第33話不死身青年と旅人童女の追憶XV

 顔色があまりにも悪過ぎていたらしく、目を覚ますや否や、先に起きて身支度を済ましていた若桐に心配された。


 まぁ......あんな夢を見た後なら、そうもなるだろう。


 覚えている限りではあるけれど......いや、ずっとすごい剣幕で睨まれ続けていたことだけは、夢の中だろうが、すごく覚えている。


 妹のことを想うが故なのだろうけれど......


 それでもずっと......ずぅっとだ......


「はぁ......」


 溜め息を吐く僕の方を見て、心配そうに見つめながら若桐が、言葉を紡ぐ。


「あの、荒木さん......大丈夫ですか......?」

 

「あぁ......うん。大丈夫だよ......心配かけてごめんね......」


 そう言いながら、彼女の小さな頭を優しく撫でる。


 そしてゆっくりと、眠気眼のまま布団から身体を起こして、洗面台まで行き、顔を洗う。


 冷たい水しぶきで、次第に正気に戻る頭をゆっくりと、ゆったりと巡らせながら、僕は若桐の方に向けて、言う。


「朝ごはんでも、食べに行こうか......」


 そんな僕の提案に、少しだけ驚いた彼女の表情は、次の瞬間にはパッと晴れて、しかしその後に、僕の体調を心配している。


 ほんとうに、せわしなく表情をコロコロと変える彼女は、今こうしている僕なんかよりも、ちゃんと生きている様な、そんな気さえしてしまう。


 でも、だからだろう......


 だからこの 若桐 薫 という少女は、死してなお、この世に残された想いの強さに引っ張られて、それ故に、自身の重さを残してしまったのだ。


 表情豊かで、感情豊かの、浴衣姿の女の子。


 あんな兄に愛されたのはまぁ、家族であるのだから良しとして......


 最早結末を、今回のこの一件のネタバレを、そんな兄から夢の中で聞かされたモノだから、今はこんな風に思うのだ。


 ほんとうに、どうしようもない程に、傍迷惑な三文芝居でもしている様な、そんな気分である......と......


 まったく......ほんとうに......


 けれどそう思う気持ちと同じくらい、僕は安堵していた。


 なぜなら今回のこの一件の要因が、あの兄から聞いた、夢の中で聞いたそれならば、こんなにも傍迷惑であると同時に、優しい理由もないだろうと......


 なんなら少しだけ、羨ましくも思えると......


 そんな風にも、思えるからだ。


 けれどもういい加減、解放してあげるべきなのだろう。


 童話にでも登場しそうな、可憐な魂。


 身支度を済ませた僕の方を見て、決して多くない荷物を持つ僕の腕に少し触れながら、隣を歩くこの少女とは......


 今日でもう、お別れなのだ。



 目の前に並べられている、現代に生きている者なら、ほとんどが見慣れているであろうそれらを見て、僕は横並びに座る少女に尋ねる。


「あのさ......」


「はい?」


「いや......朝ごはんって、ほんとうにココで良かったのかなって......」


 目の前のトレーには、ハンバーガーとハッシュドポテトとパンケーキ、それに冷たい珈琲とお茶が並べられていた。


 朝ごはんという台詞から、てっきり和食を想像したし、実際そういうお店も近くにあったから、行こうと思えば行けたのだけれど......


 そんな風に危惧していると、隣に座る若桐は、少しだけ照れながら答える。


「今まで興味はあったんですけれど、お店には入ったことなくて......」


「......そっか」


「はい......なので来れて嬉しいです」


 そう言った後に若桐は、「食べましょうか」と促して、二人して「いただきます」を言って、目の前のハンバーガーを、外を見ながら二人して、頬張る。


 まるで生きている様に、美味しそうにハンバーガーを食べる幽霊と、未だに眠気が頭の中に横たわる、死に損ないの不死身の異人。


 ほんとうに、何処にでもある様な、朝の時間。


 旅行の最後としてはきっと相応しくない場所なのだろうと、そんな風に思った。


 そんな場所で、ハンバーガーを食べながら、僕は今回のこの旅行を省みる。


 不死身の体質になってから、普段はあまり寝つきが良くない僕が、この旅行中は散々、夢というモノに振り回されていた。

 

 悪夢みたいな出来事は、大学生になってから数ヶ月で、散々体験したけれど、今回の一件は、それとはまた別物で、別格だった様にも思える。


 あんなにも......


