第31話 モラル


 

「此方でアレックス様がお待ちしております」

 


 そんなこんなで、やっと辿り着きましたアレックスの待つ部屋。


 廊下長すぎるし、貴族ってのは友達と会うだけでもこんなに苦労するものなのね……。



「はい、お願いします」



 良し……身嗜みは、たぶん大丈夫。

 手土産も……インベントリにちゃんとある。


 僕の返事に軽く頷き、ドアをノックするクロエさん。



「クロエで御座います。お客様をお連れ致しました」



 少し大きめの声を出し、ドアの向こう側へ声を届ける姿。なんか、日本じゃあまり見ないから……こんな事でもワクワクしてしまうなぁ。



「……入れ」



 ドアが少し開き、野太い声が一つ。

 あれ、アレックス……の声じゃ無かったような……?



「失礼致します」



「お邪魔します」



 一礼してから部屋に入るクロエさんに倣って、僕も頭を下げてから部屋に入る。


 部屋に入ってすぐ、巌のように大きな兵士さんが一人、ドアの横にいるのが目に入って……思わず体がビクッてなった。

 さ、さっきの野太い声の持ち主かな……?


 こんな人が近くにずっと居たら休めないだろうに……可哀想だなぁ立場がある人って。


 そんな彼は、アナベルに一言何かを伝えると部屋から出て行った。

 廊下で……護衛するのかな? わかんないや。


 そんな彼は置いといて、部屋の中は……まるで応接間みたいな感じの内装。

 

 テーブルを挟んでソファが二つと、その奥に両袖机が一つ。


 そして、入口を見るようにソファに座っている……アレックス。



「やぁルイッ!! 遠路遥々良く来てくれたねっ!!」



 アレックスは僕らが部屋に入ってすぐ、声を出しながら嬉しそうに立ち上がる。



「やぁアレックス。久し振り」



 以前会った時よりも、溌剌とした笑顔で……僕は安心したよ。

 胸のつっかえが取れた……かな? そんな雰囲気。


 

 そして――――凄く変なタイミングだし、関係無いけど……アレックスの笑顔を見て、大切な事に気付いた。


 

 僕は……この街の何処で寝泊まりすれば良いんだ?

 と、泊まって良いのかな……? でも、僕からって言い辛くない??

 

 どうしよう……何も考えて無かった。


 というか、アナベル達も何か言って欲しかったなぁ!!



「積もる話も沢山あるけど……必要な話を先に終わらせたい。とりあえず座ってくれっ!」



 しかしニコニコのアレックスの言葉を遮る事も出来ず。



「あ……うん」



 とりあえず手で示されたソファに腰掛けるけど……僕の心は穏やかじゃない。


 今日だけじゃなくて、今後住む場所……どうしよ――――あ、あれ? 住民票とかあるのかな?

 

 そもそも……パスポートとかは!? や、やばい……日本との違いが全くわからない……!!


 どうしよう何も気にして無かった……焦ってきた。


 でもあれだ、良いタイミングだし……ひとまず手土産を渡さないと。

 

 ――――べ、別に、賄賂的な思惑はないけど……ね?

 物品渡しておけば、多少の図々しさも許容されるかな……なんて期待もしてないけどね!!


 

「そうだ、必要と言えば……アレックス。今日は御招き頂きまして……つまらない物ですが、これ宜しかったらどうぞ」



 インベントリから、ブリキ缶に入ったお菓子の詰め合わせを取り出して渡す。

 ちゃんと持ち易く、そして中身が分からないように、紙袋に入れてある。



「んんっ!? そんな事気にしなくて良かったのに……私たち友達じゃないか、ルイ」



「友達だからこそ、だよアレックス。君とはしっかりとした関係を結びたいからね」



 親しき仲にも礼儀あり、だね。

 そして裏を返せば……親しくしたいならば、礼節を重んじるべきだよね。



「ふふっ……そうか。ならば有難く受け取るよルイ」



 ……今更なんだけど、こういうのってアレックスに直接渡す物じゃ無かったかも知れない。


 けどなぁ……使用人さん多すぎて、誰に渡せば良いかわからなかったしなぁ。


 案の定、僕から受け取った紙袋をクロエさんに渡すアレックス。



「……ご、ごめんね? アレックスじゃなくて誰かに渡すべきだったね」



「はははっ! 稀人様なのだから気にしなくて良いんだよ。むしろこの世界の作法を知っていたら驚きさっ!」



 そう言って快活に笑ってくれた。

 有難い……助かる……。


 けど、甘えてばかりじゃいられないし、勉強しないとなぁ。

 



