最強の炎使い《パイロマンサー》、素性を隠して今日も人々に灯りを届けるお仕事

蒼乃ロゼ

最高の炎使い



「────いやぁ! 助かったよ、兄ちゃん!」

「……」


 暗がりの中に灯る、魔道具。

 家の玄関を明るく照らすその前で、陽気な男は相手の反応が無いことなど気にも留めずなお話し続ける。


「最近は炎龍さまの加護も珍しく、炎使いパイロマンサーもめっきり減ったらしいからなぁ。まっ、オレにゃ魔法の才はてんでなかったもんでギルドだけが頼みの綱だが……。たまたま兄ちゃんがこの街に居てくれてよかったよ」

「……そうか」

「ほい、コレ。報酬は現地でって聞いてるよな」


 言うと、陽気な男は腰元の鞄から貨幣を取り出した。


「────しかし、炎使いってのも大変だなぁ。冒険者の花形、魔物退治ってのにも駆り出されるし、こうして灯りの魔道具に魔法を付与しないといけないし。忙しそうだ」

「……俺は魔物退治など、興味がない」


 亜麻色の外套がいとうを身にまとい、頭部まで隠した男はそっけなく言った。


「へぇ? そうなのか」

「炎の番が、俺の仕事だ」

「お、信念持ってやってんのか。いいねぇ。こういう使いっぱしりみたいなもんは、冒険者は嫌うと思ってたがねぇ」

「……? 何をいとう。炎が無くば、人は暖をとることもできまい」


 男はさも不思議そうに言う。


「い、いや、そうなんだけどさ……。あ、さては兄ちゃん────めちゃくちゃイイやつなんだな!?」

「そんなことはない。……ただ、縁あってのことだ」

「ほー? まぁ、なんにしろ助かったよ。ギルドにもちゃんと報告しとくぜ」

「……、ではな」


 それだけ言うと、外套をひるがえし男は去って行った。

 夜道だというのに、その足取りは迷いなく軽快。

 なるほど、手元に魔法で炎を灯しているのかと感心した。


「行っちまった。……冒険者ってのはあんなにクールな奴が多いのかねぇ」


 男に灯してもらった、炎の魔道具。

 不思議に思いながらも、それを満足げに一瞥いちべつすると陽気な男は自宅へと戻った。



 ◇



「にょーっほっほっほ! 見ておったぞ、見ておったぞ!!」

「……黙れ」


 一仕事終え、野営の場所へと戻った男は早速頭を悩ませた。


「メルリーナ様、からかうのもその辺になされよ。…………あぁ、おいたわしや。

 偉大なる七龍グランド永炎王えいえんおうであらせられるお方が、よもやに、に、っ……人間どもの、使い走りなど──っ!」


 若緑色の髪を肩上で切り揃えた女が、やけに怒っている。


「ほらほらぁ。こーんなペースでちんたらやってたら、終わらんぞぉ?」


 主に男を悩ませる要因であるもう一人の女は、これでもかとまくし立てる。


「誰のせいでこんなことになっている、メルリーナ。その口……塞ぐぞ」

「キャー! フラムのエッチー! どうやって塞ぐっていうのじゃー!!」

「…………はぁ」

「メルリーナ様! そ、そのような破廉恥なことは、わっ、わわたくしがっ許しませんわ!」

「エネア、お前もうるさい」

「そっ、そんなっ!」


 静かな場所を好む男──フラムにとって、旅のお供である二人というのは常々悩みの種だ。とにかく、さわがしい。わずらわしい。

 頭部を覆う布を取り払うと、鮮やかな赤。いくつかの房だけが黒く艶めく髪が現れた。