 あんなにも辛さや悲しさが付随して、それでも当の本人は、それらを自覚していないという現状は、やはり恐ろしいという他、ないのだろう。


 含んだ珈琲の苦さに伴って、思い出したくないことを、不意に思い出す。


 まだ不死身の異人になる前の、半分が人間で、半分は吸血鬼の異人だった、ゴールデンウィークでのあの一時。


 横浜駅前で刺されて、病室で横たわる羽目になった僕に対して、相模さんが言っていた......


 完全な人間ではないことに対して、自覚的であるべきだと、そういう風に、彼は言ったのだ。


 そしてその言葉はきっと、たとえ幽霊であろうと、この隣に座る少女に対しても、きっと同様なのだろう。


 たとえそれが夢という、掴み所のないモノが媒体であるが故に、自覚することが難しくとも......


 やはりこのまま、何も気づけぬまま、彼女をあの世に送るわけにはいかないのだ。



 朝食を済ませた後、お茶が入っていて、ストローが挿されている紙コップを両手に持ちながら、若桐は唐突に呟いた。


「ほんとうに......」


「ん?」


「ほんとうに......すみませんでした。無理矢理で無茶苦茶な、私のお願いに付き合って頂いて......でも、結局......何にも、なりませんでした......」


「......」


 そう言いながら、こちらに向ける彼女の表情は、こんな時でさえも、僕のことを気遣っているのだろうか、痛々しい程に、必死で何かを隠そうとしている様な、表面的な笑顔だった。

 

 そしてその表情のまま、彼女は続ける。


「そもそも仮に......ほんとうにちゃんと、なにもかも全部、思い出せたとしても......あの人にはもう会えないんですよね......どんなに想っても、届かない。生きていた頃も、死んだ後も......変わらない......」


 そう言いながら、だんだんと、少しづつ、僕に向けていた表情が崩れる。


 そしてその表情のまま、涙を溢しながら、彼女は訴えるのだ。


 自分の苦しさを......


「ねぇ......荒木さん。私はいつまでこのままなんですかね......ずっとこんな風に、あの人のことを想い続けて、彷徨って......一生はもう、とっくの昔に終わった筈なのに......死んでからも......これからも永遠に......私は......こんな......」


 そんな風に溢しながら、しかしその崩れた顔は、決して僕には見せてはならないと、そんな風にも思っているのだろう。


 だから彼女は、手には変わらずに、ストローが挿してある、お茶が入っている紙コップを持ったまま、しかし顔は俯いたままで......


 そしてその様子は、次第に良くない方向に、変わるのだ。


 あぁ......これは、マズい奴だ......


 柊の時のアレと、似ている気がする......


 あの時は、相模さんが意図的にそうしていたけれど......でも、今は違う。


 そう思いながら、若桐に次を言わせてはいけないと......


 そう思いながら、僕は彼女の次の言葉を待たぬまま、口にする。


「そんなことないよ、若桐」


「えっ......」


 俯いていた彼女が、顔上げる。


 そして顔を上げた彼女は、一体自分が何を言われているのか、それが理解できていない様な表情で、瞳に雫を浮かべたまま、僕のことを見つめるのだ。


 だから僕は、もう既に食べ終えられていた、朝食の容器だけが乗っているトレーを徐に片付けて、そしてその後に、彼女の手を取って、店の外に出た。


 会計を先に済ませることが出来たのは、幸いだった。


 









 


 

 


 


 

 



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異人青年譚 kumotake @kumotake

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