第5話 殺意の『蒼鎧』

「問題だ。強くなる為にはどうすれば良いと思う?」


 それが僕がベリウスさんから言われた最初の問いだった。


「オレ達の相手は人間じゃない。身体を鍛えても、頭脳を良くしても、戦の天才になっても個では奴らには敵わない。さてさて、困ったなぁ? セルヴェス。お前ならどうする?」

「捨てます」


 僕の答えにベリウスさんは、ほーう、と感心する様に言った。


「全部……全部捨てる。強さも! 賢さも! 戦いの経験も! 全部いらない! ただ――」


 アイツを殺すだけの存在になる――


「グッグッグ……グッハッハッハ!! セルヴェス、お前は最高だぜ! 確かになぁ。その通りだ!」


 最後の言葉は口には出さなかったけど、ベリウスさんは言いたいことを理解してくれた様に笑う。


「お前に『業魔』をくれてやる。だが、お前の身体はまだまだ未成熟だ。死ぬ可能性の方が高いが、欲しいか?」

「僕は……ソニアを殺してから死ぬ」


 その言葉にベリウスさんは大喜びだった。


「その意志が折れけりゃ、お前の『業魔』はドラゴンどもからすれば“死の象徴”になるだろうぜ」


 目的を果たす道に立ち塞がるドラゴンは全て殺せ――






 【剣王竜】は、向かってくる『蒼鎧』を迎え撃つ事はせず、同じ様に走って距離を詰めた。

 背後と空から向けられる視線よりも、この『蒼鎧』の方が圧倒的な脅威だと瞬時に判断したからだ。


「隊長! 【剣王竜】が反転! どうしますか!?」

「待機だ! 下手に追うな!」


 場の警備兵を指揮するガザンも下手に手を出すには情報が少なすぎると判断。『蒼鎧』が駆けてくる様も確認しており、まずはアレが敵か味方かを見極めなければならない。

 何故なら『蒼鎧』が纏う殺気は……あまりにも人間離れしていたからだ。


 【剣王竜】と『蒼鎧』の接敵。

 間合いに入ったタイミングで、くるっと回った刃尾が『蒼鎧』を両断する動きで横凪に振り抜かれる。しかし、『蒼鎧』は地面を砕く勢いで更に加速した。

 刃尾の内側へ入ると飛びかかる様に【剣王竜】の首を掴み、強引に地面へと叩きつける。


「グガアァァァ!!?」


 地面に押し付けた【剣王竜】は暴れ、それを『蒼鎧』は片腕で抑えつける。刃尾が『蒼鎧』を背後から貫かんと器用に迫った。


「――――」


 『蒼鎧』は見えているかのように身体を傾けて死角からの刃尾を避け、もう片腕・・の脇に抱える様に掴む。

 首と刃尾。その両方を拘束した『蒼鎧』は、【剣王竜】の身体を軽々と後方へ放り投げた。


「なっ!?」

「嘘……」


 ガザンとリオ。その場に待機している警備兵は皆がその様を呆けて見ている事しか出来ない。

 【剣王竜】は放られて高々と舞い上がると、乗ってきたと思われるガレオン船へと放物線を画いて行く。


「――――」


 『蒼鎧』が疾駆する。

 地面を砕く程の初速は人が出せる限界を越え、自らが放り投げた【剣王竜】を追う。

 ガレオン船の上部へ【剣王竜】は落ちると、滑る形で舵を壊して停止。

 落下の衝撃に身体が痺れて立ち上がれずにいると、港から対岸へ翔ぶように跳躍した『蒼鎧』が、勢いをそのままに拳で【剣王竜】の身体を狙って貫いた。

 その着地の衝撃にガレオン船が反対側に傾き、船体がゆっくりと倒れ始める。


「ガッ……ガガ……」


 【剣王竜】は鳴き声さえも満足に出せないほどの致命傷だった。死の秒読み。その様を見て『蒼鎧』はある事を理解する。


「オ前ハ……関係無イカ……」


 【剣王竜】の身体から拳を引き抜くと、ガレオン船は全てを洗い流すかのように転覆した。






「…………」


 【剣王竜】の騒がした現場にガザン達は到着。まだ生きている者を救護し、犠牲となった者には布を被せて黙する。


「……ガザン」

「ベオク」


 ガレオン船を停止させ、調査に乗り込んだ空挺部隊の隊長――ベオクは数人の部下と共に港で治療を受けていた。

 目の前には船底を上にして浮かぶガレオン船。しかし、そんな事よりも疑問は多くある。


「聞いた。【剣王竜】を仕留めたそうだな」

「ああ。お前のその怪我は?」


 ベオクは包帯を巻きつつも五体満足である。


「船内の調査で【剣王竜】と遭遇した。狭い船内だったからこそ、何とか生き延びたが……俺たちが抑えきれなかったせいで市民に被害が出た……」


 ベオクは部下の半数を失ったにも関わらず、自らの非を恥じる。


「幼体であってもドラゴンを相手に対策も無しに正面からは渡り合えん。お前は良く生き延びた方だ」

「警備隊長としては不本意だ。部下も失った……悔やんでも悔やみきれん」

