第33話 ハートに火をつけて


 あの後、アレックスに連れられて公爵邸を見させて貰った。


 照明や壁材、ドアの取っ手や調度品……見るべき所は沢山あって、この世界に馴染む為とはいえ……大変。


 しかしながら、先駆者……もとい広川さんのお陰か、見覚えのある物やイメージし易い欧米風の物も多くあって、凄く助かってる。


 例えば陶磁器の形や種類。

 馴染み深い平皿だし、ナイフだけじゃなくてスプーンやフォークまで揃ってる。

 手掴み文化が主流じゃなくて良かった……。


 ドアの取っ手も金属製だし、鍵穴も僕の知ってる物。


 これが、この世界の真っ当な進化なのか……それとも、広川さんが広めた物なのかはわからない。


 だけど……僕は思うんだよね、広川さんが伝えた物なのかなって。

 

 アレックス達みたいな、欧米風の人間が居る世界なら……東洋風じゃなくて西洋風の方が、イメージが崩れなくて良い。


 だから、今あるこの国みたいな、西洋風な世界になって欲しいなって……そう願って、知識をばら撒く。


 僕なら、きっとそうする。



「ふふっ……」



「あら? どうかしましたの?」



 知識を手記に残して、後世に託して死んでいった広川さんは……今のこの世界を見て、笑ってるかな。



「――――なんでもないよ、アナベル」



 僕も……生きている間に出来なかった事、やりたかった事を、手記に残して後世に託すのもありだなぁ。

 

 自分の理想を、ちょっぴり加えて……ね。



「さぁルイ。そろそろ晩餐の時間だよ!」



「はいよ、アレックス」



 あぁ……魔法っていう力を手に入れて、生きる活力がどんどん湧いてくるねぇ。




 ***************



 アレックスに連れられた食堂。


 社員食堂ですか? って聞きたくなるような大きい部屋と、中央にドンと置いてある長テーブル。

 長テーブルは大きすぎて、端がギリギリ見えるかなぁってくらいなんだけど……いるの? この大きさ。


 そのテーブルに掛かる純白のテーブルクロスと、それを優しく照らす仄明るいシャンデリア。

 

 体感、地球より明るい月に照らされた室内は……凄くゴージャスです、としか言い様が無い。

 

 いや飯食う豪華さじゃないだろ此処。落ち着かないよ僕。

 態々用意してくれたから、言わないけどね。



「随分と大きいテーブルだねぇ……アレックス、家族沢山いるの?」



「……ここは晩餐会用だよルイ」



「あの……普段使いは、別の所にありますよ~」



「へぇ……貴族って凄い……」



 因みにミシェルとも合流出来て、僕の疑問に補足してくれた。

 

 今日のミシェルは、ラフな雰囲気のドレス。

 普段の軽装や皮鎧姿とは違って、貴族らしい厳かな……高貴な雰囲気が醸し出されていて、少し緊張してしまう。



「ルイの為に用意したのさっ! さぁ、座って座って!」



「どうも有難うねアレックス」



 座っても何も……作法がわからないから、上座下座がわかんないんだよなぁ。


 タスケテ……と願いを込めてクロエさんに目配せしたら……軽く会釈をされた。


 え、なんで……? 案内して……?



「本日の会は、アレックス様のご意向に合わせ、無礼講とさせて頂いております。どうぞ、御自由にお座り下さいませ」



 まさか無礼講なんて文化まで……いや、止めとこう。キリがないや。



「そういう事だよルイッ!! さぁ何処でも座ってくれ!!」



「それじゃ、遠慮なく……」



 無礼講なんて言われてるのに、上座下座を気にしても失礼だろうし……適当に真ん中に座ろ。



「さっ、運んできてくれっ!!」



 僕が座るや否や、目の前の席にサッと座り、ニコニコしながら使用人さんに指示を出すアレックス。

 

 もう、楽しそうなアレックスを見てるだけで心が痛い。

 勇者の彼は、一体どんな思春期を過ごしたんだろ……う……ん……?


 思えば、僕だってお菓子の勉強ばかりの学生時代だったし……数少ない友人も、就職してから生活リズム合わなくて、どんどん疎遠になったなぁ……。


 あ、あれ? 僕ってひょっとしてアレックスの事、笑えないんじゃ……?

 何という……切ない親近感。



「お隣、良いですか~?」



「う、うん……どうぞ」



 隣に座ろうとしたミシェルの為に立ち上がって椅子を引き、エスコート。

 

 そ、そうだ……もう僕は、ぼっちじゃないんだ……!!



