第32話 脈動


「――――この場所はね、大通り沿いで人流も多いし繁盛すると思うんだ」



「ふむふむ」



「それとね、ここはね……何と貴族街の中心部に近い、オススメの土地さ。偶々……ちょっとした不祥事で土地が空いてね……抑えておいたんだ」



 アレックスが並べる書類を見ながら、土地選び。

 立地などが事細かく書かれているけど……生憎、写真が無いからわかり辛い。だからアレックスが口頭で補足してくれている。



「貴族街、ねぇ……やっぱり貧富の差で住み分けられているんだねぇ」



「ま……それは致し方ない事なんだよ。わかってくれ、ルイ」



 まぁ日本だってそうだったし、仕方ないよね。

 

 僕は貧困側だったから、金持った奴らが近くに居たって悲しくなるだけなのはわかって――――うっ、この話は……止めよう。



「その辺は……理解出来るよ大丈夫」



 理解はするけど、肯定はしないけどね。



「そうか、良かった……。それでね、この土地の一番のオススメポイントは――――何と我が家の近くなんだよルイ!!」



「いやポイントじゃないだろそれ」



「な、なんでだい!? 友達である私が!! 近くに住んでるんだよ!?」



「え、アレックスは毎日来るつもりなの……?」



「あ、いや……その……時間があれば……」



「ほらね。少しくらい離れている方が、お互い丁度良いでしょ?」



「む、むぅ……」



 毎日会わないなら、会えない理由があった方が付き合い易いと思うよ僕。



「……それじゃあ、残りの場所は……後は此処だけだね。あまり、オススメ出来ない場所だけど」



「オススメ……できない?」



「うん……。貴族街から離れていて、顧客単価は望めない場所だよ。それに……その、貧困街に凄く近い」



「商売には……向かないのかぁ」



「此処を候補に上げた理由はね、敷地がかなり広いのと――――隣に、孤児院を兼ねた教会があるんだ……セレーネ様のね」



「女神様の教会……」



 教会――――それよりも、僕は……孤児院の方が気になってしまった。



「……そこにしようかな」



 日本にだって孤児院はあった。


 けれど……気にした事も無かったのに。



「……商売には、向かない土地だよ?」



 けど、どうしてなのか、助けたい……守りたい。そんな風に思ってしまう。


 余計なお世話かも知れない。


 だけど……だけど、何か力になりたいんだ。

 

 ……貧しい暮らしをしていると、心まで貧しくなるのは……身をもって知ってるから。


 明確に、住み分ける事で貧富の差を出してる世界じゃ……きっと、辛い思いをしていると思う。


 何より――――広川さんが、そんな事を望んでいたなんて……思えない、から。



「なら……向くようにすればいい。それだけの商品を作れば良い。それくらいの、気合と熱意はあるよ」



 ――――あれ?

 

 僕はいつの間に、こんなに熱意を取り戻したんだ……?



 ――――何でも出来る僕の魔法が、やる気を出させたのか?

 

 稀人……そんな風に持て囃されて、その気になったのか?


 ――――異世界に来て、自分が何も出来ない貧困の世界から抜け出したから……なんだろうか。


 驕り?


 義勇?


 同情?


 ……わからない。

 けど……何もしないで考えてたって、わからないまま……か。



「ルイが、そこまで言うのなら……私は何も、言えないじゃないか」



 新しい環境や、友人、恋人達。


 不自由の無い生活と……魔法。



「ワガママ言ってごめんよアレックス」



 ――――いや、良い。理由なんて付けなくて良い。


 やりたい、やれる、やろう……その、気持ちだけで良いんだよ、僕。



「……ふふっ。それくらい、構わないよルイ。暇が出来たら遊びに行くからね?」



 それに廃棄品とかが出たら、孤児院や貧困層にあげちゃえば良いんだ。

 形が悪いだけ、そんな理由で捨てるなら、誰かに食べて貰った方が良い。


 例え、魔法で創ったとしても。


 例え……お菓子でも。


 食うに困るより……ずっと良い。



「わかった。特等席、用意しておくよ」



 ん……? あれ?

 そうすると……喫茶的な事もしないとダメか……?

 勢いで話すんじゃなかった……!!



