第19話 魔物と共存する街

 戦いというのは人生において多く存在する。

 オリンピックの競技や、勉強の世界なんかがわかりやすい例だろう。

 目に見えた戦いほど、血汗たぎらせるものはない。

 しかし、「戦闘」と聞いて思い浮かべるものは、ゲームとほとんどの人が答えるはずだ。

 戦闘と聞けば、殺伐としたイメージを頂き、物騒な感じに思うのだろう。

 意味は同じでも、そこに1つの考え方が介入してしまう。

 命のやり取りがあるか否かだ。

 それだけで人は難しく考えてしまうもの。

 要は何が言いたいのか。

 今から起きるのは間違いなく戦闘であり、命を賭けた戦いである。

 巨大な魔物を前に1人の少女は剣を構える。


「では、まず前回のおさらいを」


 ……のだが。

 ただ、その子は授業のために戦うのか。戦闘のついでに授業をするのか定かではなかった。


「……はい」


 でもさ!でもさ!

 僕はもっとこう……ドキドキハラハラとした戦いが観れると思ったんだよ!

 初めてアテスの本気を観れるとワクワクしてだんだけど。

 ですが何でしょうか?あのすごい余裕そうな表情。

 真夏に冷房の効いた部屋で悠々とアッツアツのコーヒーを飲んでるかのような表情は!


「まず倒すべき相手から目を逸らしてはいけません。いつ攻撃が飛んでくるか分かりませんから」

「自己紹介だぞ!前を向け!」


 始まった、お勉強の時間。

 僕の忠告も聞かないし、旅行の始まりがこれで良いのだろうか?

 ……でも、一応目的は一貫している。目の前の敵を倒すことは。

 つべこべ言ってても、彼女はやると言ったらやる人だし、僕は助けられてる側だから文句も言えない。

 大人しくお勉強します。


「次に、敵の骨格や筋肉力を見て、予想される攻撃や立ち回りを推測し、敵の行動予測を立て、そこから」

「ちょっと待って!初心者には難しいと思うのですけど!」


 たったの一度しか戦ったことのないど素人に、いきなり酷なことをさせないでほしい!

 初心者ワッペンつけた方がわかりやすいか?ごら?


「大丈夫です。難しいのは最初だけですから、徐々に慣れていきますよ」

「いやいや、どれだけ時間が掛かるの!?あ、アテス危ない!」


 どんな状況でも魔物は止まってくれない。

 彼女の頭上から、岩をも砕く硬い翼が高い位置から叩きつけようとする。


「そして、重要なのは」


 結局、前の魔物に目をやることなく、手を持つ剣をタイミングよく刺突。

 アテスの剣と翼が衝突する寸前の時…。


「レッドインパクト」


 そう彼女が囁くのと同時の出来事だった。

 剣と翼は触れる直前に、アテスの剣先から炎を吹き出し、怪鳥の翼を焼き切った。


「敵の嫌がることを勇んでやることです」


 「ギシャー!!」と痛そうな声を上げ、後ろにのけぞる。残酷だ。

 頑丈そうだった翼は見る影もなく、残ったのは焦げ跡と片翼になった怪鳥だった。


「さらに」


 授業はまだ続く。

 アテスは一瞬にして姿を消した。

 狐に化かされたような感覚だったが、彼女の姿はすぐに見つかる。

 怪鳥の足元だった。

 その場でアテスは口を開く。


「隙ができたら、敵の死角に回り込み、攻撃を1つプレゼントしましょう」


 足をスパッと切った。

 いや、そんな生優しいものじゃなかった。

 巨大な身体を支えるほどの足が、体から切り離され、血飛沫をあげてその場で倒れる。

 今度は叫び声はなかった。

 何が起きたのか処理しきれず、声すら出せなかったようだ。

 これには流石に僕もドン引き。


「……あの、そんな顔しないでください。これが普通になるので慣れてください。……多分」


 あー……うーん……おん。


「そうか……頑張る!」


 時には諦めが肝心であると古来より以下略。

 こうして街の外に出る以上、戦闘とは切っても切れぬ縁。

 命を狙われたからには、自分自身の力で守るしかないのだから。


「そ、それよりも怪鳥を倒さないと」

「それもそうですね。まだ言い足りないですが、流石の私も鬼ではありません。倒すことにします」


 剣を構える。

 狙いを定め、トドメの一撃を刺そうとした時だった。


「…!?リンさん!武器を構えてください」


 疑問よりも先に体が動いた。

 剣を抜き、周囲の警戒をする。

 アテスも一旦こっちの方に移動して、森の方を睨んだ。


「どうしたの?急に」

「魔物です。それもかなりの」


 耳を森の方に向ける。

 ガサガサと草木を分ける音が聞こえ、段々と聞こえる数と大きさが増えていく。

 怪鳥もそれに気づいたようで、ない足で立ち上がり、片翼を広げて威嚇する。

 出てきたのは狼型の魔物。僕が初めて倒した奴と同じ系統。

 そして、昨日襲ってきた奴でもあった。

 何体も飛び出し、やがて指だけでは数え切れないほど集まる。


「気をつけてください。私達を襲ってくるかもしれません」

「……わかってるよ……けど」


 アテスから忠告を受けるが、どうにもそんな感じはしなかった。敵意を感じないと言った方が良いのかな?

