第18話 旅行の壁は魔物
時刻は12時を過ぎ、午後に突入した。
大体の人なら、旅行って聞けば午前中に家を出て、目的地に移動するものだと思うはずだ。
しかし、
僕達は今、絶賛森の中を走っている(主にアテスさんが)。
常識に囚われてはいけないのだよ、ワトソン君。
え?何も考えてないんじゃないかって?
ふっふっふ……ザッツライト。
計画のけの字もないけど、これからこういう日が続くのだ。細かいことは気にしてはいけない。
それに旅行に考えなんて不要!だって、自由に見て回れるのが醍醐味なんだから!
とは言っても、一応はどの方角に向かうかは決めている。
現状の話をするなら、東の城門から街を出発して、新しい街がある方向に向けて森の中を走っている。
時間にして約1時間。ずっとアテスは僕をおんぶして、走り続けていた。
「アテスさんや、そろそろ休憩を挟もうと思うのだがどうだね?」
「そうですね。キリも良さそうですので、ここで休みましょう」
どうキリが良いのか全然わからないけど、とりあえず無茶だけはさせたくない。
僕の足が怪我をしてる手前、定期的に休んで体を癒して欲しい。
「それにしても、本当に1時間も走って大丈夫なの?」
「全然余裕ですよ。むしろ、2時間や3時間でも希望があれば、それ相応に走ってみせます」
「いや、流石にそんな無理はさせられないよ」
彼女の言葉を疑っているわけではない。
むしろ、彼女ならそれぐらい余裕でこなせるだろうと信頼を寄せている。
なら何故か。
これは僕の心の問題だ。
少なからず彼女の体はダメージを負っていると知って、僕は罪悪感が生まれた。
偽善者と言われても仕方ない。でも、これは僕自身のためでもあるのだ。
「そう言えば、西問題の話なんだけど」
「どんな略し方ですか」
「結局、何がいたんだろうね」
ちょっと見に行きたかった。
「魔物と聞きましたが、ここら周囲には強い奴は存在しませんね。てなると、飛行してやって来たの可能性がありますね」
「それに多分、最初にいた場所は西の方にある街のところの更に西の森。ゴレイグさんの話を聞く限り、これは同一の事件で見て良いと思うな」
西の方に魔物が大量出現したと言っていたが、実際は強大な魔物から逃げ出して来たせいで、相対的に多く見えたと考えられる。
そして、その群集は街を横切り、僕達が街に戻っている最中に出くわした。
それで殺気だった奴らは、僕達に襲いかかった。
……その理屈で考えると。
「アテス、魔物の気配ってわかる?」
「そうですね、少々お待ちください」
ウチのソナーマンは目を閉じて、耳ではなく魔力を澄ませる。
しばらくして、アテスは目を見開き、僕の腕を掴み、軽々と持ち上げ背中に乗っける。
そして、助走なしにトップスピードで森を駆け抜け始める。
「ど、どうしたの?!アテス!」
「……想像してたよりも少し面倒な事態になりそうです」
「何を感知したの?」
「……巨大な魔物がコチラに近づいています」
「…!?それってまさか!」
突如として、僕達は影に覆われた。
上空を見上げれば、バカみたいにでかい鳥が優雅に羽ばたいていた。
しかしよく見れば、徐々に大きくなっている気がする。
それを理解するのに時間はいらなかった。
翼の羽ばたく音が耳に響き、風が木々を揺らす。
あの魔物は段々と高度が下がって来ているのだ。
アテスは速度を上げるが時すでに遅く、魔物は大地に降り立った。
木々をメキメキと押し除け、僕達の前に立ち塞がる。うお!逞しい後ろ姿!