「そもそも、お前達はなぜ着いてくる」


 銀と青の色からなる髪を一つに結ったメルリーナは、頭を左右に揺らしながら答える。

 呆れた様子でそれを見、地面に腰を下ろすとフラムはまきに魔法で炎を点けた。


「えー? だって、ヒマ……じゃなかった。ぬしが人の世に馴染めるワケないじゃろうから……面白そう的な?」


 一束の髪が、振り子のように左右を行き来する。


「わ、わたくしはお手伝いに──」


 おずおずとエネアは答えた。


「必要ない。神々に与えられし『人として俗世に千の灯火とうかを還す』など、すぐに終わる」

「バッカじゃのぉ? 人々に炎の加護を与えるはずの炎龍が、無意識とはいえ人々から炎を奪ったのじゃから。あの周辺一帯の町は、一瞬で消えた炎に恐怖したに違いない!」

「元はといえばメルリーナ様が怒らせるからではありませんか!」

「わしが? あんなので怒る方がワルいじゃろーが」


 また始まった、とばかりにフラムは呆れる。


「……過ぎたことはもういい。だが、邪魔立てはするな」

「まっさかー、邪魔するワケなかろぉ。ちょっと、ほんのちょーーーーっとだけはワルかったかなぁって思うしぃ? からか……じゃなかった、わしも手伝うとしよう!」


 メルリーナとの付き合いは長い。

 その真意は充分に分かっていた。


「……はぁ。分かったから、静かにしていてくれ」


 人として、という条件付きの神々からの命。

 簡単に食事を摂ると、フラムはさっさと眠りについた。



 ◇



 翌朝。

 鳥のさえずりが響き渡る森。

 人の気配などするはずもなく、森の住民はのびのびと歌っていた。


「フラムさ──」

「しぃー! 静かに。今ヤツは瞑想中じゃ」

「! これは失礼を……」


 離れたところに座し、目を閉じるフラム。

 それを見付けたエネアは声を掛けようとするも制止される。


「しっかし、ヤツも意外じゃのぉ」

「というと?」


 メルリーナは珍しく真面目な様子で言う。


「ヤツはわしとの私闘のために、無意識とはいえ人々の炎を奪いおった。もちろん、すぐにヤツは全部返したがな。……人々が祈り、その祈りが神に届きエーテルとなりて地上へ満ちる。その全能なるエーテルを人々が扱えるよう己が司る魔力へと変換するのが、わしらの役目。……本来人々から私欲のために魔力を奪うというのは、そらー偉大なる七龍グランドとしては禁忌じゃからの。その座を剥奪はくだつされるところじゃったんじゃ」

「そ、そんなっ──」

「────じゃが、ヤツは意外にもすんなり「そうか」と受け入れようとしてな。まさかほんとぉに辞めるとは思わず、神々も焦っておったわい」


 その時のことを思い出すと、メルリーナは面白いものを見付けた時と同じ笑みをこぼす。


「では、『俗世に千の灯火を還す』というのは……」

「まぁ神々が譲歩した結果じゃな。それを真面目にこなすフラムも意外じゃがの。エーテルの変換も、こうしてサボらずやっておるワケじゃが……まぁ禁忌を侵したからか、適合者は中々現れんみたいじゃのぉ」


 自身と同じ存在であるはずのフラム。

 だが、気質や考えというのはまるで人々と同じように違っていた。


「まぁ加護を与えると言っても、わしらはただの変換装置。誰がわしの加護を受けたのかなど、知る術はない。たまたま相性のいい者が、地上に満ちるわしらの魔力を受けて覚醒するだけじゃ」

