第17話 緊急招集!……があったらしい

 難しい話はさておき、僕達は特殊依頼の達成とその報告をしに、ギルドに訪れた。

 だが、ギルド内は騒然としており、何か事件でも起きたかのようだ。

 原因は想像できるけど、必ずしもそうとは限らない。

 ちょっと躊躇いながらも受付嬢に話かける。


「あのー、特殊依頼についての話をしに来たんですけど……今、大丈夫でしょうか?」

「あ、はい!確か、チームリンリンの方々ですね」


 そういえばあったなそんな名前!考えるって思っておきながら、何も考えてなかったわ。

 後日改めて考えてるとして(忘れるやつ)、今は要件を手短に言う。


「その件でしたら、依頼主のミアさんは朝からずっとコチラにいらしたので、すぐにでも案内させていただきます」


 そう言って、カウンターの奥の部屋に小走りで案内される。

 何気なく言ってたが、朝からここにいるって相当では?自分の家に知らない人がいる気分だ。

 「どうぞ中へ」と言った同時に受付嬢は全力ダッシュで元の場所に戻った。

 部屋に入ると、お茶とお菓子を頬張っている可愛らしい少女がチョコンと座っていた。

 依頼主であるミアちゃんが退屈そうに僕達を待っていた。


「あ、お姉ちゃん!」


 僕達に気づいて、笑顔で手を振ってくれる。本当の妹みたいだ。まあ誰を姉と呼んでいるかは定かではないがな。

 とりあえず、彼女が座るソファーの対面側に座る。


「お願いした物買えた?」

「イエスイエス、しっかりと目的の物は買えましたよ」


 バッグの中からスプリボルを取り出して、机の上に置く。闇の取引をするようにソッとね。


「そう、それです!ありがとうございます!」


 パァーッと太陽のような可愛らしい顔をして、頭を下げる。

 うーん、なんかいいね。こういうの。


「これでお母さんも喜ぶね」

「うん!」


 百点満点の笑顔を向けられ、こっちの方も頬が緩んでしまう。

 彼女の喜ぶ姿を見て、受けて良かったって思えた。


「あ、後これも渡すね」


 財布から仕分けていたミアちゃんの銀貨5枚を彼女に渡す。


「え、ミアのお金……」

「ふふん、実はふぐっ」


 丁寧に説明しようと思った瞬間、脇腹に衝撃が走る。

 その犯人は隣に座る変なお面をつけた女。

 僕はそいつに耳元で囁く。


「何するのさ」

「馬鹿正直に話そうとしていたのでつい」

「え、ダメなの?」

「ダメです」

「何故?」


 こういう経験がないから、何がいけないのか理解が出来ない。


「思い出してください。そもそもこれは、彼女の代わりに買いに行った物です。もし、私達が全額払ったと聞いたら、彼女はどう思うでしょうか?」

「……気をつかう?」

「それもありますが、1番重要なのは、ミアさんが買ったという証明が欲しいんですよ」

「買った証明……」


 ……なるほど何となくわかってきたかも。


「つまり、ミアちゃんが関わった証が欲しいのか」

「そうです。ですが、出してしまった以上後には引けません。誤魔化してください」


 コソコソ話を終え、ミアちゃんと向き合う。

 首を傾げ、何をしてるのか疑問に思っている顔をしている。ごめんね。


「えーっとね……実はぐーぜん!クーポン券が手に入ってね。お金を使う必要がなかったんだよ!」


 く、苦しい!と我ながら思う。

 元気いっぱいに振る舞い、嬉しい誤算があったと伝えているが……どうだ?

 そもそもこの世界に、クーポン券があるのかさえわからないし、割引だとしても100%引きの物はないよ。

 でも、一瞬で思いついたのがこれしかないのだよ。

 頼む。誤魔化し切れてくれ。


「えぇ!そんなのどこにあったの!」


 はい、終わったー。そんなのどうやって答えればいいだ!