 何となくだが、奴らは僕達を見ていない。

 むしろ、目の前にいる怪鳥を睨みつけてる。積年の恨みとでも言いたげな目で。

 静寂の中、1匹の狼が遠吠えを上げる。

 その声が合図だったのか、狼達は洗礼された軍隊のような動きで、怪鳥を取り囲んだ。


「アテス……一体何が?」

「……なんですか?これは?」


 あのアテスでも知らない事象。

 狼達は僕達を見向きもせず、怪鳥に攻撃を開始する。

 でも、瀕死になっているとは言え怪鳥も反撃に出る。

 文字通りの必死の攻防。

 怪鳥が翼を一振りすれば、呆気なく複数体を同時に倒し、口から水の大砲を放つ。

 翼に雷を纏ったり、羽ばたくだけで暴風を放ったりして、多くの隠し玉を使ってるところを見るに、アテスと戦うよりも本気のようだ。

 反対に狼達は怪鳥の猛攻に苦戦しつつ、隙を見て攻撃に出る。

 しかし、毛皮は硬く、微々たるダメージしか与えられてない。

 噛み付いては振り払われ、もたついてる隙に一撃で仕留められる。

 魔物同士の戦い。初めて見る。

 初めて見るのだけど……どこか既視感が。


「……怪獣大戦」

「……B級映画にありそうなタイトルだね」


 なるほど、既視感の正体がわかった気がするよ。

 規模や種類は違えど、その光景はあの大怪獣の戦いそのものである。

 でも、状況は全然違う。

 多勢に無勢。絶え間なくやってくる狼達の軍勢に押され、動きが鈍くなる。

 弱い攻撃だったとしても、確実に身体を蝕んでいた。

 水面張力が働かせた水の入ったグラスに一滴ずつ水を注ぐように、水は溢れて限界に至る。

 怪鳥はついに身体を地面につける。

 それを逃さないのが生物。

 狼達は一斉に噛みつき、少しずつ肉を抉っていく。

 怪鳥も最後の抵抗と言わんばかりに、口に水を溜めて放とうとするが、それも虚しくやがて絶命する。

 体から力が抜けてドスンッと横たわり、爆散する。

 そして、今までで1番大きな魔石が地面に落ちていた。


「お、終わった?」

「すごい場面に出くわしましたね。でも、まだ警戒を緩めてはいけませんよ」


 狼達はこっちの方を向く。一見してみれば、次はお前達だと言っているようだろう。

 だが不思議なことに、あの魔物からは敵意を感じない。むしろ、敬意さえ感じる。

 僕の勘は全然当たらないが、これだけは確実だと言い切れる。

 リーダーらしき狼が魔石を口に咥え、そして、家に帰るように森へ走って行く。


「あ、待って」

「リンさん、やめましょう」


 手を伸ばすが、アテスに遮られる。


「あの魔石は証なんです。この争いに勝った証で私達はただの傍観者。近づいてはなりません」


 そう諭され、僕は後を追うのをやめた。

 しばらく呆然として、再び街に向けて動きだしたのは5分後だった。

 心の整理がつかぬままアテスに背負われ、平原を走る。


「……アテス……アレは一体何だったの?」

「……私の憶測ですが、アレは縄張り争いの一種だと思います」

「縄張り……どうしてそう思うの?」

「ギルドの掲示板を見ていた時思ったんです。同じ名の魔物ばかり書かれていると。依頼にも波はありますから、偶然そうなっていたと思っていましたが、今回のことで確信しました。この森はあの狼……テリーウルフの縄張りだと」

「……テリーウルフ」


 薄々疑問に思っていたが、やっぱり魔物にも名前があったようだ。


「ですが、縄張り争いなんかはそうそう起こるものではないんです。私も書籍でしか聞いたことがありません。この数十年間の歴史の中で、魔物達は自分の居場所を見つけて、繁殖してきました」

