背理に抗う天秤-11-
両親の亡骸に寄り添う彼女の隣に、僕はストンと座り込む。少女の命は助かったが、それは
「ごめん、お嬢さん。君の大切なお父さんとお母さんを死なせてしまった――」
謝罪で済まされるようなことでないことは重々承知している。だが、贖罪のために僕は謝罪を重ねた。きつく責任を問われても仕方がないことをした。謝罪する以外に、僕に何ができるというのだろう。何もできやしないからこその謝罪なのだと、改めて己の失態を悔いる他ない。
彼女は怒りで顔を真っ赤に染めているだろうか。それとも悲哀に満ちた儚げな表情を浮かべているだろうか。俯いた視線に答えは未だ映らない。きっと答えを得るのが怖かったのだ。どんな表情であれ、それを目にした時、それが僕に甚大なる絶望感を与えることに変わりはないのだから。
「お兄さん、顔を上げて」
優しい声色に一瞬肩が跳ねる。
恐る恐る首を
「見て。お父さんとお母さん、まだ暖かいんだ。まだ、動いている。生きてるんだよ」
そう嬉しそうに血塗れの両手に収まった二つの心臓を掲げる姿を見て、僕は思わず「ああ、この子の心は本当に壊れてしまったんだ」と悲嘆する。意図せずに涙が滲むのは、決して悲しいからではない。初の任務で死者を出し、生存者の精神までも崩壊させてしまったことへの、取り戻すことの絶対に叶わない後悔が
人の死を眼前にする以上に、人の内的世界が全壊する場面を見ることの方が精神的に堪えるものがあった。そして、それを生み出す
取り戻せない結末を目の当たりにして、これまで特殊精鋭部隊の一員になるべく僕がどれだけの努力を積んできたか、悪足掻きながら再考してみる。自分が途轍もない努力をして来たことは、自信を持って自負できる。但し、それは飽くまで過程であり、結果に結びついていない以上、何の弁明にもなりはしないのだけれど。
訓練には怠ることなく参加して来た。手を抜いて臨んだ訳でもない。ただ二十五日と言う余りにも短い月日の中で、人を救えるように成長するには無理があったのだと、そう思わざるを得ない。努力が報われない虚しさとは、ここまで口惜しいものなのか。悲観的に考えても仕方がないくらいには、壮絶な無力感に襲われた。
レンさんが僕の肩を叩いた。誰も助けられなかった僕に対する、慰めという気休めの言葉なら不要だ。僕から言質を取って、助かる生命を助けようともしなかった彼らにそんな言葉を掛けられるのは、失われた命に酷く無礼な気がした。
あの時宣言した僕の言葉など、いっそ無視してくれた方がどれだけ良かったことか。二人の生命の死と一人の精神の死を、僕の教育なんざと天秤に掛けられるくらいなら、新人教育など捨ててでも命を優先すべきだったのだ。
「初めての任務、失敗ですね。僕のミスです、すみません」
とは言え、八つ当たり紛いに彼らを叱責できるほど僕は偉くも何ともない。最大限に偽った無心で端的に任務失敗を報告すれば、今の立場上上官に当たるレンさんから「まだ失敗と決まった訳じゃない」と返される。綺麗事を嫌う彼にしてはやけに理想主義な発言だと少し驚いていると、彼は更に付け加える。
「第二部隊との合同任務まであと三日の猶予がある。まだ失敗と結論付けるには早計過ぎるだろうな」
「事件発生から四~五日以内に次の事件が発生する例が多いことを踏まえれば、単純に残り三日しかないと言うのはタイムリミットでは?」
「何、三日以内に
無茶だ。事件を起こすのは
曰く、家庭内暴力が発生している一家の加害者側を焚き付けて、被害者を殺害するよう追い込むことで、
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