 僕の天才的な頭脳が焼き切れるほどに高速で回転させて、弾き出した答えはこうだ。


「……カ、カバンの中にグシャって入ってたんや」

「プッ……グフッ」


 隣の奴に一発肘打ちを喰らわせる。


「うーん、でもそれだと、ミアが買ったってより、買ってもらったって感じがして、少し申し訳ない気がするの」


 笑顔の奥に少し寂しげな表情が見えた。

 アテスの懸念通り、ミアちゃんは少し迷いが見て取れる。

 ど、どうする僕。カッコよく、安心させれるような大人な対応を見せないと。


「ううん、そんなことはないよ。だって、ミアちゃんがお母さんを喜ばせたいから、隣町までこのネックレスを買いに行ったんだよね?」

「……うん」

「その気持ちを誰かに託すのってとても難しいことだし、知り合ったばかりの人にお金を渡すなんて、相当覚悟がないと出来ないことだよ」


 ミアちゃんを諭すような優しい口調で語りかける。諭されるべきは僕のほうだけど。

 彼女を悲しませないように、何としてでも説得させないといけない使命感と、罪悪感の両方でサンドイッチ状態だ。

 でも、後一押し。


「だからね、もう少し僕達に甘えても良いんだよ。家族のために頑張れる貴方はとても素敵な子なんだから」


 親への感謝は今しかできない。

 明日、死ぬかもしれない世界で精一杯のお礼をする。それは美しい愛だと言える。

 ……僕には出来なかった親孝行。

 だから、彼女には全力で親に愛情を注いで欲しいと願う。


「……本当に良いのかな?ミア、何も上げられてないのに」

「良いんだよ。だって君の笑顔を見れたからね。それが1番の褒美だよ」


 そう言うと、再び最高の褒美を与えてくれた。うん、最強に可愛い。


「そう言えば、名前を聞いてなかった」

「あれ?名乗ってなかったっけ?では改めて、僕の名前は神崎凛。凛って呼んでね。で、この隣の奴がアテスね」

「リンさんに、アテスお姉ちゃんですね。しっかり覚えました!」


 軍人のような敬礼を披露する。

 威厳のあるポーズだけど、可愛い子がやると可愛らしくなるのは何故だろうか?

 全世界共通の疑問を考えても仕方ない。それよりも納得のいかない部分が1つある。


「ねぇねぇ、僕にもお兄ちゃんとか、お姉ちゃんとかつけて欲しいな」

「え、えーっと、リン……お兄ちゃん?……お姉ちゃん?……リンちゃん?」

「第3の選択が!」

「えーっと、なんか年上って感じがしなくて、何と言うか……同い年の友達みたいな感じ……かな?」


 それはそれで嬉しいけど……僕ってそんなに幼く見えるの?

 確かに15の若僧だけど、高校生っていうと、子供と大人の中間って感じじゃない?

 さっきも出来る限り大人らしい対応を見せたと思うのだけど?


「じゃあ、何でこんな変なお面をつけた奴がお姉ちゃん扱い出来るの!?」

「ん?そんなことないよ?カッコいいお面だと思うけど」


 恋愛フィルター的なアレか!?

 僕が道行く人だったら、2度は絶対する!

 ダサ……特殊なファッションだなってなる。


「それに人のセンスを馬鹿にするのはよくないからね」


 メッチャ育ちが良い。誰かさん(僕)とは大違いだ。


「リンちゃんの服装もカッコよくて好きだよ」

「あ、ありがとう」


 ちゃん付けかー。さんの方がよかったかも。


「あ、もうこんな時間だ。そろそろ帰らないと」


 机の上に置いてあった銀貨を手に取り、テクテクと扉の方向かった。


「それじゃあまたね、リンちゃんとアテスお姉ちゃん!」


 笑顔で手を振りながら部屋から出て行く。

 バタンと完全にミアちゃんがいなくなった後に残ったのは静寂。

 笑顔で手を振り返していた僕も動きをやめ、机の上に突っ伏した。


「あ゛あ゛ー、何とか乗り切った」


 疲れがどっと押し寄せ、罪悪感という重圧に押しつぶされるような感じだった。


「いやー、実におも……起点のきいた嘘でした。やっぱり慣れてますね。感服です」

「褒めてないよね!て言うか何で黙ってたの?!」

「いえ、子供に嘘をつくのが忍びなかったので」

「クソ!自分だけ善人アピールしやがって!」


 ドンッと台パン。

 僕だってやりとうなかったわ!