「それは楽しみだよルイ。それじゃ……この書類へサインを頼むね」



 言っちゃったもんは仕方ない、余力が出来たらやろう。



「は、はいよ」



 アレックスに渡されたのは、書類と……万年筆みたいなペン。



「へぇ……文明的だねぇ」



 たぶん……藁半紙だこれ。

 ペンもちゃんと金属製のペン先だし……広川さんのガンガン異世界知識チートが凄い。



「ふふふっ。歴史ある筆記具だよルイ」



「そう……なんだ」



 ペン先にインクを付けるタイプのペン。恐らく手製の藁半紙。


 何気なく、アレックスが当たり前に使っている物が……広川さんの努力の結晶だと思うと、目頭が熱くなる。


 ソファも机も……何もかも、発明した人が居て……歴史を紡いだり、進化させた人がいる。


 物作りを生業としてる僕でも、意識しないと気付けない事。


 凄く……良い。



「早く……店、開きたいなぁ……」



「やる気満々だね、ルイ」



「そうだね」



 十年以上前の古い話だけど……某大手料理レシピサイトの話があるんだ。

 クック……の話ね。


 そのサイトにレシピを投稿しても、投稿者に利益は一円も無い。それでも大人気サイトで……投稿は止まなかったんだ。


 そして二年後にそれを真似て、某大手企業が似たようなレシピサイトを作ったんだよ。

 投稿するとポイントが貰えて、換金出来ますよってシステムを添えてね。


 でも……投稿したらお金が貰えるのに、そのサイトは無料のサイトに勝てなかったんだよ。

 利益をぶら下げても……勝てなかった。


 僕は思うんだ、お金を貰う為にレシピを投稿する【作業】になって……楽しみが無くなったんだなって。


 例えメリットが無くても、レシピを投稿して、見て貰いたい……そう思う人が沢山いるんだって。


 少ないポイントで、いっぱい利益を出そうと躍起になって……作業に思えて、モチベーションが下がって。

 これが、いけないんだと思う。


 他にも色々な要因が絡んでの結果だと思うけど……僕はそう思う。だって、作り手だから。


 目先の金銭にすら勝ちうる……それが、やる気。それと自己顕示欲。


 僕の根底にも……それはある。お金よりも、僕のお菓子を見て欲しい、食べて欲しいって気持ちが。



「アレックス……僕、ワクワクしてきた。今からその土地見に行くのって、ダメかな?」



 だから……もし僕が店を持って、従業員を雇う時は、絶対に待遇を良くしよう。

 お金の為の労働……そう、思って欲しくない。僕みたいに。


 それで、仕事が嫌いにならなければ……きっと、仕事を……製菓を。好きになって貰えるかも知れないから。



「う、うーん……ちょっと厳しい、かな?」



 その為には良い店を創らないと。

 そして良い商品を……作らないと、ね。



「そ、そうだよねぇ……」



 あぁ……やる事がいっぱいなのに、ワクワクで胸がはち切れそう。


 先ずはクッキーとかマドレーヌとか、この世界の材料で作れそうなお菓子を作って売ろう。

 そして売れなくなったり、世界に馴染んできたらルセットを公開――――いや、レシピ本として売っていけば良い。


 そうすれば、お菓子の普及も出来るし……小麦とかの一次産業の需要も上がるかも知れない。


 一次産業が盛り上がれば……貧困層だって、減るかも知れない。


 経済には強くないから、可能性の話しか出来ないけどね。



「そ、それじゃあ我が家を案内しよう! 特別に何処でも良いよルイ!!」



 少ない経済知識で理想を語るなら、沢山作って沢山売って……経済を回せば、僕の利益も上がる……はず!


 それで、軌道に乗ったら委託するのも良い。工業地帯みたいに生産場所を作るのも良いかも知れない。

 

 そして時間が出来たら世界中を見て回りたい。製菓器具を作ったり、チョコとかの特殊な原材料を作れる場所を探したい。


 世界中にお菓子を広めつつ、一次産業や二次産業を盛り上げて……貧困層を押し上げる。

 

 死ぬまでの大きな目標に……丁度良い。



「……キッチン見てみたい」



 全部、絵空事。


 僕の……妄想。



「え、キッチン? ちょ、ちょっと確認するね。クロエ行ってきてくれ」



「畏まりました」



 でも、僕が一歩踏み出せば……道は生まれるんだ。


 妄想を、空想を……現実に変えられるのは――――僕だけ。僕の努力だけ。



「あぁ……楽しみだなぁ……」



 僕の道……始まりは、お菓子作り。


 菓子に始まり……菓子で終わる人生。



「キッチンなんて見ても、楽しくないと思うんだけど……」



 お菓子は……僕に夢を見させてくれる。



「そう? 異文化の食生活って大事だと思うよ。好みの味の濃さとか舌触りとか、調味料とかさ――――」



 だから……お菓子を使って、皆に夢を見させてあげるのが――――僕の、役目だよね。



「えっ、ルイは……そんな事気にしながら食事をするのかい……?」



 あぁ、凄いやる気に満ち溢れてるよ僕。



「当たり前じゃないかっ!! 火の入れ方とか風味とか温度とか、そういう細かい所に美味しいは隠れてるんだよアレックスッ!!」



 早く働きたい。


 自分を……世界を、動かしたい。


 ――――いつ以来だろう、こんな気持ち。

 

 

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