第8話 ステファニー・V・クルーガー
人が集まれば騒がしくなり、騒がしさの中に交流が生まれ、交流の中に商売が始まり、商売の果てに利益が算出される。
港町フェイタスは、ウィンドの商業海路によって発展した港町であり、今も尚その恩恵を受け続けている。
「でよ、これが意外と捌けるんだわ」
「東は戦争中だしな。ボロ儲けだぜ」
「その話、俺にも一枚噛ませろよ」
船乗り達が情報交換する酒場では、『ウィンド』から持ち帰った、情報、資材、資産を元手に新たな利益を望む者達も多かった。
そして、信憑性を持たせる為のルールも決められていた。
「そう言えば、前にガレオン船を見たか? ほら、港の端に停船してたヤツ」
「なんか盗まれたとか事件になってたな。乗組員を置き去りにして勝手に出港したって」
「アレ、かなりの高級品だったらしいぜ。何でも『ウィンド』で作ってる新型とか」
「普通の船よりも倍は速く走るのか?」
「自分で風を起こすらしい。なんでも『風の魔法石』を粉末にして材木に塗りたくっているらしくてよ」
「おいおい、マジかよ。どこの金持ちの遊びだ?」
『風の魔法石』は『ウィンド』のみで精製され、年間で作られる量はそれほど多くない。それでも、様々な場所で活用される事から、『風の魔法石』を売り捌くだけで商売が成り立つ程に世界各地で需要がある。
「『ウィンド』に住めてるヤツは人生の勝ち組だよ」
「それより、新型の船の話をしてくれよ。どこの誰が造ったんだ?」
「噂じゃ“シャムール”って話だ」
「『風の魔法石』の利権を一挙に担ってる一族か」
「数年前に代替わりして、孫が跡目を継いだんだと。前までは、堅実に『風の魔法石』を作って売るだけだったらしいが、跡目が孫に変わってから色んな事業に積極的に手を出してるらしい」
「その一つが船か?」
「ああ。まぁ、今回の件で頓挫だろうな。こっちとしては売り捌く『風の魔法石』の仕入れが値上がりしなきゃなんでも良い」
その時、男二人の席に一人の女が座る。
ウェーブのかかった赤髪を後ろで一つに結んだ女だ。座り方から気品を感じるものの、瞳は強い意思を感じさせる様に険しい。
「今の話、ちょっと聞かせてくれない?」
「なんだ? 悪いが初めて話すヤツには対価を求めてる。この酒場のルールだ」
「入場料は払ったわよ?」
「話しに加わるなら別のネタがいるんだよ。例えば、俺らにも利のある情報とかな」
この場で金銭のやり取りは最低限の誠意であり、本来取引されるのは情報だった。
自分には利の無い情報でも、人によっては喉から手が出る程に欲しかったりもする。その駆け引きで己の利になる情報と交換するのだ。
「明日【剣王竜】の素材が市場に流れるわ。それを優先的に買える情報をあげる」
「ぷっ」
「おいおい、笑える冗談だぜ、お嬢様。【剣王竜】を一体殺るのに砦が必要になるんだぞ」
「近隣にそんな大規模な戦争があったなんて聞いてねぇな?」
戦争。ドラゴンとの戦いはそう比喩される事が多い。それ程に入念な準備をしても五分の相手なのだ。
「はい」
ははは、と笑う男二人の前に彼女は一つの刃をテーブルに置く。それは、綺麗な刀身を持つ刃渡り60センチのナイフだった。しかし、特別値打ちのあるモノには見えない。
「おいおい、一体なんだって――」
「……冗談だろ?」
二人の男の内、一人が置かれたナイフに反応する。
「コイツは……【剣王竜】の刃尾の一部だ」
「刃に触らない方が良いわ。指が落ちるわよ」
「あんた……」
「ステファニー・V・クルーガーよ。“あんた”じゃない」
目の前に置かれた【剣王竜】の一部に、それを武器として加工し平然と持ち歩く女。
男は風の噂で聞いたことがあった。
世界のどこかで、ドラゴンを殺す事を生業にしているイカれた戦闘集団が居ると。そいつらを率いる者は――
「ステファニーさんよ、あんた……【凶王】の――」
「情報には対価が居るんでしょ? 私が求めるのはあんた達がしていたガレオン船の話。かわりに私は明日に市場に出回る【剣王竜】の事を話す。それ以上は無いわ」
「死ぬほど面倒な状況よ」
『ははは』
「笑い事じゃ無いわ」
酒場で一通りの話を聞いたステファニーは、ベリウスと連絡を取っていた。
とは言っても、ベリウスの能力であちらから一方的に受信と送信を行っているだけなのだが。
『ファルもカイラムもそう言うのには向かないからな』
「あんたの方はどうなのよ? 一番コネ広い癖に」
『ジィさんとはこの件で協力してるだけだ。事が終わればまた、敵同士さ』
「今は味方なら、事態の解決に協力して欲しいわ」
『ソイツは最後の手段だ。とにかく今は『ウィンド』だな』
「私が行くわ。あんたらじゃ門前でお払い箱よ」
『家名を使うのか?』
「
『ははは。だが、お前はファルと合流してオレの元に帰還しろ。近い内に“七席会議”がある』
「ちょっとちょっと、まさか殴り込みに行く気?」
『会場の警備を頼まれたんだ。オレの人徳が成せる技だな』
「自分の立場を理解してる?」
『王様』
「……はぁ、まぁ良いわ。それで、『ウィンド』の調査は後回し?」
『いんや。前に【太陽竜】をアイツが殺しただろ? その後に次の行き先に関して連絡をもらってな。今頃は『ウィンド』に居る』
「はぁ? 絶対に入れないでしょ。そもそも、文明社会に溶け込めるのかも怪しいってのに」
『心配か?』
「連絡は取ってるんでしょうね?」
『あの街は駄目だ。魔力の濃度が高過ぎて通信が出来ねぇ。多分『七界』一匹以上は居る』
「もし、そうだとすれば……全隊招集しないといけないんじゃないの?」
『問題は『七界』が『ウィンド』を支配しているかどうかだ。一般人に扮してるなら色々と面倒だからな』
「それでも、増援は必要でしょ? もし、居るのが【音界竜】なら『ウィンド』は戦場になるわよ」
『そん時はアイツが招集するだろ。とにかく、お前は戻れ』
「あ、ちょっと!」
通信が切れてステファニーは、まったく……と相変わらず行動原理が不可解なリーダーに悪態を吐く。
「権限を持たせる相手を間違えてるでしょ」
全隊召集権利。
ソレは【凶王】と、彼が次席と認めた存在だけが発令出きる権限である。『業魔』を与えられた者は従わなくてはならないモノだった。
「のたれ死んでなければ良いけど」
一応、あちらに拠点を持つ“V”に連絡しておくか……
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