし!
「で、その成果のほどは」
「その人の顔が良かったこともあってか、ほぼ確実に堕ちていましたね」
「やってることがこの街の住人と変わらない」
「……確かに、出自は聞いたことがありませんでした」
むしろ、出身がこの街なら納得がいく。
惚れ薬の材料を知っていることが。
「まあ既に故人。その人をこの街で調べようにも、材料がないので無理です」
「それに知りたいとも思わないしね」
その人個人には興味があるけど、流石に出身まで知ろうとは思わない。
それに、そこまでするのは変な話だ。
「しかし……惚れ薬ですか。ちょっと試したいことがあるので、私達の分も作りましょうか」
「きゃー、以下略」
「最後まで言ったください!」
流石に、3度目はくどいだろうと思った僕なりの配慮だと言うのに。
「でも、なんでまた?」
「色々と実験をして見たくて。魔物に効くのかや飲ませて監禁させたら、どんな反応をするのかなど。気になる点はいくつかあります」
学会に行けば、それぐらいの資料はありそうな気もするけど。……まあ学会がある前提だけど。
「……ところでその被験者は誰だい?」
アテスはゆっくりと僕の方を向いた。
口角は上がり、お面から覗く目は閉じ、良い弧を描いて僕を捉えていた。
満面の笑みとはこのこと。可愛いね、うん。
……褒めてる場合じゃないな。逃げなきゃ。
少しずつ距離を取るが、ガシッと肩を掴まれる。
「ひっ!」
「安心してください。ちゃんとお守りするので」
「あの……倫理観というものは」
「時には捨てることが必要ですよ」
文明とは、いつの時代もそうやって繁栄してきた……と言わんばかりの顔である。
「まあ半分は冗談として」
「もう半分は本当なのか」
「純粋に魔物に効果があるのか気になりますね。使役出来れば、移動とかにも使えそうですし」
おおー、それなら旅への負担もなくなるし、野宿の際も見張りを頼めるかもしれない。
「でもでも、魔物にそんな重労働って悪い気がするよ」
「よく考えてください。私達はお願いをして、喜んで受け入れてくれたんです。つまり、魔物に取っても嬉しいはずです」
「そんな、ドMの片鱗覗かせる魔物って嫌だよ!」
多分、その魔物のお尻を叩けば、さらに加速するに違いない。
なんか馬に近い気がするよ。
「まだ出来るとは言ってないので、そこは試してみないと」
「でも、そういうのって誰かがやってそうな気もするけどね」
「……確かに」
天才とバカは紙一重って言うし、気まぐれで魔物に惚れ薬を試す奴がいてもおかしくない。
「やるのは当分先になりますけどね」
「ふーん……で、話は大幅に変わるけど、点数の話は?」
「チッ、覚えていましたか」
そらりゃーそうでしょ。
せっかく貰ったのだから、使い道の1つや2つくらいはあるでしょう。
「ほら、その場のノリと言うものがありますし」
「アテスの好きな使い方で良いから」
「使い道……あ、私特製スペシャル授業の講話を無料で聞かせてあげますよ」
その瞬間、僕の優位性は失われた。
「……あの、やっぱり返品したいのですが」
「人から貰ったものを返すのは流石に失礼だと思いません?ほらー、遠慮なさらずに……ね?」
スッと手を握られる。柔らかい手だなー。
なんて思うしか、気を紛らわせることが出来ない。
優しさの塊のような手つきとは裏腹に、しっとりとした圧が僕を襲う。
「あ、あはは、なら日程調整しないとーね?」
「それなら奴隷の私にお任せください」
ここぞとばかりに自身の身分を利用しやがる。
「いやーほら、僕にも予定というものが」
「では、その予定を加味して調整します。どうぞ教えてください」
「……」
無論、予定のよの字も埋まっていない。
僕の表情から察したのか、あるいは最初から知ってて言ったのだろう。
アテスは不敵な笑みを浮かべる。
「ないようですね。では、明後日の朝からやりましょう」
「……はい」
逃げ道はどこにもない。
僕のような人間が尻に敷かれるのだろうと、世の中の主人の気持ちを知る。(多分)
だが、最優先はバーなんとかの収穫である。
「じ、じゃあ、山の麓まで出発だよ!」
「はい」
気持ちを切り替えて、部屋を出る。
勉強のことなんて忘れるほどに、はしゃぎ倒してやる!
後日、どうせ頭を使うのなら、今だけは脳死でいよう。
てなわけで、山に向けて出発の準備を始めるのだった。
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