第47話 エピローグ―カンラギ=アマネ

 空腹感にいじまれるお腹をさえながら、カンラギは会場からはなれていく。

 ラスターを待っている間に確かに食べたのだが、満足するほどきっちり食べたわけでもない。


 それでもこんな夜遅よるおそくにバクバクと食べるのは乙女おとめとして――他にもやらなければならないことがあるため撤退てったいしたのだが、もうちょっと何か食べておけばと後悔こうかいしていた。


「カンラギ!」

「ん? ヒヤマくんどうかしたの?」


 どこか真剣しんけんな顔をして、あせってやってきた様子のヒヤマ生徒会長に、カンラギは足を止める。


「夜明けの騎士きしってだれ?」

「どうして? 秘密よ」

「生徒会長にでもかい?」

「……」


 どう答えるべきかカンラギは迷う。

 答えは一つだが――それでも相手は会長で、自分は副会長である。強気に出られる通りはない。


「あなたの口が軽いと思ったことなんてないけど、それでも言えないものは言えない。ごめんなさい」


 申し訳なさそうな雰囲気ふんいきかもしつつ、その上ではっきりとした意思を見せる。

 これで引くだろうと思っての行為こういだが、カンラギの予想は裏切られ、相手は意を決したかのように話し続ける。


「じゃあ。彼の正体を当てられたら――その、付き合ってください」

「……えっ?」


『はぁ? うそでしょ? お断り!』という言葉をカンラギはなんとかむ。

 そもそもヒヤマに恋愛感情れんあいかんじょうがあることは気づいており、円滑えんかつな生徒会業務やカンラギの我儘わがままが通るのは、そのおいんでといった側面もある。ここで対応を間違まちがえるわけにはいかない。

 

 しかも――

 

(こんなことを言うだなんて、少なからず確信があるってこと?)


 好意があっても行動がなかったのは、彼がどうせ断られると思ってのことであり――そして、それは正解である。


 だがここで、まともに取り合わなければ、生徒会長として本気で調べ始めるかもしれない。

 それだけならまだしも、その過程で周りも気付く可能性はけておきたい。


(……別にいっか?)


 これまで散々かけてきた迷惑めいわくや、利用してきたことを考えれば、一年ぐらい仕方ないことだと割り切る。

 来年になれば会長は卒業で、そうなれば自然消滅しぜんしょうめつである。


「もし、当てれたら付き合いましょうか」

「一応、その付き合うってのは――」

「買い物に付き合うとか、生徒会業務に付き合うとかじゃないわよ。男女の仲ってやつ――そういう意味で言ってるんでしょ?」


 ニッコリと微笑ほほえむカンラギに、ヒヤマが神妙しんみょうな顔をしてコクリとがんく。

 そしてヒヤマがなぞ当てを始める前に、カンラギがくぎす。


「でもね、条件があるわ」

「なに?」

「一つ目――当てても外しても、夜明けの騎士が誰かについての秘密は守り通すこと」

「わかったよ」

「それともう一つ」

「条件ってあと何個ほどあるの?」

「これで終わりよ――単純に、もし外してもこれまでと同じように仲良くしてね?」

「あぁ、わかった」


(これは、本当にバレたかな~)


 想像以上にすんなりと頷くヒヤマに、笑顔のまま内心で頭をかかえる。

 ヒヤマはこれまで、『もしかしたら付き合えるかも』と、内心で思いながら我儘に付き合ってくれた。

 だというのに、今後付き合う可能性を無くした上で、融通ゆうづうきかせろといった内容にあっさりと頷く。

 カンラギはこれからあまり迷惑をかけるのはひかえようとちかいながら、ヒヤマの解答を待つ。


「夜明けの騎士の正体――それは、フォビル=マックアランのクローンだ!」

「……えっ?」

「やはりか」

「いや、違うけど……」

「えっ……?」


 二人は見つめあってたがいに呆然ぼうぜんとする。

 クローン技術――その技術自体は地球史から存在しており、今となってはめずらしい技術ではない。


 ワームビーストの進行により、地球での生活が存続不可能であることをさとった人類は、あらゆる生物の遺伝子情報を保管し、その遺伝子を再度書き出す装置――クローン技術によって肉や野菜、益虫やペットなるものが宇宙に生み出されたのであった。