「わたくしには分かりませんが、……その。僭越せんえつながらフラム様が今、エーテルを変換する必要は、ないのではないでしょうか?」

「じゃから、不思議な男じゃなぁと思うワケじゃ!」

「──メルリーナ。貴様が一番うるさいぞ」


 いつの間にやら目を見開き睨みつけるフラムの姿がそこにあった。


「そうじゃったかー! そりゃぁ、すまんかったのぉ」


 特に悪びれる様子もなく、メルリーナは形だけの謝罪をした。



 ◇



 いつものように冒険者ギルドへと到着した一行は、普段とは違う様子を感じ取った。

 中に入ると、いつもであればボードから依頼を探す者。受付に並ぶ者。

 依頼を完了し、手続きを待つ者。パーティの待ち合わせをする者。

 そういった者で溢れかえる。


 だが今は、多くの冒険者同士が互いに話し合い情報共有をしているようであった。


「……騒がしいな」

「なにかあったのでしょうか?」

「なんぞ面白いことでもあったかのぉ」


「──あ! あんた、炎使いパイロマンサーだったよな!?」

「おぉ!!」「ほんとうか!?」


 フラムの受ける依頼は、『炎の番』と呼ばれるもの。

 炎使いの魔法を魔石に込める仕事。

 街灯、炊事用の火、暖をとる火。

 炎を必要とする者へ、それを届ける仕事だ。

 主に冒険者ランクの低い炎使いがそれを受ける。


 依頼がないかとボードを見ようとすると、ギルド職員が声を掛けてきた。

 すると、周りもそれに反応を見せる。


「……? そうだが、どうかしたのか」


 これ以上目立つことを避けるため、冷静に対応した。


「──実は、さっき一人の冒険者が討伐依頼を受けてな」

「それはいいんだが……。別の冒険者が採取依頼を受けていたところ、どうやらその森にヘルプラントが出たらしい」

「ヘルプラント、……植物の魔物か」


 様々な種類の植物を身にまとう魔物を思い浮かべた。

 生息地域によって、その姿が異なる魔物だ。


「そうそう。ソイツは見るからに剣士だったからな。一応クラスは光使いフォスマンサーで申告があったが……。後衛もいないソロじゃ、万が一討伐対象と同時に相手することになれば苦戦するだろうよ」

「ヘルプラントはDランク、あんたは確かFランクだったよな?」

「あぁ」

「炎の番ばかり受けていると聞いてる。魔法の腕も、そこまでなんだろう? なにも討伐しろって言ってるんじゃないんだが、植物系の魔物は炎をイヤがる。このことをソロの冒険者に伝えてもらえないか? 万が一出くわしたら、炎で追い払ってくれればいい。逃げるだけなら、Fランクでも問題ないとは思うんだが……」

「……」

「どうするんじゃぁ?」

「にんげ…………見知らぬ者など、捨て置けばよろしいのでは?」


 メルリーナとエネアはそれぞれフラムの返答を待つ。


「もちろんタダとは言わない。ヘルプラントの討伐依頼も、領主にもうすぐ申請が通るだろうからな。その冒険者ってのが、この街がはじめてだもんで心配なだけなんだ。ここで依頼を一つも達成してない以上、ソロでの実力ってのが正直分からん」