「ま、変な所があったら教えておくれアレックス」



「うん、勿論さ。それに……君の側にはミシェルもいるしアナベルも居る。きっと助けになるよ」



 快活な笑顔から……小学生男子みたいな、ニヤニヤ顔に変わるアレックス。


 ミシェルの事、いつ話題に出そうか悩んでたから助かったけど……なんか、上手く誘導されていて腹が立つ。



「そう……だね。色々と有難うねアレックス義兄ちゃん」



「こちらこそだ義弟よっ! ミシェルの事、頼んだよ……ルイ」



 ……義兄呼びしてもダメージ無いし、それに加えて優しい顔でミシェルの事を頼まれてしまった。

 手強い……流石勇者。



「うん。大切にするよ」



「はははっ。任せた」



 それにしても……件のミシェルは何処に居るんだろう?



「時にアレックス。ミシェルは一体何処に居るんだい?」



「うん? あぁ……ミシェルなら、念の為に荷造りしているよ」



 荷造り……そうか、僕と違って色々準備が必要だもんねぇ。

 というより魔法で創って解決、の僕が異常だよね。

 

 ――――ん?



「念の為……?」



「うん。それじゃあ……その疑問を解消する為に必要な話をしようか、ルイ」



「あいよ」



 必要な話……どうしてアレックスは濁すんだろうか。



「ミシェルから話は聞いたよルイ。何でも……店を構えたいのだとか」



「うん、そうだね」



 ……ミシェルは、プリンを渡す云々があるから、店っていう伝え方をしたのかな?

 



「その為に……土地が欲しい、と」



「うん」



 凄く重々しいアレックスの言い方。そんな重い話なのかな……?

 

 や、やっぱ土地代とか高いのかな? もっと対価払わないとダメかな?


 あ――――そもそも物価とか通貨とか何も知らないじゃん、僕。

 

 やべぇ……色々と知識が足りな過ぎる。



「私が、この街に土地を用意する事は簡単なんだ。既に候補地は幾らか用意してあるしね」



「う、うん……? あ、ありがとうねアレックス」



 え、じゃあ良いんじゃないの……?

 

 この言い方だと、女神様の装飾品と土地は、等価交換扱いでいいんだよね?



「いや、お互い様だよルイ。それでね、この街で……この王都で店を持つ事。それは、この国に属する……そう捉えられるんだ」



「う、うん……?」



「それでも、構わないんだね?」



「初めからそのつもりだけど……?」



 なんでそんな事……聞くんだろう?


 端から分かりきった事じゃないかな?



「ふふふっすまないねルイ。一応言質を取らないといけないんだ……わかってくれ。それと、それを示す書類にもサインしてくれると助かる」



 あぁー……そっかぁ。


 僕――――いや、稀人の存在をどうにかしたい国に報告する為かぁ。

 どうにかして、この国に……稀人が興した国に、稀人を留めておきたいんだろうなぁ。



「アレックスも大変だねぇ……」



 人の下につく事の面倒さと大変さ……それと――――楽さ。

 

 その事は、社会人経験があるし、ある程度理解しているつもり。

 

 ――――でも……稀人だからと、僕を手中に収めたい気持ちは、ちょっと理解出来ないかなぁ。



「僕は……この国を、広川さんが造り上げたこの国の存在を知った時から……ここに住もうって決めてたのにね」



 彼が造った国という土台の上に、僕がお菓子という装飾を飾る……それが出来たら、良いな。


 


「……ヒロカワ、さん……?」



「え? あぁ……すぐるさん、かな? 建国王の名前だよ」



「……い、いや、彼は……我らが父王の名は、ヤマトだよ……ルイ」



「え? あぁー……そうなんだ。偽名……じゃないか、改名したんだと思うよきっと」



 ヤマト……漢字なら、たぶん大和。


 それは日本の古称から取ったのか、それとも宇宙の戦艦から取ったのかわからないけど……日本のオジサンが考え付きそうな名前で……ちょっと笑ってしまった。



「えぇっ!?!? まさか……そんな衝撃の事実があったなんて……!!」



 オーバーに驚くアレックス。

 日本人の慎ましさは……何処に……。

 いや、日本人の血はもう薄まってしまったか。



「僕も改名すれば良かったなぁ。さ……話が逸れたし……土地の話に戻そうよアレックス」



「あ、あぁ……そうだね、すまないルイ。何せ友人なんて久しぶりでね」



 そんな切ない話をしながら、アレックスは背後にある棚を漁り始めた。




 

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