僕の身の丈の3、4倍くらいはありそうな巨大な魔物。
ムキムキな背筋につい魅了されそうになるが、顔を見た瞬間、それは急に冷めていく。
思ってはいけない、言ってはいけないと分かってはいるが、この口はブレーキを知らなかった。
「……ブッサイクな鳥だな」
オブラートを1枚も包まないチクチク言葉が鳥に突き刺さる。
鳩の顔面が潰れたような顔に思わず目を逸らしたくなった。
体つきは良いのに、顔だけが残念な鳥だ。
「アレは……バルドバラン。怪鳥の異名を持つ、ブサイクな鳥です」
「そう言うなよ!可哀想でしょ!」
綺麗なブーメラン。でも仕方ない。事実は目の前に存在するのだから。
「しかし、これほど大きな奴は見たことがありません。通常は私達と変わらない大きさのはずですが」
「それでも結構デカいな」
「他にも、本来の生息域は洞窟の中なんです」
「……羽邪魔じゃね?」
「細かいことは気にしてはいけません」
いやいやいや、かなり重要なことよ。
「どっかに飛びに行こう」て思って、バサっと飛び立とうとしたら、つっかえそうな大きさだよ。アレ。
「と、とにかく!奴は目が悪いので、気づかれぬウチに逃げてしまいましょうか」
「あ、それは諦めた方が良いかも。だってほら」
僕は少し上の方を指差す。
アテスは上げずらそうに顔を上げる。ごめんね、僕のせいで。
でもね、それどころじゃないのよ。
「……逃げましょうか」
「時すでに遅し」
「グエー!!!」
怪鳥は僕と目が合った瞬間から、ずっと睨みつけていたが、ついに痺れを切らして襲いにかかる。
目と目が合ったらバトルの合図なのは、古来から続く慣わしだ。多分。
逃げるアテスに怪鳥さんのついばむが襲い掛かろうとする。
素早い動きだが、それ以上の速度でアテスが避ける。
そして…。
「なんで怪鳥の頭を踏んづけるの!」
「真っ直ぐ進みたかったからですよ!」
ついばみで頭が下がった怪鳥の頭を踏んづけて、奴の背後に回った。
いや、もっと他にあったでしょ!
煽っていると思われても仕方ないよ!
「ギギャー!!!」
ブチギレていらっしゃるじゃん!ほら!
「あっはっはっは、やらかしましたね」
「分かっててやったでしょ!」
怒涛のついばむと翼での薙ぎ払い。
異様に頑丈な翼は木を倒し、岩をも砕く。痛くないのかな?
「しかし、アレですね。こんだけデカいと」
「デカいと……何?」
「差し詰め、怪鳥の中の会長ってところですね」
カチンッ。
「……」
「……すごい、化け物の動きが止まった」
「……」
「アテスさん、一体どんな魔法を使ったんですか?」
「……」
さっきの暴れっぷりが嘘のように動きが静止して、どんどんと距離を稼いでいく。
石像のように微動だにしない。急にどうしたのだろうか?ちょっと不気味だ。
「……」
「……」
「……いやまあ、面白かった……よ?」
「フォローしないでください!傷つきます!」
「ホントホント。あ、これが言葉に力が宿るってことだね」
「えぐらないでください!」
「長い伏線回収だったな」
「もう忘れてください」
耳まで真っ赤だ。可愛い。
正面から見れないことが悔やまれる。チッキショー!
しかし、この世界にもダジャレってのは存在するだな。レベルは日本と一緒だけど。
「でも、1つわかったことがあるよ」
「な、何ですか?」
「そう堅くならない、少し真面目な話」
「……なら良いです」
そんなに信用ないか僕。
まあ原因は明白。日頃の行いのせいだ。
ちょくちょく煽ったり、いじったり、揚げ足取ったりしてるせいだね。
全部僕が悪い。
ちょっと抑えようかな?(やめるとは言ってない)
「でね、わかったことと言うのは、あの怪鳥は人の言葉を理解出来てるってこと」
「どうしてそう思うのですか?」
「えーっと……アテスの最高に面白いダジャレに対して、多少なりとも反応を見せた」
「んん゛」
「違う違う、煽ってないから安心して。でね、反応したってことは、言葉を理解できるほどの知能と知識がある可能性を示唆してると思うの」
あの、世界一面白いダジャレを披露した際、奴は硬直した。多分、面白過ぎて感涙したんだと思うけど。
つまり、アテスが何を言ったのか理解して、それ相応の反応をしたんだと推測できる。
でも、魔物にそんなことが可能なのだろうか?
「どうでしょうか?アテス師匠」
疑問を解決するには調べる必要がある。
知識の宝庫である彼女に、僕の推測が合っているか確認する。
「……昔読んだ本に、面白い生態研究がありました。魔物による人間の子育てと、人間による魔物の子育て」
「それは読んで字の如く、魔物が人を育てるの?」
「あるいはその逆。今回は後者の方が関係ありそうなので、そちらをお話しします」
しばし無言。
どうやら、彼女なりに頭の中で要点をまとめているようだ。
話し始める前に「整いました」って言って欲しい気持ちはある。
「纏まりました」
「惜しい!」
「何がです?」
「いや、こっちの話。気にしないで言っちゃって」
「わかりました。では、私が読んだ内容を簡単に教えます」
「よ!待ってました!」
少し背筋が凍るような感覚に陥る。
あ、これは後で締められそう。
「はぁ……研究の内容は魔物が幼い時から、人間に育てられた際、どういう成長を見せるのかといった内容です」
「刷り込みってヤツを利用して?」
「そうです。リンさんごときでも、ちゃんと理解してるんですね」
失礼な人だな!