 しばらく思案したフラムは、ようやく答えた。


「……受けよう」

「おぉ、めずらしいのぉ~」

「まぁ、お優しいですわ」


 メルリーナはさも不思議そうに。エネアはうっとりとした様子で敬意を示した。


「そいつの特徴は?」

「名前はエルディオス。金髪の色男だ」

「ほーう? 色男、とな」

「兄ちゃんも背ぇ高いし、体付きもいい。綺麗な顔もしてるがなぁ、……雰囲気ってのか? 女受けがよさそうなタイプの剣士だよ」

「フ、フラム様は世界で一番お美しいですわっ!!」

「……どうでもいい」

「くっくっく、照れおってからに」

「彼が受けた依頼書に、討伐対象の行動範囲である地図が載ってる。持っていくといい」

「行くぞ」


 依頼書を受け取ると、早速フラムはきびすを返して出発した。



 ◇



 依頼書には、ワイルドボアの生息域が載っていた。

 今回は、街からそう遠くはない森に発見された為の討伐依頼らしい。

 地図を頼りにその場所へと辿り着くと、更に森の奥へ足を進める。


「ワイルドボア、Cランクかの」

「ということは、その人間はCランク以上なのですね」

「ふーむ。発見されたのは群れではないようじゃが、警戒はすべきじゃぞ」

「分かっている」


 耳を澄ませ、精神を研ぎ。ワイルドボア、あるいは冒険者の男の情報を探る。

 豊かな緑を蓄えた森は、歩を進めるごとに陽の光を遮断した。

 視覚以外からの情報が頼りになる。


「──!」

「地鳴りじゃな」


 しばらく歩くと、身体に振動が伝わった。

 それはまるで大きな岩が木にぶつかったような振動で、地面だけでなく木々をも揺らす。

 見上げると、たまらず空へと逃げる鳥たちの姿が見えた。


「エネア」

「はっ」


 エネアが虚空に掌を差し出すと、次第に風が集まる。

 それを黙って眺めると、エネアは一つの解を導いた。


「こちらですわ」

「さすがは高位の風使いアネモマンサーじゃのぉ」

「お戯れを……」


 空気を震わす先。

 風の糸を手繰り寄せるかの如く揺らめきをわずかに感じ取ったエネアは、その方向へと皆を導いた。




「──ほぉ、やりおる」


 エネアに従い更に森を進むと、ワイルドボアが三体地面に横たわっていた。

 そのどれもに剣による傷が見られる。

 探し人による仕業と見て間違いがなかった。


「近くにいるだろうが──」


 フラムが言いかけると、右奥から鈍い音が聞こえた。

 先ほどとはまた違った、重量こそないが大きな音。


「行くぞ」

「ういー」

「はっ」


 すぐさま音の方へ三人が向かえば、そこには葉や木の枝、それから球根のような体の大きな魔物と一人の男が対峙していた。

 敵と向き合い三人に気付く様子のない男は、魔物の一部であろうつるの攻撃を剣にて薙ぎ払い、光の魔法で攻撃を仕掛けるところであった。


「ほう」


 フラムの目にも、男が手練れであることはすぐに分かる。

 そもそも人々にとっての魔法とは、集中力を要するもの。

 前衛である剣士が魔法を繰り出せるのは、よほど魔法を扱い慣れた高位の光使いフォスマンサーである証拠だ。


 だが、男の魔法は魔物の息の根を止めるには至らない。

 それどころか、魔物は反撃に怒り、蔓の数が増え強度も増す。

 地面に突き刺さるほどのそれは、いかに手練れの剣士であろうと防ぐので精一杯の様子だ。


「────メルリーナ」

「ほいほーい」


 フラムは、己の周囲に炎を繰り出す。

 煌々と燃え盛るそれは、従順。まとわりつくように一周すると、フラムの合図により一斉に駆けだした。


「ほいっとな」


 メルリーナは地上で最高の炎が人間に被害を与えないよう、冒険者の男に水の膜を覆った。


「──っ!?」


 対峙していた魔物が、一瞬にして塵と化す。


 突然の出来事に驚く間もなく、冒険者の男は辺りを見回した。


「────おや?」


 まるで光のような金髪がさらりと揺れる。

 フラムたちに気付いた男は、炎の出所へと振り返った。


「……」

「今のは、君たちかい? 助かったよ、ありがとう!」


(眩しい男だ)


