怪談話を話す話
不明夜
怪談話を話す話
電気を消したアパートの一室。僕たちは、机を囲んで怪談話をしていた。
とはいえ、机の上で揺らめいているのは蝋燭の炎ではなく懐中電灯で、季節も夏ではなく、物理的に背筋が凍る冬だった。
「––––そして、蝋燭を落としてしまい、事故が起こり掛けたのでした」
「去年やらかした話じゃん、それ」
炭酸の抜けてきたコーラを飲みながら、二人の話に耳を傾ける。あまり怖い話が好きではなかった僕も、毎年参加している内に楽しめる様になったものだ。
「そういえば、お前はまだほとんど話してないだろ。そろそろ何か話してみろよ」
「そんな急に言われても……話のストックが無いのに何を話せと」
「実話でも嘘でもネットで見た話でもいいからさ、なんかない?」
突然こちらに振られた事に困惑しつつも、話せそうな話題を記憶から探していく。
その中で、ふと数年前に聞いた話のことを思い出す。せっかくなので、僕はその話をする事にした。
「……これは友達、というか今まさにトイレに篭っている彼から聞いた話なんだけど」
ありきたりな前置きをし、ゆっくりと話を始める。
「その日はよく晴れた夏の日で、当時まだ低学年だった彼は、いつもの様に友達と公園で遊んでいました」
「何時間か経ち、日も傾いて来た頃、最後に皆でかくれんぼをする事になったのです」
一息つく為、机に肘をつく。その衝撃でこちらに倒れてきた懐中電灯の光に目を細めながら、僕は続きを話す。
「かくれんぼが始まり、鬼となった彼は順調に皆を見つけていきます」
案外、二人とも真剣に話を聞いてくれているようで安堵する。
「しかし、日が暮れるまで探しても、最後の一人が見つかりません。半ばやけになってきた彼が公園のトイレで見つけたのは––––」
「身体は干からび、目があるべき場所はただの穴となった、恐ろしく、また奇妙な死体でした」
床の軋む音や、懐中電灯で照らされて揺れる影などに、話している僕自身恐怖を覚える。ただ、最後くらいはできるだけおどろおどろしく話そうと、自ら気合を入れ直す。
「それを見て恐怖で足がすくんだ彼に対し、動くはずのない死体がただ一言、『次はおまえだ』と言ったのです」
「……いや、その後はどうなったんだよ」
「さあ?もっと詳しく聞きたいならトイレの扉越しに聞いてきたらいいと思うけど……僕もここまでしか聞かされてないんだよね」
「怪談で最後が分からないのは逆に怖いから!分かりやすく呪われました、みたいなのがあった方がいいでしょ」
「そっちの方がよっぽど怖いと思うよ?」
怪談の後にもかかわらず、皆でひとしきり笑う。その後も暫くは三人で楽しんだが、いよいよ無視しておける様な時間ではなくなり、トイレから出てこない彼の様子を見にいく事となった。
「全く、この家に来てすぐに腹を壊すとか、むしろこの家が呪われているんじゃ……」
「呪いは怖い、なんて言ってたくせに割と普通に言うんじゃん」
「呪いにせよ何にせよ、流石に何時間もトイレを占領するのは長すぎんだろ」
三人で話しながら、何度をトイレのドアをノックする。しかし、一向に何の反応も無いままだった。
「……これ、中で寝てない?」
「だな。もう普通に開けてしま––––は?」
僕の前にいた二人よりも少し遅れ、トイレの中を見る。そこにいたのは、元気に眠りこける彼、ではなかった。
僕達が見たのは、身体は痩せ細ってほぼ骨と皮だけとなり、目と口がある筈の場所もただの黒い穴となってしまった、彼の姿だった。
「え?……いや、え?なに、どういうこと?」
「私にもわかんないよ!そもそも死んでるの?何なの?」
「待て、こんな時は救急車……いや、警察?ああもう、何でこんな事に!?」
僕らが恐怖と衝撃でパニックを起こしている中、目の前の死体の首が回り、僕へとノイズの入った様な不気味な声で話しかけてくる。
『次はおまえだ』
*
「––––と、言うのが僕が昔体験した怪談を話していたらマジの恐怖体験をした話でした」
「それ、私たちも一緒に体験した奴でしょ」
「だな」
騒がしい居酒屋に、僕達の笑い声が響く。結局、あの事件の後も僕達の仲は変わる事がなく、たまに集まっては様々な話をして笑い合える友人のままだった。
「まあでも……いい加減、帰ってくれないか」
ただ、そんな和やかな空気は、すぐに一転とした。彼の発言によって、場が緊張に包まれる。
「あの後、お前も……死んで、しまったんだから」
僕のことを悲しんだ様な目で見ながら、彼はそう言い放った。
ああ、そういえば、もう死んでいたのだろうか。そう自覚すると共に、身体中の力が抜けていく。やがて目も見えなくなっていき、口も開かなくなった。しかし、僕の意思とは関係なく、開かない口から言葉が漏れる。
『次はおまえだ』
怪談話を話す話 不明夜 @fumeiyo
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