「ふふっ……見てくれよルイ。兄を差し置いて旦那様のお隣が良いみたいだよっ!!」



 もしかして、周りの人から見たら……僕もこんな風に、はしゃいでるように見えてるのかな。


 ――――ふと、視界の端で銀ナイフが動くのが映った。



「ちょ……や、止めなさいミシェル! ナイフを持つのはまだ早い!!」



「……そうですねぇ~。メインディッシュにはまだ早いですかねぇ~」



 やだよ……勇者肉なんて食べたく無いよ……。



「いや、メインディッシュを決めるの僕達じゃないからっ!!」



 まぁ……皆楽しそうだし、良いか。



 ***************


 次々運ばれてくる料理の数々と、料理に合わせたワイン。


 前菜に始まり、スープや魚料理や肉料理……どれも素晴らしかった。


 香辛料で香りや味付けをされていて、和食メインだった僕にはちょっと新鮮な風味だったけど……それもまた良し。


 スープは恐らく……コンソメ。澄んだ琥珀色のサラサラのスープ。

 出汁のコク深い味わいと旨味が……大変素晴らしかった。


 綺麗なコンソメスープ作るのって、凄く面倒臭いんだよね。

 アクをこまめに取ったり、卵の殻でアクを吸わせたり……そしてそれを裏漉したり。

 更に色味を出す為にカラメルとかで着色したり……とにかく面倒。

 何処までやってるか、素人の僕にはわからないけど……素晴らしく美味しかった。


 それを友人の食事に出す公爵家の財力と熱意……やっぱり、地位のある家はレベルが違うね。

 まぁ僕が稀人という立場だから、っていう可能性もあるけども。


 そんなこんなで、流れるように食事は進み……今は食後。

 


「ルイ、公爵家の晩餐はどうだったかい?」



「とても素晴らしかったし、勉強になったよ。ありがとうねアレックス」



「なら良かったよルイ」



 食後のお供は紅茶と……素朴なクッキー。


 紅茶は、少しミントみたいな清涼感のあるフレーバーティーで、初めての味だけど……食後に丁度良くて、口の中をスッキリさせてくれる。


クッキーは……ホロホロと崩れる、ほんのり甘い……麦の味。

 特別な風味は何も無い、平凡な……お菓子。



「お茶も……お茶菓子も、美味しいね」



「ふふふ……それは何より」



 恐らく、バターじゃなくて、植物性の油脂を使っているんだろう。じゃなければ……このモロモロの食感と、ダイレクトに麦の風味を出すのは難しいからね。


 発展の停滞したこの世界。


 その中で生きる人達。


 そんな彼らが作った、素朴なこのクッキー。


 僕の知ってるお菓子と違って……洗練されていない、味と見た目。


 それなのに……何故かもう一枚食べたくなるような、不思議な……優しい味。

 侮る事も、見下す事もさせない……見事なお菓子。


 僕もこういうお菓子、作りたいなぁ。



「んんっ! 旦那様っ! そろそろ、件の物を出してもいい頃だと思いますよ~」

 


「え? あぁ……そうだね」



 焦ったようなミシェルの声で、プリンの存在を思い出した。

 危ない……ボーッとしてて、このままお開きになる所だった。



「アレックス、君に食べて欲しい物があるんだ」



 そう言って、インベントリからミシェルお手製のプリンを取り出して、ティースプーンと共に差し出す。



「む……? これは……?」



 渡されたプリンを手に取り、興味深そうに見るアレックス。



「それはね――――」



「わ、私が……作りました、お兄様」



 ミシェルからは切り出し辛いと思って、口を開いたけど……どうやら心配要らなかったみたい。


 だから僕は……僕がやれる事は、テーブルクロスを巻き込んで、ギュッとドレスを掴むミシェルの手に、自分の手を重ねる事だけ。



「こ、これを……ミ、ミシェルが作ったのかい!?」



 冷えきった彼女の手。


 兄の言葉に、更にギュッと強ばる……気丈な手。



「うん、そうだよアレックス」



 僕に出来るのは……その手を暖めて、解してあげるだけ。



「はは……はははっ!! やっぱりルイに紹介して良かったよ!! ミシェルはね、昔からそうなんだ!! 何をやっても上手くいくまで頑張れる子なんだよ!!」



「――――――!!」



 疑う事無く、躊躇う事も無く……アレックスはプリンを口に運んでいく。




「あぁ……美味い!! こんな美味しい物、初めてだよルイ!! ミシェルッ!! 凄い、凄いや!! 私には作れないよこんな物っ!!」



「お、お兄様……」



「あぁ……素晴らしいよミシェル!! 君に、まだこんな才能があったなんてっ!! ずっと私の後を付いてきたミシェルが……私の、先に行くなんてなぁ……私は感慨深いよ、ルイ!!」



 目の前にあるのは……妹をそしる兄じゃなくて……純粋に妹を想う兄の顔。



「他人の才は、他人が測れるものじゃないよ。自分だって……わかんないんだから」



 その、アレックスの気持ちが届いたかは……わからない。

 

 彼女の手は――――未だに、緊張して冷たいままだから。



「それはそうだね!! あぁ、ルイ……私も負けてられないよっ!! 興奮が、抑えられないやっ!!」



 これからの僕に出来るのは……ミシェルが、兄の気持ちを咀嚼出来るように、心にゆとりが出来る生活を……共に過ごすだけ。


 いつかきっと、歳を重ねれば……兄の言葉が、想いが……届くはず。


 さぁ、明日から頑張ろう。


 再び――――パティシエになろう。


 この世界でも、パティシエと名乗れるように……頑張ろう。

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異世界パティスリー~剣と魔法と甘いモノ~【新装開店】 素朴なお菓子屋さん @217rui

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