第20話 新しい地での初仕事
情報を手に入れるのに、みんなは何を使うのだろう?
大体の人はスマホを使って調べたり、ニュースを見たりするだろう。
しかし、この世界にそんなのは存在しない。
テレビもラジオもなければ、何で情報を入手するのか。
そう新聞である。
どこぞの世界では衰退しつつある物をここでは情報源の塊である。
そして、その新聞が目の前にある。
人生初の新聞……なんか大人っぽい。
何故、急にそんなのを購入したかと言うと、昨日、怪鳥バルドバランの襲撃を受け、その後のことを知りたかったからである。
アテスの提案だ。
新聞の大見出しには、魔石を掲げた男が写っており、称賛の言葉が綴られている。
モノクロではあるがカメラの技術は存在するようだ。
この世界の技術力の一片を見たが、それは後回し。
怪鳥事件(勝手に名付けた)の大まかな内容を教えよう。
突如として現れた2体の巨大な怪鳥バルドバラン。
街カマルト……僕がネックレスを買った街の名前だ。
ついでセルトザーヌ。ここは僕が最初に辿り着いた街。
名前があったことに驚きだが、これも置いておこう。
この2つの街を挟んで行われた襲撃は3日間に及び、多大なる犠牲を出した。
ただ街への被害がなかったことが救いである。
これも命を賭して戦った者達の功労と言えるだろう。
しかし、まだ安心はできない。
2体の内1体は冒険者の手により討伐に成功し、街から報酬を与えられた。
もしもあの時、シルバー級の冒険者が通り掛からなかったら、被害はもっと広がっていただろう。
そして、残りの1体は行方不明。
セルトザーヌの東側に向かったと目撃情報がある為、冒険者を招集させて捜索中。
情報を持っている人がいれば、近くのギルドに報告をお願いする。
前例がない出来事の為、しばらく双方の街の城門を封鎖すると街は決定付けた。
今後の動向を探る。
「って、書いてありますね」
「へぇー」
そんな間抜けな返事をするのは誰でしょう?僕です。
そもそも僕は文字を読めないのだから、新聞なんて読めるわけがない。
アテスが言ったことを言い直しただけだ。
目の前にあるとは言ったが、持っているとは言ってないのだよ。
「どうやら、今回の出来事は解決に向かいそうですね」
「よかったー。でも、怪鳥さん2体いたんだね」
「アレ?言ってませんでしたっけ?」
聞いてない。聞いてたとしても忘れた。
それにあんな刺激的な体験をすれば、記憶が全て上書きされるのも当然だろう。
つまり結局は忘れるってことだ。
「えっと、つまり僕達が出会った奴が行方不明になっている怪鳥ってこと?」
「そう言うことになりますね。頑張っている人達には申し訳ないですね」
「伝えに言った方が良いのかな?」
「無駄です。証拠がありません」
ああ、写真のように魔石が必要なのか。
でも、魔石はテリーウルフに持ってかれた。
目撃者……はいないか。いや、あのテリー達を連れ込めば!
「魔物を街の中に入れそうな顔をしてますね」
「どんな顔だよ!」
そして何故バレたし!
……いや冗談だから間に受けないでね!
