第9話 睡眠鱗粉

「セル君……口開けて……」

「あ、どうも」

「美味しい……?」

「おいひいです」

「……」


 僕は世界一、気まずい食事をしていた。

 フェニキアさんが作ってくれた料理はどれも美味しい。しかし、両手が拘束されている現状では上手く食器が扱えない為、彼女が口に運んでくれるのだ。

 そこまでは悪くないんだけど……メイドさんの視線が滅茶苦茶痛い。


「……」

「リトゥちゃん……食べないの?」

「……お嬢様。私が食べさせるのを変わりましょうか?」


 少し考えたメイドさんは、きゃぴっと笑ってフェニキアさんの役割を交代する事を提案してくる。僕は命を狙われる悪寒に背筋がゾワ……


「リトゥちゃん……」

「はい」

「セル君は……お客だから……」

「だから私がヤりますよ♪ きちんとこなして見せます♪」


 メイドさんの目が、殺りますって言ってるなぁ。


「駄目……」

「お嬢様のお手を汚す程の事ではありません。何のためのメイドだと思っているのですか?」


 フェニキアさん頑張って! 交代したら多分、熱いスープを直接胃に流し込まれる!


「リトゥちゃんも……お客だから……今日はご苦労様。ゆっくりご飯食べて……」

「……もー、そんな事を言うなんて卑怯ですよ」


 メイドさんはそう言いつつ不貞腐れるが、内心は嬉しそうだ。自分に割り当てられた料理を食べる様は二人の信頼関係が垣間見えて、なんだか微笑ましい。


「何を笑ってこっちを見てやがるんですか、ご主人様。その目玉、目障りなので抉ってもいいですか?」

「ごめんなさい……勘弁してください……」


 二つしか無いんです……






 食事を終え、月も程よく見える時間帯。

 メイドさんは、洗い物をやります、と頑として譲らなかったので食器を台所で洗っている。

 フェニキアさんはリビングに戻ると適当に本を取ってソファーに座り、読み始めた。


「……」


 僕はやることが無い。と言うよりは、下手に動くとメイドさんから色々と毒を貰いそうなので手枷をジャラつかせて大人しく隅に座る。


「……セル君」


 すると、フェニキアさんが本を閉じて膝に置くとそのまま半眼の瞳を向けてくる。


「何でしょう?」

「……護ってね」

「え?」


 フェニキアさんは眼を閉じると、ぽふっ、とそのままソファーに横になる。


「え? あれ? フェニキアさん?」


 近寄って様子を確認すると彼女は眠っていた。フェニキアさんは唐突に眠るのか? 不思議で先の読めない行動ばかりの彼女だが、これは少し不自然を疑っても良いだろう。


「メイドさーん」


 僕は先ほどの下着事件を教訓に、フェニキアさんに触れる前にメイドさんに声をかける。すると、メイドさんも台所で力尽きたように眠っていた。

 まるで、強制的に眠らされた様な――


 次に『光の魔法石』が消える。室内は一気に真っ暗になった。


「うわ!?」


 僕は素直に驚く。しかし、室内に差し込む月の光で、彼女達が眠った理由が解った。


「――『睡眠鱗粉』」


 キラキラと空間に反射する光を見て僕は確信する。






 【モルフォス】は飛行蟲に区分される魔物である。大きさは手の平ほど。大きくても肩に止まる程度。攻撃性は持たず、単体の危険度はそれほど高くないものの、特徴なのはその“鱗粉”だった。

 『睡眠鱗粉』。

 【モルフォス】は外敵から身を護る為に撒き散らす鱗粉はそう呼ばれている。これを生物が呼吸器官に取り込むと睡眠効果を促し、数秒で眠りにつくのである。

 疲労感があれば効果は倍増。しかし、これはあくまで、睡眠を促すモノである為、眠らされたら起きないワケではない。

 故に単体の危険度は高くないが、問題はソレを利用した別個体による被害だ。

 『睡眠鱗粉』が散布された後、必ずと言って良い程に襲撃が行われる。


「散布完了」

「ターゲットをリビングで確認」

「魔力反応からメイドと男も沈黙したと思われます」


 フェニキアが眠った様子を小型の望遠鏡で確認した一人が告げる。


「総員『音の魔法石』を発動。建物の音を消せ。フェニキア・シャムールを含む、建物内部の存在は全て始末する」


 六人の男は全身鎧姿。頭部は『睡眠鱗粉』を通さない特別仕様になっている。

 各々がナイフを持つアサシン装備でフェニキアの邸宅へ向かった。

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蒼い旅人と碧色の風 古朗伍 @furukawa

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