 そして――理屈りくつの上では、人間のクローンを作ることも可能である。


 しかし、牛やぶたのクローンのみならず、犬やねこのクローンまで必要に応じて生み出されたとしても、人間を生み出すことはいまだに倫理観りんりかんを前に許されてはいない。

 それでも、カンラギならばやってもおかしくないと思われての発言は、侮辱ぶじょくであると同時に、どこまでも的を射た思考である。


「えっと? 違うわよ?」


 倫理観を大事にしているように見せる常識人であって、本心では化学を前に倫理などひざまづくと思っているが……今回に関しては見当違いである。


「じゃ、じゃあフォビルさんはそもそも死んでないとか? だから――」

「それも違うわね」

「うそ……」


 ヒヤマはぽかんと口を開けて、動けなくなる。

 金髪きんぱつ碧眼へきがんの高身長。

 ヴォルフコルデーを操り、故郷の騎士伝説にあやかったやり口。

 そして――彼女の想い人。

 わざわざ秘密にする理由がシズハラにバレたくないとか、その割に本人がカンラギに執着しゅうちゃくしていたらしい話から、クローンあたりだとんでいたのだが……


「えっと、親兄弟とか?」

「違うわねー」

「じゃ、じゃあ――」

「人類なんて元を辿たどれば、みな血縁けつえん者になってしまうわよ?」

「うっ……」


 カンラギは、自身の所業をかんがみて苦笑いしかできない状況じょうきょうだが、ヒヤマからすれば誹謗中傷ひぼうちゅうしょうを言いたい放題しているようなものである。

 人でなし相手でも『人でなし!』と言ってしまうのは、世間一般せけんいっぱんでは指摘してきではなく罵倒ばとうが正しい。


「あっ、その……証拠しょうこは?」


 謝るという手段に引き下がるか――それとも、強気で押すか。

 どう足いても、引き下がった先に幸せな未来が見えないヒヤマは、弱気に押した。


「ないわよ」

「ないって?」

「最初に言ったように秘密なの、ごめんね?」

「そんな――」


 そんなことを認めるわけにもいかず、抗議こうぎしようと開いた口は、口元に立てられた人差し指によって止められる。


「わかってるでしょ? 私はだます人間だし、誤魔化ごまかしたりもするけど――嘘はつかない」

「っ!? それは――」


 それこそ確実に嘘で、平気で嘘をつく。

 だが――真面目に接する相手に、小手先の嘘でげる人間ではなく、そのことはヒヤマも承知している。


「それに――あなたは一つ勘違かんちがいをしてるわ」

「なにを……?」

「あなたと付き合うのはばつゲームなの? 私が違うというのは――違うからよ」

「……」


 ヒヤマは思わず顔をひそめる。


 天女のごとく微笑んで、ほおでられながらかけられる言葉に泣きそうになるのだが、そもそも罰ゲームじゃないなら素直に付き合って欲しい。

 そして――こんなことを言われることをうれしく思い、照れてしまいそうになるヒヤマは、なんとか顰めっ面を維持いじする。


「じゃあね」


 頬にかすかな余韻よいんを残して、カンラギはかかとを返して歩き去っていく。

 本当か? と、ヒヤマは疑問に思うが、それ以上にけに負けた――これだけは間違いないと、確信してしまう。


「カンラギ……」

「なに?」


 くカンラギに追いすがろうとして――きたなさとずかしさでなにも言えなくなり、それでも呼び止めてしまったため、なんとか話題をねじり出す。


「そういや――リーフが聞いてたぞ」

「なにを?」

「えっと、ラスターだっけ? 彼をほっといていいのか? って」

大丈夫だいじょうぶよ」

「そうなのか?」


 カンラギがいうのならそうだろうと思うが、それでも――


「保健室にいるなら見舞みまいとか――」


 十番隊に入ったということは、カンラギに何かしらの思惑があることまではわかっている。

 しかしながら、会長の立場にあるものが丸投げをしていい理由にはならない――それなりにまともな倫理観と責任感を持ち合わせた上で、カンラギの我儘を許しているのが、ヒヤマ=ソウジという男であった。