「魔物は言葉が喋れないので、証言者としては無駄ですよ」
「むむむ、なら話に行こうよ」
「私達が真実を話したとしても、全て戯言として処理されます。真実かわからぬ以上、全て安全が優先です」
「じゃあ、どうすれば良いの?」
「そっとしておきましょうか。後は時間が全て解決してくれるはずです。怪鳥は倒された。その事実は私達が見ていたのですから」
そう言って、コーヒーを一口。絵になるなー。
今更だが、僕達は喫茶店にてモーニングティーに勤しんでいる。
仕事のモチベーションを上げる為にアテスが入ろうと言ったことから始まった。
要は大義名分のサボりである。
「モヤモヤするけど仕方ないか。それにしても結局、原因はまだわかってないんだね」
アテスの読んだ限りでは、まだ原因の追求をしている様子はない。
安全は何よりも優先される。原因を知らないと、安全もクソもないと思うのだが。
「前例がありませんからね。何から調べれば良いか判らないのでしょう」
何事も過去の出来事から学びを得るもの。
故に、ゼロから考えようとすると多くの可能性が存在する。
それを全て潰すとなると時間がかかって仕方ないのだろう。
「……犯人は現場に戻る」
「ん?」
「小説では、こういうのって事件を解決した人が犯人の可能性がありますけどね」
アテスは写真の人物に指を刺す。
それは笑顔で魔石を掲げたシルバー級の冒険者。
「偶然通りかかったにしては出来すぎてますし、たかだかシルバー級……到底勝てる敵でもありません」
「ごめん、全然説得力がない」
あんなボッコボコにされた姿を見たせいで、あんまり強い印象を受けなかった。
アテスと僕は共にブロンズ級。実力的には1番下に位置する。
そうなると、アテスの実力はどれほどのモノなのだろうか?
「筋書きとしては魔物を育てて、育てた魔物に街を襲わせる。そして、その魔物を自ら倒すことで名声を得られる」
「うーわ、最っ低。そこに愛はないんか」
その話だと、飼っていたペットを自分の手で殺すようなものだ。
しかも愛着がなく、ただ自分の名声を上げる道具でしかないと。
ある意味、炎上商法に近いやり方である。
「ただの憶測ですが、全然あり得る話。事実、過去に何件かあった話ですから」
「じゃあ、アテスはこの人が怪しいと思ってるの?」
「8割くらいですけどね」
「ほぼ断定じゃん」
じゃあ、残りの2割はなんだと言うのか。
僕は別の可能性があると思うが、なーんにも思いつかないから考えるのを放棄した。
「もうやめようか。事件自体は解決したし」
「……そうですね」
「あ、話は変わるんだけど、アテスが使った技に
カマルトからセルトザーヌに帰る道中、魔物の大群に襲われそうになった時に使った技。
剣に風が台風のような渦を巻き、周囲を切りつけた。
最初は某ブロック世界の奴かと思ったけど、全然違った例のアレ。
「メッチャ簡単に言いますと、剣に魔法を纏わせた。以上」
「うんまあ、どちらにせよ僕には出来ない技術だと言うことには変わりないか」
僕の魔力なんてたかが知れてるし、今の段階では覚えるべきではないと遠回しに言われた。
にしても、テキトー過ぎないか?
「しかし、剣が魔法に適してないとボロボロになりやすいのですが、一切刃こぼれなし」
「意外と丈夫だね」
「丈夫と言いますか……この剣には呪文が施されていますね」
「呪文って……あれか文字のやつ」
「雑な覚え方ですね」
いや、間違ってないでしょ。
アレは忘れもしない出来事。
アテスが地面に文字を書き、そこに魔力を流した。
そしたら、下から突然地面が競り上がり、円柱状の山が出来たこと。
そして、そこから落ちたこと。
「で、その呪文が刻まれてるの?」
「見えない部分にですがね。しかし、そうなると魔剣に近い物ですよ」
「へい!グ…アテスさん?魔剣って何?」
「簡単に言いますと、通常の剣は丈夫ですが、魔法の付与には向いていません。反対に魔剣は脆いですが、魔力流すことで強度が増し、魔法の付与が可能です」
「つまり魔剣を使う上では、魔力量が重要なんだね」
「そうです。だから、リンさんはぜっっっっっったいに使ってはいけません」
メッチャ強調するじゃん!
確かに、僕の魔力は微々たるものだけどさ!言い方ってのがあるじゃん!
「ですが、この剣はその両方に特出しています。正直に言って、無料で貰って良いものではありません」
てことは、魔力を必要としなくても、この剣はちゃんと機能してくれるってことか。
「……もし、これと同じ性能の武器を買おうとするなら、いくらのなるの?」
「私自身は武器にこだわりはないので、相場は分かりませんが、金貨100枚程度はくだらないでしょう」
「……おぉう」
僕達の所持金では到底買えるような代物じゃないな。
一体、どれくらい時間をかければ買うことが出来るのか?