「こんな状況を想定出来るワケがない」


 無人のガレオン船に幼体とは言え、ドラゴンが乗っていた。しかも、白兵戦に置いて比肩するモノが皆無とされるあの【剣王竜】だ。

 非情だが、この程度の被害で済んだのは幸運と見て良いかもしれない。


「ガザン、お前はこの一件をどう見る?」

「明らかに意図して【剣王竜】を放ったのだろう。今、管理局がガレオン船の所持者を調査をしている」


 ガザン達、現場が出来るのは場の保全と情報収集のみ。後は管理局が調査をして今後の対策を練ってくれるだろう。


「ガザン隊長!」


 すると、水中調査をしていた部下が水面に顔を出し、ガザンを呼ぶ。


「どうだった?」

「【剣王竜】の死体を確認しました。しかし、例の『蒼鎧』の者はおりません」

「他に上陸した可能性は?」

「ガレオン船が転覆した直後に空挺が警戒に入った際には誰もガレオン船からは離れなかったと」

「そうか……【剣王竜】の死体を上げる作業にかかれ」

「ハッ!」


 再び部下は水面に潜る。


「ひとまずは、対象の沈黙を確認した」

「そうか。その『蒼鎧』と言うのは何者だ?」

「わからん。急に現れ【剣王竜】と互角以上の戦いを見せた。尋常でない殺意を纏ってな」


 まるで全てを呑み込まんとする程の殺意。それだけでしか己を構築していないと言わんばかりの存在だった。


「確かに幼体とは言え【剣王竜】を二体・・相手にして屠るなど、尋常でないな」

「……なに?」


 ベオクの言葉にガザンは認識の違いを確認する。


「ベオク。【剣王竜】は1体では無かったのか?」

「――ガザン」


 即座に最警戒と周囲の封鎖。残りの【剣王竜】の捜索に警備局は総出であたる事になる。






「……居ない」


 リオはセルが【剣王竜】に刺された現場を調べていた。血の痕だけが残り、彼の姿はどこにもない。切り落とされた腕さえも消えていた。


「セルさん……」


 彼は一体、どこへ消えたのだろうか。






 港で大暴れした【剣王竜】とは別の個体はその騒ぎの中、人混みを紛れて路地から目的の場所を目の前にしていた。

 それは、一つの小さなカフェ。その中に居る者全てを殺す様、“音”に導かれたのだ。


「失礼」


 今から飛び込もうとした時、先に扉の方が開き、中から傘を持ったマスターが出てくる。


「ドラゴンの来店はお勧め致しません。お引き取りを」


 それに構わずに【剣王竜】はマスターに襲いかかる。その時、口の中に何かを入れられた。


「ガッ!? カガ!!?」


 思わず飲み込む。


「アナタには何も罪はない。ご安心を、アナタ様を貶めた者には我々が罰を下します」


 その瞬間、体内に飲み込んだ『風の魔法石』によって体内が膨張し【剣王竜】の身体は、臀部を残して吹き飛んだ。

 マスターは傘を前に向けて飛び散る肉片から己をガードする。


「人の業とは本当に恐ろしいモノです」






「あー……疲れたなぁ……」


 僕は港での一件を終えると、その報告の為にとぼとぼとカフェへ戻っていた。

 凄まじくお腹が空いた。部隊に居た時は他の者が気にかけてくれるが、一人の場合は本気で対策を考えなければならない。


「リオさんには悪い事をしたなぁ」


 今頃、僕の事を捜しているだろう。しかし、その他大勢の場で追求されると面倒な事になるのは目に見えているので逃げさせてもらった。

 ベリウスさん曰く、称賛される様な事ではないとのこと。


「ん?」


 すると、カフェの前が騒がしい。見ると、肉が飛び散った様な悲惨な様子になり、警備の人たちが現場検証をしている。一体何事?


「……セル君」

「わっ!? フェニキアさん!?」


 すると、横の路地に座って本を読んでいる彼女から声をかけられた。気配が全く無いんだから……もう。


「……カフェ……今日は閉店だから……」

「あ、そうなんだ」


 お腹空いたんだけど。別の所で何か食べ……あ、僕お金あんまり持ってないや。街の外に出たら二度は入れないと思うし……どうしよう。


「お腹……空いてるの?」

「え? あ、はい。そう言う体質でして」


 そう言うとフェニキアさんは本を閉じて立ち上がる。


「……私の家……行こ。何か……作ってあげる……」


 そう言って歩き出すフェニキアさん。僕としては、これ以上彼女に貸しを作っても良いものかと思ったが……


「港で……何があったのか……聞かせて……」

「はい」


 ま、いっか。細かい事は後で考えよう。これもベリウスさんから学んだ事だ。

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