「もう帰ったわよ」

「えっ? 電車は動いてないのに!? 大丈夫なの?」

「えぇ、私が送ったから……」

「そっかー……?」


 強烈きょうれつに押し寄せる違和感に、ヒヤマはなんともなしに聞く。


「へー。なにで?」

「車で」

「きみが?」

「……えぇ、私が」


 いやな雰囲気を感じて、カンラギは露骨ろこつに目をらす。

 間違いを犯さない人間ではないが、この学園トップを務める生徒会長――馬鹿ばかなどでは決してない。


「君が? あの車で?」


 ヒヤマはじっと見据みすえて質問する。

 パルストランスシステム――その内容をカンラギから聞き出すのは、実はかなり難しい。

 カンラギをふくむ技術者のことを、ラスターは話したがりのように思っているが、それは少し違う。


 彼らの研究技術があまりにも日の目を見ないピーキーなものをあつかっているため、少しでも興味を持って欲しくて話すのである。

 その点で言えば、パルストランスシステムは汎用性はんようせいこそないが、有用性はあるため話す必要はない――では、なぜベラベラ話したのか?

 それはもちろん、ラスターが夜明けの騎士であったがため、カンラギは少しでも興味を持って欲しかったからである。


 ――逆に言えば、ラスター=夜明けの騎士が成り立たなければ、彼がいる場所は保健室のはずである。


「それって、つまり――」


 ヒヤマが真相に気付いて目を見張る。


「そうね。正解よ」


 カンラギは誤魔化すことなくはっきりと肯定こうていする。


 一応つこうと思えば、嘘はつける。


 パルストランスシステムの説明をせずに、自動運転車として乗せたと説明すれば筋道だけは通る――カンラギの人間性的に、度をした親切のようにも見えるが、ミレアという存在も込みでなら特に不思議ではない。


「あなたも気付いた通り、彼が夜明けの騎士よ」


 話題にするタイミングが非常に悪く――正体がバレてしまい、


「だから、約束通り――外したけど正体は秘密にしてね」


 順番に関しては、幸運であった。


「外した……」


 未練がましくぽつりとらされるが、カンラギはすずしい顔のまま聞き流す。


「これからも仲のいい――お友達でよろしく」


 ある意味残酷ざんこくとしか言えない止めを刺した後、元来の予定をこなすべく、カンラギはエレベーターに乗って自室へ向かう。一部の生徒だけではあるが、宿泊施設しゅくはくしせつ以外にも自宅として、学校の校舎に住まうことが可能である。


「……大丈夫よね?」


 カンラギは久しぶりに他人に刺されるかもと思ってしまう振り方をしたことを反省する。


「クローンか、その発想はなかったなぁ」


 ラスターがバレるはずがないと思いながらも、十番隊に無理やり入れた不自然さや、ReXのうで唯一ゆいいつ未知数の人間となれば、もしかして気づくかもしれないと心配にはなった。


「それに……今思えばラスターくんの偽装ぎそうって似てる?」


 金色の髪に、青色の目――そして厚底ブーツによって底上げされた身長。

 マスク越しとはいえ、第二生徒会の面々は根本から違うことに気付いたのだろうが、その身体的特徴とくちょうは、まさしくフォビルと酷似していた。


「意外と彼を英雄えいゆう視してたのかしら?」


 彼の生前、カンラギが一番接していたのはフォビルではある。

 夜明けの騎士について聞かせてもらう以外にも、パイロットとしての技術が高く、一緒いっしょにいて楽しい相手ではあった。


 そんな男の姿に変装させる倒錯とうさく嗜好しこうを、カンラギは持ち合わせていないはずだが――無意識に思うところがあった思考をえていく。


「まぁ今回は都合良く、誤解を引き出せたということで」


 だが、この行動が都合の悪い誤解まで、引き出しかねないのも事実。


「さてと、とりあえずお仕事しなくちゃね」


 そして――これからの起爆剤きばくざいもね。

 大規模作戦が終わり関わる理由がなくなった今、嫌われないように――そしていからせるようにと算段を立てていくのであった。

 

 第一巻完

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一閃断空のバーサーカーナイト かむや @793tokiame

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