 フラムによる男への第一印象は、屈託のない笑顔が全てだった。


「いや、大したことでは」

「ふむ。炎使いパイロマンサーか、……珍しいね! 私はエルディオス。エルでいいよ! 君は?」

「っ、……フラム」


 魔物と剣を交えた後だというのに、息も切らさず妙に明るい男。

 その圧に、思わずフラムは戸惑った。


「(おーおー、フラムのヤツ。押されておるのぉ)」

「(まるでメルリーナ様のような人間ですわね……)」

「(どぉいう意味じゃ)」

「(そのままの意味ですわ)」


 同族はともかく、人間の男に押される様は二人にとってどこか面白く映る。


「フラムかぁ! ……うーん。炎使いにしては、あまり聞かない名前だね?」

「……俺は、炎の番の依頼ばかり受けているからな」

「えぇ!? その腕で? もったいない! ……あ。それとも、なにか理由が……?」

「……っ」


 エルディオスにとっては純粋な疑問であるが、その問いに対して素直に答えるには難しい。

 なにせ神々は、『人として』命を果たせと言うのだ。

 正体を明かす訳にもいかない。


「(どうするんじゃぁ、どうするんじゃぁ~?)」

「(ま、まさか正体を明かす訳にもいきませんから……お困りのご様子ですわ)」

「(口下手なヤツが、人間相手にうまーく言いくるめられるのかのぉ)」


 二人と一人が見守る中、フラムはやっとの思いで言葉を口にする。


「し、」

「し?」

「「……し?」」

「……し、師の、教えなのだ。一人前の炎使いになりたくば、せっ千の灯火とうかで人の世を照らせと……」


 わずかながらに顔を引きつらせながらも、フラムの考え得る最良の答えを紡ぎ出した。


「(おぉーぉ! わりとイイ言い逃れなのではないか?)」

「(さすがはフラム様ですわ!)」


 それらしい答えを聞くと、エルディオスは妙に納得した様子だった。


「なるほど……! 神や龍に頂いた力を、世界に還元する……君の師は、とても素晴らしい方なのだろうね!」

「あ、あぁ……」


 まさか、その神本人から言いつけられたとは言えまい。

 まして、自身が龍であるなどと。

 純粋なエルディオスの反応を見ると、フラムはなぜだか自分が悪いことを言ってしまったかのような感覚に陥った。


「そちらのお嬢さん方は? お名前、聞いてもいいかな」

「わしはメルリーナ。水使いネロゥマンサーじゃ。わしは凄腕じゃから、氷の槍も使うぞ!」

「それはすごい!」

「……わたくしはエネア、風使いアネモマンサー……ですわ」

「なるほど、とてもバランスのいいパーティだね!」


 エルディオスは高揚した様子で三人を見回した。

 すると、何かを思いついた表情を見せる。


「……そうだ! 実は私、最近ソロになったんだけどね。一応、個人でBランクなんだ。

 もし皆が良ければなんだが……、私も混ぜてもらえないだろうか?」

「!? なんですっ──」

「ほぉー! なかなか見る目があるのぉ!」

「……悪いが、騒がしいのは好きではない」

「ちょ、こっちを見て言うでないわ!」


 三者三様の反応を見せる。


「見たところ、補助魔法要員が足りていないんじゃないかい? 私は剣士だけど、ある程度の光魔法なら使えるよ。もちろん回復魔法もね」

「必要な──」

「──よいではないか! 面白そうじゃ!」

「なっ! メルリーナ様、正気ですか!?」


 妙にメルリーナだけが乗り気であった。


「なぁに、ランクが高いヤツがパーティにおった方が、炎使いとして目立たなくて済むのではないかの?」

「? 目立ちたく、ないのかい?」


 冒険者というのは武功を立てることが目標であることも多い。

 それは意外だ、とエルディオスは目を見張った。


「……炎の番を優先したいだけだ」

「たしかに、炎使いをパーティに入れたい者は多くいるだろうからね。

 フリーや無名の者であれば引く手数多。そうなると、炎の番の依頼を受ける暇もない……か」

「それ以前にお前がいると、余計に目立つだろう」


 色男とはよく言ったもの。

 たしかに女にモテそうな雰囲気をしているとフラムは思った。


「うーん、どうだろう? まぁ、少しは名は通っているかもしれないが、Aランクほどではないと思うよ。……それに、私が君とパーティを組んでいると認識されれば、パーティへのお誘いというものは減るんじゃないかな?」

「そうじゃ。じゃから……エルはその身をもってフラムの盾となるがよい!

