第12話 恵みの雨

      ***


 青は目を覚まして唖然とした。

 いつもなら朝日が差し込む時刻なのに、外は薄暗い。まさか、と思い障子を開け放った青の鼻孔を突いたのは、土の湿った香りだった。


 空を覆う暗灰色の雲から雨粒が降り注いでいる。


 あんぐりと雨雲を見上げていた青の背後から得意げな声が投げられた。


「大丈夫だったでしょ」


 青が振り返ると、深紅の瞳を和らげる東が立っていた。白い生地の着物を羽織り、白銀の髪の毛を束ねながらこちらに歩み寄ってくる。


 青は感心したように口を開いた。


「あぁ、驚いた。東はすごいな」


 青の心からの賛辞に東は微笑んだ。そして、東が何かを懐から取り出して青に差し出した。


「雨に濡れたらいけないと思って持ってたんだ」


 東の手に握られていたのは、幸子から受け継いだ巾着だった。


 すっかり忘れてしまっていたことにばつが悪くなった青は苦笑した。礼を言って巾着を受け取った青は、異変に気付く。


 掟を破ってしまった罪悪感からか、いつも巾着を見るだけで気が重くなっていたのに、どうしたことだろう。


 巾着が纏う空気が軽くなっている気がしたのだ。

 

 満月の光のおかげなのだろうか。

 いや、今までも満月の晴れた夜には月明かりに照らしていたが、こんなに清澄な雰囲気を感じたことはない。


 不思議な感覚に首を傾げていた青はふと気づく。東の指先に切り傷があることに。ひとつではないそれに青が声をかけようとしたとき、こちらに近づく足音が聞こえた。


「東、人が来る」


 そう青は東を部屋へ行くよう促して障子を閉めた。


 同時に、女郎花色おみなえしいろの着物を身に纏った侍女が、母屋の廊下と繋がった縁側に姿を現した。裾を整えた侍女は床に手をついて礼を執る。


「青さま、おはようございます。……門前に村の長たちがやってきております。東さまにお会いしたいと……」


 どうして東なのだろう、とわずかに顔を上げて訝しげな色を滲ませて言う侍女に青は笑った。


「わかった。それでは、今から急いで身支度を整えて東を連れて行こう。村人たちとの話が終わったら朝餉にするから準備を頼んでおいてよいか?」


「かしこまりました」


 青の婉然とした笑みに、うっとりと微笑んだ侍女は頭を下げて去っていった。侍女の足音が遠のいていくと、そろそろと障子が開けられる。


「青さんって……万人に好かれるよね」


「は?」


 眉を顰める青に東は「何でもない」と素っ気なく言って背を翻した。


「何なんだ」と青は首を傾げながら、東に続いて歩を進めた。


 

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