「だから、領地を広げる必要もなければ、戦う必要もないわけか」

「そうです。しかしも、今回の場合はより特殊。魔物と人間が半共存した状態なんです」


 そうは言うが、人間も動物と共存して生きている。今更そう言われても実感がない。


「魔物は人を襲います。故に討伐される。でも、逆の立場で言うなら、自分のテリトリーに侵入してきた奴を追い払おうとしているだけ」

「だけど、その動きはない」

「そう、あの街は森に囲まれてましたが、近くに魔物の気配はしなかった」

「つまり気を許してるってことだね」


 あの場所ならテリトリーに侵入してないはずがない。排除する動きがあってもおかしくないはずだ。

 でも、それがない。何なら討伐依頼もあるし、魔石まで落としてくれる。

 冒険者はお金が手に入るしwinである。


「でも、その理屈でいくとテリーちゃんに利益はなさそうに思えるけど?」

「私もそこは疑問に思ったんです。しかし、私達は人間、あの魔物にしか図れない何かがあるのでしょう」


 結局、原因を探ろうとしたら、テリーウルフを倒すだけじゃなく、情報を集めなければならない。

 うん、想像しただけで嫌になったわ。

 どちらにせよ、生物同士のラインを超えて、もはや共存と言っても差し支えないほどの関係になっているってことだ。


「だけど、今回はあの……バなんとかに侵されそうになったから、敵意剥き出しで襲いますかかったのかな?」

「バルドバラン……本来の生息地とは程遠いと思うのですが、目的がわかりませんね」

「まあ考えても仕方ないよ。これ以上考えると頭痛くなりそう」


 何度も言うが、結局憶測でしかない。

 事実を知りたいのなら、街に戻って情報収集するだけ。

 だが生憎、調べることは得意ではないので、答えを期待してはいけないよ。


「……今思ったんだけど、バルドバランは人に育てられた可能性があるって話したよね?なら、この縄張り争いもソイツが起こしたことなのかな?」

「あぁ……うん、やめましょう。これ以上考えると頭が痛くなります」


 アテスでもお手上げ。


「そもそもこれが縄張り争いとは決まったわけではありませんから」


 結局そこだ。全て仮説を真とした場合の話でしかない。

 そもそもが間違っている可能性だってある。

 だから、間に受けない方が良い。


「しかし、あの森がテリトリーなら、おそらくボスに相当する奴が存在しますね」

「ヴォス?」

「街を治める長がいるように、森を治める存在が必ずいます。てか、いないと決壊します」


 なんか自然の話なのに庶民的な内容だ。


「一体、どんな奴なんだろう」

「目撃情報がないことを考えると、隠れるのがかなり上手なようですね」

「じゃあ、相当頭が良いんだね。もしかして、あのテリー達を追いかけてたら、そいつにありつけたのかな?」

「そうですね。あの魔石を献上し、喰らうことでより強い存在となります。そして、より強固な領域へと進化させる」


 これが自然の摂理。

 と言えば神秘的だけど、実際はちょっと物騒な感じがする。


「なんか……楽しいね。こういうの」

「どうしたんですか?急に」

「うーん、なんて言えば良いのかな?アテスと2人でいるのも楽しいし、こうやって一緒にわからないことを考えるのも楽しいなって」


 知識量で言ったら、わからないことだらけで頼りないだろう。

 でも、2人で知らないことで語り合った時、僕は楽しいって思った。


「2人でさ、気ままに話たり、言い争いしたり、仲直りしたり……まだ出会ったばかりなのに、そんだけのことをした気がするよ」


 まだ喧嘩はしてないけどね。

 でも、不思議とそんな経験をした気がする。


「僕はね、アテスのことを親友って思ってるよ」


 アテスを抱きしめる。

 何度も思う。こうして出会えた奇跡に僕は……感謝したいと。


「奴隷にそれを押し付けるなんて、困った主人ですね」

「なーに?照れてるの?かーわいい」


 ほっぺをツンツンと突くと、指を思いっきり握り潰される。……痛い。

 しかし、こうしてからかえば年相応の反応を示してくれる。

 ……気が和む。

 何となく後ろを振り返る。

 大きく見えた森が手のひらサイズになるまで遠くに来た。

 始まりの地だからか少し寂しさを感じる。

 前に向き直った時だった。


「アオオォーーーン!」


 大きな遠吠え。

 さっきテリーがしたものより遥かに大きく、猛々しかった。

 アテスも走るのをやめ、森の方を向く。


「アレは……」

「……森の主」


 森を支配している存在。姿は見えずとも、その威厳と強大さをひしひしと感じた。

 だが恐怖はない。

 あの遠吠えは勝利の暗示だと。

 そして、僕達の旅路を応援しているようにも聞こえた。

 だから…。


「ありがとう!」


 夕陽の向こうにこだまする。

 聞こえないとわかっていても、僕はどうしても感謝を伝えたかった。

 でも、いつか出会えたら、今度こそはお礼をしないとね。

 再び、街に向けて走り出す。

 後ろの方でまた遠吠えが響いた。

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