 そなた一人が目立っておればよいのじゃ!」

「! なるほど、仲間の盾か。いいね!」

「そーじゃろぉー!」


「「……はぁ」」


 妙に気が合う二人。どうやら決定事項らしい。

 騒がしさに不安を覚えるフラムと、異なる種族の者へ少なからず抵抗のあるエネアはため息をくしかなかった。



 ◇



「──お! 色男のご帰還だ!」

「無事だったか!」

「どうも、ご心配をお掛けしたみたいで」


 ギルドへと戻れば、職員や地元の冒険者たちがエルディオスの無事を喜んだ。

 愛想のいいエルディオスは、一人一人に笑顔を向け礼を言う。


「ついでに倒しておいたぞ」

「──え?」

「……っ、こ、こいつと一緒に……な」

「あ、あぁ! なるほどねぇ! そりゃいいな」


 しまった、と思ったフラムだが咄嗟とっさの機転を利かせることに成功した。

 エルディオスも察しが良い。

 その辺の事情を汲んで何も言わずにいる。

 事情を正しく理解している訳ではないのだが。


「ただ、申し訳ないんだがまだ依頼としての申請が通っていなくてね。報酬が用意できていないんだ」

「必要ない。入用の物があれば、こいつからもらう」

「というと?」

「一緒に組むことにしたんだよ、彼らと」

「へぇ!」


 にっこりと笑う様に言えば、エルディオスは前触れもなくフラムの肩に腕を回した。


「──っ、お、おい!!」

「フ、フラム様から離れよ! にんげ──」

「おーおー! よかったのぉ、フラム。友ができて」

「誰がだ!」

「おや? 仲間とは、つまり……友でもあるんじゃないのかい?」

「し、知るかっ」

「ふむ。フラムは照れ屋さんなのかな」


 背丈のそう変わらない二人は自然と顔が近づく。

 同族とですらそのような距離感で付き合いのなかったフラムは、ただただ狼狽えた。


「メルリーナ様、あいつ……殺しても?」

「ダメに決まっとろうが~」



 ◇



 エルディオスは数日宿を取っているらしい。

 しばらく宿は別にし、依頼を一緒に受け、後日その報酬でフラム達も宿を取ることにした。


 依頼は炎の番を優先し、空いた時間でエルディオスの受けたい依頼を受ける。という形に落ち着いた。


 野営地に戻ると、フラムは布の上で地面に寝転がり空を見上げ考え込んでいた。


「なーにを考えておるのじゃ」


 エネアは見回りに出ている。

 残ったメルリーナが、不思議そうに上から覗き込んできた。


「メルリーナ。……貴様は、何を願って……人々に加護を授ける?」


 フラムは、エルディオスやギルドの者たちのことを考えていた。


「わし? また唐突じゃの~。言っておくがわしはそう、深くは考えておらんぞ」

「……」


 寝転がるフラムの横に並ぶように座ると、メルリーナは考えを述べた。


「己が役目。存在意義、証明。まぁ、なんでもよい。わしが『錬水王れんすいおう』であるために、かのぉ」

「役目を、放棄しようとは思わないのか?」

「なぜじゃ?」


 メルリーナは、言わんとすることは分からなかったが昼間に人間と接してフラムの心が揺れていることだけは感じ取っていた。


「……」

「フラムよ、神々がなぜ此度の命をぬしに課したか分かるか?」

「さぁな」


 興味がない。そんな様子でフラムは答える。


「ぬしは、良くも悪くもあるがままを受け入れる。じゃから、己が役目にも、例えその座を奪われようとも……何も思わんのじゃろ。恐らく神々は、そこに何らかの懸念を持っておる。

 今回の命を受け、ぬしが俗世に触れ。その多様性。生き方、自由。……それらに触発されて、ぬしが役目を放棄する可能性だって充分考えられる。……じゃが、神々はそれでもぬしに己がもたらすものを見て欲しかったのじゃと思うぞ」

「……俺の?」

「人々の炎は、ぬしのそれとはちがう。炎龍の加護を受けた魔法であっても、その炎は必ず絶える。……じゃが人々は、知恵を持って魔道具なる物を発明し、疑似的とは言えぬしの炎に近い物を編み出した」


