第7話 手こずらせやがって……

 僕は足の踏み場も無い程に散らかっている居間の掃除を開始。

 根なし草な渡り鳥としては、ここまで文明的な散らかり方は逆に新鮮味を感じた。


「安全な環境だから“散らかる”んだよね」


 周囲の自然環境に負けずと発展した港街『ウィンド』は奇跡と言っても良いだろう。


 世界には『ドラゴン』『魔物』『環境』と言う三つの要素から文化の規模を広げる事は困難を極める。

 もし、その三つから避けて文化を維持しようとするのなら、それらの影響が少ない土地を見つけるか、『天空帝都』の様に空に街を創るか、“自我を持つドラゴン”の庇護下に治まるかの三択である。


「それにしても本が多いなぁ」


 何かと本を手離さないフェニキアさんが本の虫である事はすぐにわかったが、これ程の本を調達出来る街の発展力の高さも驚きのポイントだ。

 多くの街を旅してきたが、本と言うモノは特に余裕がなければ生まれないし保持も出来ない。個人が乱雑にここまで所持しているのは初めて見た。


「……これも違う文字」


 興味本位で何冊かとったが、表紙の文字に一貫性がない。おそらく世界各地から集められたのだろう。公益が盛んな港街である事で需要があり自然と集まるのかも知れない。


「……まさか、フェニキアさんの為に本が運ばれてくるとか?」


 パタン、と適度に開いた一冊を閉じ、いやいや、他にも読む人は居るんだと、突拍子もない考えは頭の隅に追いやった。

 本は同じサイズの物を合わせて部屋の端へ寄せる。結構な数で少し高さが出たが、後でフェニキアさんにどこに直せば良いか聞こう。


「服も散らかしっぱなしだ」


 次は服を手に取る。コートやマフラーと言った上着物が主に散乱している。近くに何着か引っ掛かっていたので同じ様に直した。


「……」


 上着を片付けて行くと、今度はスカートやガウンが下に見えた。どうしたものかと考えたが、ここまで片付けたのだ。やるなら徹底的、だ。

 ベリウスさんも中途半端が一番良くないと言っていたし、うん。そう言うことにしよう。


 コートと同じ所に簡単に畳んでおいて、これもフェニキアさんに定位置に直して貰おう。

 そんな彼女を包む衣服を手に取っていると、そろそろ床が見えそうだと言う所でソレが現れた。


「――――」


 思わず手が止まり、それを認識する為に凝視する。


 いや……下着って落ちてるモノなの? 幾ら片付けるのが面倒だからって……ねぇ、うん、うぅぅぅんんんん!!! どーしようかぁ……フェニキアさんを待つ? けど、勝手に片付けを始めた手前、下着見つけましたよ、なんて言える? いや……待て、冷静に考えろ。今なら誰も見ていない。他の服に挟んでおけば良い。

 こんだけ乱雑していたのだ。簡単に片付けて下着の一つや二つが服に紛れてても仕方あるまい。よーし。


 僕は落ちている下着を手に取ると抱えているスカートとガウンの間に挟んで――


「――――」


 その時、視線に気がついた。居間の入り口にはカフェに居たメイドさんが立ってこちらを見ている。

 つまり、フェニキアさんの衣服を抱えて、下着を手に取った所を見られたのだ!


「……」


 メイドさんはどこかに常備しているのか、モーニングスターを真顔で取り出すと、


「言い分けは無駄ですよ~ご主人様♪」


 僕の排除を開始する。






“ギャァァァ!!”


「……」


 料理を作っていたフェニキアは、セルの悲鳴に包丁の手を止めた。


「……リトゥちゃん?」


 来客者の気配から誰が来たのかを認識すると、リビングへ。そこには、


「まったく……手こずらせやがって……」

「……」


 血のついたモーニングスターを持つリトゥの足下に殺人現場の死体の様に俯せで倒れるセルと言う構図が出来上がっていた。


「……リトゥちゃん」

「あ、お嬢様。通報! 警備局に通報してください! 変態が家の中に侵入したって!」

「……落ち着いて」

「お嬢様は落ち着き過ぎです! たった今! コイツはお嬢様の服と下着を嗅いで、ハァ……ハァ……ってやってたんですよ!」

「僕は……そんな事して無――」

「まだ生きてるか!」


 テーブルを持ち上げてセルに止めを刺そうとするリトゥの横を抜けてフェニキアは倒れているセルに屈んで話しかける。


「……セル君。部屋……片付けてくれたの?」

「ふぁい……」

「……そう。リトゥちゃん……そう言う事……だから」

「それで丸く治まると思っているのですか! とにかく、始末してから考えましょう!」

「始末は……ダメ」


 リトゥがセルに止めを刺さない様にフェニキアは彼の側にしゃがむ。


「お嬢様どいて! そいつ殺せない!」

「皆で……ご飯食べよ? そうすれば……落ち着くから……」


 フェニキアは一度決めた事はテコでも動かない。説得でその意識が変わらないと悟ったリトゥは、渋々テーブルを下ろした。


「……わかりました。まずは食事にしましょう」

「……ん」

「……僕は助かったんですか?」


 ガチンッとリトゥはセルの両手を拘束する手錠をかける。ジャラっと鎖が音を立てた。


「え……?」

「リトゥちゃん……」

「いくらお嬢様でもこれだけは譲歩させません。最低限の処置です」

「……うん。わかった」

「……それはわからないで欲しかったなぁ」


 起き上がったセルは両手の拘束具を見る。

 破壊する事が困難な『土の魔法石』を練り込んだ金属で作られており、外すことが出来るのは着けた者だけだ。


「本当に……発展しすぎるのも考えものだよ……」


 本来ならソレは拘束具の中では一、二位を争う代物。

 それが一般的に手に入るなど、『ウィンド』は思った以上に進んでいるとセルは実感した。

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