「動物の本能の1つ。それが魔物にも存在し、人間を親と認識させました」
なんか可愛らしい実験だなり
「結果から言うと、魔物はペットと同じように飼い主の言葉を理解し、芸を身につけて、難なく暮らすことが出来ました」
「人は襲わなかったの?」
「はい。魔物は魔石、あるいは魔力を持つ者を食べることで強くなりますが、強くなるだけで食べ物自体は肉などを与えれば問題ありませんでした」
本当にペットみたいだな。
僕も飼えば護衛につけれるかな?
……ダメだ。愛着が湧いて出来そうにない。一瞬で想像できた。
「まあその後の出来事が問題でしたけど、本題から逸れるのでやめます」
「そうだね。今は魔物が言葉を理解できるか否かだ。それ以上は僕の頭がパンクする」
とりあえず、人と接することで人語を理解するのはわかった。
ならここで疑問になるのは、誰があの怪鳥に人語を教えたかだ。
それに応じて、ダジャレを理解できる高い知性を持っているとも考えられる。
「そうなると目的がハッキリとしませんね。何故、魔物達を追いやるのか。それとも別の目的があるのか」
「うーん、人が関わっているって前提で話すのなら、何かしらに個人的、あるいは集団で恨みがあるんだろうね」
じゃないとこんなことはしない。
ただの頭おかしい人になっちゃう。
「にしては、やり方というものがあるでしょうに」
「確かに」
もっと隠密に済まして欲しいものだ。
だが、もしも魔物を追いやることが目的じゃないとしたら?
人を襲う、又は特定の人を襲うことが本当の目的だとしたら?
人間関係での
だが、それは無数に存在する可能性の海だ。
それから目を逸らし……僕の思考は考えるのをやめた。
「やめよやめよ。憶測で話したところで、結局は憶測でしかない。久しぶりに頭使ったから、少し痛い……気がする」
「そうですね。この件に関しては冒険者は管轄外。リンさんのような小さい脳みそをフル回転させても答えは出ません」
「お?喧嘩するか?」
最近、アテスさんの喧嘩文句が増えた気がする。反抗期か?
アテスの成長を身に沁みながら、後ろを振り返る。
バなんとかの怪鳥は既に動き出しており、僕達めがけて走っている。
アテスさんの必殺技を喰らって動けるとは!なんてヤツだ!
「……何かムカつきますね」
「気のせいじゃないかな?……あ、そろそろ森を抜けるよ」
「……まあ良いです。気にしたら負け」
「で、この後はどうするの?」
「逃げるのはここまでにして、奴を倒します」
薄々気づいていた。
だって、彼女は無駄なことはしない。
あの魔物を踏んづけたのも注意を引き寄せるため。
街に近づかせないようにワザとやったこと。
何も考えてないわけではないのだよ。
今だってそう…。
「君子、危うきに近寄らず。森の中じゃあ、周囲の状況や足場が悪くて戦いにくいからね」
必要ない限り、森の中で戦うのはバカがやること。
我々は森に住まう原住民ではないので、巨大な魔物には自分のフィールドに持ち込んだ方が良いはずだ。
「1つお願いがあるのですが」
「なになに?」
「ほんの少しの間、自分の身は自分で守っていただけないでしょうか?」
「もちろんだよ。僕だって成長してるんだからね!」
アテスに指導されたおかげで、多少なりとも戦えるようにはなっている。
まだ怖いが、自分の身くらいは余裕で守れると思う。
それだけを確認すると、アテスは森の出口に向けて速度を上げる。
そして、森を抜けると、木々が一本も生えてない平原が姿を現す。
偶然と言うわけではない。
アテスの観測による地形の把握。魔力による空間把握のもう1つの使い方だ。
この先に街があるのだが、それは後の祭り。
しばらく速度を維持していたが、森からある程度離れた地点でアテスは振り返る。
「ギギャー!!」
と咆哮を1つプレゼントフォーユーされて、ついでに翼で叩き潰されそうになる。
それを軽く避けたのち、アテスはその場で僕を下ろす。
そして、怪鳥と目が会った。バチバチと火花が咲き、ライバル同士の決闘のような雰囲気を醸し出している。
しばらくの硬直が続いたのち、アテスは剣を構えて一言。
「それでは授業を始めましょうか」
こんな状況でですか?!
確かに最近、疎かにしてたけれども。
……まあでも、これは序章にしか過ぎない。
この旅行には前途多難ばかりだ。
しかし、それに立ち塞がる目の前の壁はブチ破るだけだ。
「アテス、お願い!」
「言われずとも」
ここから始まるのだ。
僕達の旅が。
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