 それはメルリーナにも言えることであった。

 彼女が生み出す水の魔力。それを上手く利用する為の魔道具を人々は生み出していた。


「つまり、人々はもたらされた物を……ただ享受するだけの生命にあらず。知恵を絞り、より便利な物にしようと進歩する力を持つ。……存外、わしらにはない力かもしれんのぉ」

「……」

「ぬしは己が役目に意義を見出してはおらんのかもしれんが、わしのようにしょっちゅう俗世に紛れておると、よく感じるのじゃ。人々は、確かに弱い。……弱いが、わしらの思うほど弱いだけの存在ではないのかもしれんなぁ、とな。

 それを垣間見ることができるのも、エーテルを変換するわしらがおるゆえ。

 もし魔法が使えなかったら……、わしらという存在がいなければ。魔物に容易く命を摘み取られる存在かも分からん」

「俺は、……」


 フラムは分かっている。

 人々に自分がもたらすものが、どういう物であるのか。

 ただ、それは必然であり、役目であり、そういうものである。

 メルリーナが言うように、自分と人々というのは違う存在なのだ。

 ──だからこそ。


「わしらは間接的に、人々を守っておるのかもしれんのぉ」

「……っ」


 時折、考える。

 自分が守っているものとは、何であろうかと。

 その『彼ら』は、正しく自分のもたらす力を使うのだろうかと。


「それに、わしは役目を放り投げたとしても、どう生きればいいか分からんと思うぞ?

 人の世に紛れると言っても、わしとて自分の魔力をエーテルから取り入れねばならんからな。 この世界においてわしらは、すでに無くてはならない存在なのじゃ」

「……だが、仮に俺が……いや、魔法というものがなければ。人々は、どう生きたのか。……全ての魔法使いが、正しい道を行くとは限らない」


 それが、フラムの知りたくて、知りたくないことであった。


「もちろん、悪しきことに魔法を使う者もおろうなぁ。

 じゃが、そんなところまで責任を持つ必要はないんじゃ。ぬしが心を痛める必要はない」

「心を痛めてなど……」


 ただ、『自分』という存在が不確かなだけだった。

 居てもいい。だが、居なくてもいいのではないか……と。


「わしは、単純に面白いものが好きじゃ。地上の者どもは面白いと思えるし、それに手を貸せる偉大なる七龍グランドの座は悪くないと思っておる。

 ぬしが、どう在りたいのか。役目に対し、どう感じておるのか。

 神々は、改めてぬしの真意を知りたいのではないか? その答えを持ってない以上、人の世に紛れ見付けてこいと。そういうことではないじゃろうかのぉ」

「俺が、どう……在りたいか」


 龍とは、空虚なものである。

 それが、フラムの思ってきたことであった。

 役目があれば全うし、無ければ何もしない。

 龍とはつまり、『自分』を持たないことであった。


「わしらは龍とはいえ、神ではない。全知全能な存在でもなければ、霊体でもない。実体のある生命じゃ。神々にとっては、わしらも、地上の者どものとそう変わらんのかもしれんのぉ。なんせ、いかに優れた魔法が使えようとも……人々と同じ、『面白い』と感じる心を持っておる。その心に、なんの違いがあろうか」

「神々にとっては、俺も……人も、同じ……か」


 それは目新しい視点。いつの間にか自分は、神でないのにもかかわらず、彼らと同じ目線を持っていたのではないか。


「静かに役目を全うする道もいいじゃろうがのぉ。たまには人々に関わると、新たな発見があるやもしれんぞ。……例えば、エルとの旅路でのぉ」


 それは、昼間に感じた動揺によく現れていた。

 

「発見、か」


 何も見ず、関わらず。それで知った気になるなど。

 なんとも浅はかではあったな、とフラムはどこか気恥ずかしさを覚えた。


 うれうのは、知ってからでも遅くはない。

 そう、メルリーナや神々は伝えたかったのだろうか。

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