第6話 彼女の家
「……ここ」
僕はフェニキアさんに連れられて彼女の家に向かった。
トコトコ歩いていたが途中で疲れたフェニキアさんをおんぶして、背負った彼女の誘導で、ある区画へ向かう。そこは塀に囲まれて警備の門が存在する特別な区画だった。
馬車の出入りで移動する様子からも高級区とでも言える区画だ。その場所に、フェニキアさんのエンブレムがまたもや進入のパスとなる。
「……あそこ」
数多く並ぶ住宅街を道なりにフェニキアさんを背負って進んでいると一軒の平屋を指差す。
それはレンガと木で出来た一階建ての家。一人で住むには十分な大きさ広さだが、この街でも相当な資産を持つ彼女の持ち家としては意外にも小さい印象だ。
「……入って」
フェニキアさんがドアノブに手を振れると、彼女の魔力に反応して鍵の開く音。『天空帝都』もそうだったが、ここまで都市が発展している背景には、はやりドラゴンが知恵を貸しているのかもしれない。
「フェニキアさん」
「……なに?」
靴を脱いで上がる彼女に習って僕も靴を脱いで彼女に続く。
「この街は自我を持つドラゴンが統治しているんですか?」
こことは同じ水準の生活環境を保持する『天空帝都』には【七界】の1体である【創世龍】が技術を提供し、統治していた。
街でも多くの資産を持つ彼女だ。その辺りの事情には詳しいハズ。
「……居ないよ」
フェニキアさんは短くそう断言した。
「……この街は……人が発展させたの。……知恵を絞って……苦しい時代を何度も越えて……今の『ウィンド』があるの」
「フェニキアさんは昔からここの生まれなんですか?」
「……“シャムール”は……ずっとここで『風車』を管理してきたの……ずっとずっと昔から」
と、フェニキアさんは廊下の額縁に飾られた一枚のスケッチを見る。それは鉛筆だけで描かれた『ウィンド』の風景画だが、風車は一つしかない時代のモノだった。
「でも……3機は多すぎた……」
「ははは。そうですか」
「セル君……一ついる?」
「え……?」
今、さらっととんでもない事を提案された様な……
「……忘れて。ファーガスとリトゥちゃんに……怒られる……」
「そ、そうですよ! 果物みたいに、ほいって渡せる様なモノじゃないですからね! 多分!」
「……ん」
即答すれば貰えた様な雰囲気だった。惜しいことをしたかな。だからステファニーさんに、アンタ『業魔』に能力片寄り過ぎ、って言われるんだよなぁ。
すると、燃費の悪い僕の腹が、食事を催促してぐ~と鳴る。
「料理……作るから。居間で待ってて……」
「本当にありがとうございます」
「ん……」
僕は広い生活スペースの部屋へ。
日々の寝床と食事でも苦労する旅生活だが、環境適応は得意な方なのだ。この便利な環境にもすぐに順応出来るだろう。
「……うーん。でもこの家は自然界よりも厳しいかなぁ」
居間は、フェニキアさんがやりたい放題に本や服やスケッチブックが嵐の後の様に散乱していた。
料理を置く為のテーブルもそれらで埋まっている。
「少し片付けてあげよう……」
流石に運ばれてくる料理も置き場がないのはよろしくない。
あたしはマスターからの指示をこなして、カフェに戻ると下半身だけの【剣王竜】と、飛び散った血肉によって閉店した様子にげんなりした。
「戻りましたー。グレース様、情報通りに動いてくれるそうですよ」
「ご苦労様、リトゥさん。本日はもう上がっても良いですよ」
「外の惨劇を見れば何かやろうって気にはなりませんよ……」
【剣王竜】は自分達の主を狙って来たのだ。自我を持たないドラゴンを制御する術など『音の魔法石』以外には考えられない。
恐らく……風車の利益を目論む勢力の仕業だ。
『ウィンド』では死去した者の資産に正当な継承者のいない場合は都市へ帰順すると言う盟約がある。ソレを利用して今回の一件を起こしたのだろう。
「そう言えば、お嬢様が見当たりませんね?」
護衛が必要だろうと、リトゥはフェニキアが店内に居ない事をコップを拭くマスターに尋ねる。
「お嬢様は帰られましたよ。セル様と」
「え? それ……ホントですか?」
「ええ」
本当に……あの方はどういう考えで動いているのだ? 未だに理解が出来ない……
「マスター……ソレ許容したんですか?」
「お嬢様が連れてきた方です。信用できるでしょう」
「警戒心が無さ過ぎですよ。お嬢様を甘やかし過ぎです」
「お嬢様は私たちよりも本質を捉えます。こちらが思っている以上に深く、本質を見た上で側に置いているのでしょう」
「あたしからすれば、いつお嬢様に襲いかかるのか気が気じゃ無いんですけどね」
リトゥは店の従業員用の棚に置いた自分の荷物を持つ。
「お嬢様の護衛に暫く就きます。【剣王竜】の件もありますし」
「それなら、ついでにお嬢様の家も片付けてあげてください。カフェに入り浸る時は、決まって家が、座る場所もないくらいに散らかってる証拠ですから」
「……わかりましたよ」
前にカフェに一週間来なかった時は、読書に没頭して本に埋もれていたのだ。読む本にさえあれば、お嬢様はこの世が滅ぶまで読書に没頭するであろう。
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