金貨1枚を日本円で1万円だとすると、100万円相当と考えれば分かりやすいだろう。
「アヤさんって一体何者?」
「私は剣の良し悪しはわかりますが、作った人など銘柄までは知りません。ですが、相当有名な方でしょうね」
ウソ……でしょ……。
あんなボロ屋に住んいるのに、かなり稼いでいるのかも知れないだなんて。ちょっと失礼か。
「なんか……負けた気分だ」
「あんな人でも技術力が有るものなんですね。意外です」
「クッ!僕なんて走ることだけが取り柄なのに全く役に立たない!」
身体強化が蔓延るこの世界で、そんなのは大した特技じゃない。
チクショウ!
「そんなに落ち込まないでください。今はまだ使える機会がないだけで、いつかここぞって場面で役に立つかもしれませんよ」
実際、役に立ったのは一度だけ。
クロードさんを助け出した時も、僕が陸上部じゃなかったら、担いで逃げることなんて出来なかったかもしれないから。
助けたって意味では役に立ってるか。
「なんかアテスが優しい気がするよ」
「私はいつでも優しい聖母のような存在ですよ」
「ふっ」
「その鼻にコーヒーぶち込んであげますよ」
「ご、ごめんなさい。その手に持ってる物を机に置いてください」
アテスは席に着いた。
ふぅ……危うく、鼻からコーヒを摂取させられるところだった。
人生初のコーヒーが鼻とは笑い話にしかならない。
ちな、僕の飲んでるのは紅茶である。これもまた人生初……でもないか。3回目くらいだ。
緑茶が良かったけど、メニューにないらしいので断念。
「ふぅ、そろそろギルドに向かいましょうか」
「あ、行くんだ。てっきり、1日中ぐーたらしてるもんだと」
「そんな甘い話はありません。蜜を吸わせるのはもっと働いてからです」
「じゃあ、今日は有給で」
「私の企業には有給はございません」
「労基に訴えてやる!」
学校で習った浅はかな知識を振り絞って出てきた言葉。
言葉は知っているけど、社会経験皆無の僕には何をどうすれば良いのかわからないので、結局は従うしかないのだけど。
「それに、今日は特殊依頼です」
「え!そうなの!?」
「はい。今朝、リンさんが寝ている間にギルドへ赴いた際、受付の方からお願いを」
「怪しさ満載なんだけど。子供の時に教わったでしょ。知らない人にはついていかないって」
僕が言うのもなんだけど。
「仕方ないじゃないですか、報酬が旨味だったのですから」
「なおのこと怪しいよ!」
アテスって意外とアホの子?
「それに、初めて来た街なのに、なんで僕達に話が飛んでくるの?」
「ああ多分、冒険者登録した際に貰ったコレが犯人です」
アテスは首にかけていた銅板を机の上に置く。
それは僕達の冒険者としての階級を示す物。これがどうしたというのか。
「コレは魔道具の一種で、私達冒険者の情報を管理し、近くのギルドに転送されるようになっています」
「異様にハイテクだな!暮らしと技術力の差で風邪引きそうだよ」
要はマイクロチップに近い物だ。
そんなのがあるのに、車や電子レンジ、冷蔵庫諸々、家電製品などが存在しないのである。
「てことなので、さっさと行きましょうか」
「やだー!働きたくなーい!」
まったりとお茶をしていたせいで完全にオフである。
やる気スイッチが停電していて作動しない。
アテスはそんなのお構いなしに、僕の襟元を掴みズルズルとお店の出口に向かった。
「ギャーギャー騒がない。口を閉じないと、私が無理やり閉じますよ」
「はい。黙ります」
こ、怖かった。目がガチだったよこの人。
……はぁ、仕方ないか。だって、僕はアテスがいないと何も出来ない小鹿だからね。
そんな訳で結局、冒険者としての仕事をするのだった。
ちなみに、騒ぎ過ぎたせいでこのお店が出禁となったのはまた別のお話。
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