「しかし、ちゃんと説得は出来ていました」

「アテスがやれって言うから」

「正直、私は無理だと思っていました。だって少女の心は脆く、繊細なのですから」


 彼女なりに無茶振りをしたと自覚をしているらしい。


「だから、しっかりと答えてくれて……カッコよかったですよ」


 ドキッと心臓が喜ぶ音が耳元でする。

 体の奥から熱が込み上げ、脳内で何度も同じ言葉を反芻する。

 そして…。


「……ごめん、もう一回最後の言葉言ってくれない!聞き取れなくてさ!」


 すぐに調子に乗る。

 これには流石の少女も。


「……チッ……よく頑張りましたねー(棒)。偉い偉い」


 冷めた表情でテキトーに遇う。


「違うじゃん!もっと優しい言葉だったじゃん!」

「ちゃんと聞いてるじゃないですか。何故2回目を?」

「だって、メッチャ嬉しかったんだもん。ねぇねぇ、もう1回お願い」

「嫌です。私だって恥ずかしいんですから!って、何するんですか!」


 アテスの肩をガシッと掴んで逃げ道を塞ぐ。


「もう1度言ってくれるまでこの手は離さない。たとえ明日になろうともな!」

「流石にキモいです。諦めて、さっさと部屋から退出しますよ」


 僕の拘束虚しく、スルリと抜けられる。チクショウ!また台パン。

 まあ嫌なら仕方がない。どこかの機会でまたカッコいいところを見せればいいだけの話だ。

 謎の自信に満ち溢れる。

 どっからか湧いてきたポジティブシンキングを胸に、アテスの後を追う。

 アテスがドアノブに手を掛けようとした時、扉はガチャっと音を立てて開く。

 ちなみに、この世界のドアは欧米式だ。

 つまり、この部屋に入る時は押して入らなければならない。

 それを踏まえた上で、どうなるかは想像つくだろう。


「いて」

「あ、すみません!」


 漫画でしか見たことがない見事な扉とのゴッツンコ。バンっと音を立てて、さらに芸術点が高い。

 わざとらしくおでこの部分を触る。……お面つけっぱなしだけど。


「いえ、お気になさらず。慌ててたようですが、一体何かご用件ですか?」

「あ!そうです!緊急招集です!」

「緊急……招集」


 僕は復唱し、固唾を呑む。

 そんな重大そうな響きを聞き、何かトラブったのかと焦りさえ覚える。

 流石のアテスも、少し顔が引き締まったように見える。


「あ、そんなに身構えなくても大丈夫です。招集事態はもう終了していますから」


 天を仰ぐ。

 え?あんなに慌てて入って来たのに、もう事後の出来事なの?

 これじゃあ、アテスが当てられ損だよ!


「ならもう少し落ち着いてくださいよ」


 ごもっとも。


「す、すみません!帰られてしまう前に、急ぎお伝えしないと思い、馳せ参じました!」


 軍人のポーズをやる。流行ってるの?


「簡潔に申しますと、西の城門を一時閉鎖しました。理由につきましては、強大な魔物の出現の出現につき、市民の安全を守ることためとのこと」


 おそらく、魔物ってのはアテスが観測した奴だろう。

 城門を閉めるほどの警戒度を見ると、相当にヤバい奴なのだろう。知らんけど。


「それで近くにいる冒険者は皆、西の方に駆り出されるとも仰っていました」

「ってことは、僕達も?」

「いえ、貴方達は冒険者になって日が浅いので、いつも通りのほほーんとしててください」

「僕達を何だと思ってるの!」


 それだけを伝えたかったのか、すぐ部屋から退出する。相当の事態だな。

 しかし、緊急事態だと言うのに、免除されるってなると悪い気がする。

 心がソワソワして、人前に出るのもはばかれる。


「……どうしようか?」

「どうとは?」

「こう緊急事態ってなると、何していいかわからなくなるじゃん?それだよ」

「普通にご厚意に甘えればいいんじゃないですか?」

「それによく考えたら、次は何しようとか考えてなかったし」


 基本的に行き当たりばったりな生活のせいで、細かな目標は立ててこなかった。

 目的はあっても、そこに至るまでの道のりは一才思いついてない。

 腕を組み悩む。


「……なら冒険者らしく、旅をしましょうか」

「旅って……何すればいいんだ?」


 旅って聞くと、フードを深く被り、少ない荷物を持って、ミステリアスな雰囲気を漂わせて様々な土地に赴く。

 この前見たドラマがそんな感じだった。

 目的は……自分探しだっけ?


「何をおっしゃいますか。旅は自由なのが1番の醍醐味。何をするかなんて、その場で決めれば良いんですよ」


 そう言われてもイメージが湧かない。

 昨日のアレは目的があって旅をしただけで、目的もなく旅をするのは想像さえできない。

 温室育ちの犬が突然野原に放り出されるような感じだ。


「うーん、ピンと来ませんか。ならこう考えてはいかがですか?ただの旅行だと」

「旅行……それなら何とか」


 僕だって学生。修学旅行で街を散策した経験なら……少しはある。

 考え方の違いだけでボヤけていた思考が段々とスッキリとしていく。


「私達は自由です。先のことは考えず、今だけを見て、楽しいことをしましょう」

「おおー!そう言われるとワクワクしてきた!僕は自由王になーる!」


 部屋の一室で反響する1人の声。隣人がいたなら壁ドン間違いなし。


「……ふふ、そうなると結構遠い場所にやって来たね」

「異世界をも渡航するなんて、リンさんは旅行好きですね」

「そうだね。今度ブログにでも書こうかな?」

「ふふふ、何ですかそれ?」


 ブログに書かずとも、何かしらの日記は付けたいと思えるほどに僕はワクワクとしている。

 旅ではなく旅行。

 旅行の最高のスパイスは楽しいと思うことにある。

 だから、暗い考えをするのは今日でやめだ!

 これからを全力で楽しまないと、せっかくの異世界に失礼だ。

 それに……彼女と出会えた。

 この奇跡に僕は初めて天に感謝の念を唱えたのだった。

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