背理に抗う天秤-12-

「あなたって人は、どこまで人の命を軽んじるんですか!?」


「任務遂行のためなら多少の犠牲者が出るのはある意味仕方のないことだ。任務達成――つまり侵蝕者イローダー抹殺を完遂してしまえば、新たな犠牲者は出ない訳だろう。将来的な安全を守る一手としては定石のはずじゃねえか?」


 互いに相容れぬ論理思考だった。

 人命救助こそ最優先とする僕と、対敵殲滅を最優先とする第一部隊の面々。座学で任務中人命を優先すべきかどうかは該当任務の目標に左右されると習ってきたものの、実際死の淵に立つ人間を前に救いの手を差し伸べることをせず、最優先事項を選択肢として取るというのは、普通の人間として如何なものかと思う訳である。

 軍人であることが普通の人間であることを放棄することに繋がるのであれば、それは人間として真っ先に抗わなければならない最低ラインであろう。


K-9sケーナインズの任務成功率が高いのは、そういう人間らしい邪念を排除して、最優先事項を達成すべく効率的に動いているから。ということを君は失念していませんか?」


抑々そもそも軍事の円滑化のために造られたヒトの亜種族が、人間らしさを講釈されるとはお門違いも甚だしいわけではあるが。人間の都合通りに動いたら今度は倫理がどうのと説教されるのは中々面倒だな」


 多勢に無勢。確かに彼らの境遇を考えれば、一人の人間が「人間の完全なご都合のために造られた接触禁忌種達に、一般人としての倫理観や在り方を説く」というのも、可笑しな話である。だからと言って人道を外れた行いを振る舞う彼らを見過ごせないのも、僕の中では磐石としたものであった。


「それでも僕は貴方達の意見が正しいと賛同はできない。だから、今後も意見が食い違うことは大いにあると思います。その中でお互いの妥協ラインを見つけていきたいというのが、僕の――人間としての矜恃です」


 どちらかの思考を間違っているとして、それを矯正することは、容易にできることではない。否、思考を操ること自体が無理に等しいのだ。ならば相互理解を深めた上で双方の妥協ラインを制定するというのが最も理に適っている。人間という種が根源にあるのなら、歩み寄ることはできるはずであろう。


「ごめんね、お嬢さん。君の両親の敵討ちは必ず成し遂げてみせるから――」


 再度少女に向き直り、何度目かも分からない謝罪をした上で、僕は一つの約束事を取り付ける。無謀な敵討ちではなく、綿密な計画を立て確実に仇敵を仕留める。それを確約して、彼女の崩れていく心を食い止めようとした。


「――お兄さん。私ね、二人を連れてどこか遠くへ行きたい」


 しかし、突拍子もなく彼女は希死念慮を吐露する。敵討ちをしたところで、結局のところ両親は帰らない。二人の親を失うということは、彼女が今後独りぼっちの人生を歩んで行くということに等しい。想像を絶する環境の中、彼女が死を選ぶのならば、誰にも止める権利はなかった。


「苦しまないよう、俺が彼女の止めを刺そうか?」


 倫理を捨てた上官が無情に助言する。それに対し僕は「お気持ちだけで結構です」ときっぱり拒絶する。確かに彼女にとって、世界の中心であった実親を喪失する経験が絶望に値し、人生に節目を付ける要因になったことは確かである。だが、死ぬのを第三者が幇助するというのは、人間風情が行っていいことではない。自殺したければ他者の力など借りず、自らの手で終わらせるのが当然の帰結。

 僕はレンさんに与えられたグロック19の安全装置セーフティを外して、少女に手渡す。「一度だけでいい。引き金を引けば、その銃が君の人生に終止符を打ってくれる」と、彼女に全てを委ねてその生き様を見届ける。少女は蟀谷こめかみ銃口マズルを押し当てると、震える手で引き金トリガーに人差し指を掛けた。


 これで発砲したとしても仕方がない。僕が彼女の決断をどうこうすることは決して敵わないことなのだから。ただ、死んでしまった時の彼女の命に対する責任感だけは、拳銃と共に背負っていくつもりだった。

 数分の時の流れが、少し長く感じられた。その末で彼女は荒い息を整えながら拳銃を下ろす。


「ごめんなさい、お父さんお母さん。私死ぬのが怖い、まだ死にたくない――!!」


 死にたくない――これこそが彼女の真の答え。僕は胸を撫で下ろしながら彼女の手からグロック19を受け取った。彼女が生きて行く中で、また新たな幸せを掴む可能性もぜろではないと考えれば、この結末に至ったことを純粋に良かったと思える。

 背後に佇むレンさんには、少女を親元に届けるため楽にしてやるという選択肢しかなかったようだが、それでは少女の本当の声は聞き出せない。言葉任せの希死念慮が、果たして本当に実行に移すべき事項に該当するのかどうかは、己の手で決めなければならない。真なる言葉であれば、当然引き金トリガーを引くのに怖じ気付いて躊躇することはあれど、結論としては発砲に至っていたのだろう。今回拳銃を下ろしてしまった、という結論に達しているのは、生きたいという願望が僅かでも残っていた証左に他ならない。そして持論にはなるが、自身の命を絶つ責任を誰かに押し付けるべきではないと思う、というのが根強くあったのが、この行動に至った根拠だろう。

 惨い惨劇を目前にして死にたいと嘆く少女を死なせずに済んだ結果に、レンさんはただ一言「お見事」と感嘆した。

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Apricot's Brethren 七種 智弥 @st_11_0

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