空のお気に入り
柴田 恭太朗
空は見ている
空は高いところから地上を見下ろすのが大好きでした。
地上の人間たちが日々の仕事にせっせとはげみ、
アリが地面に落ちたキャンディなんぞを発見した日には、小さな生物たちは大騒ぎです。ぞろぞろ長い列を作って並んでは、いそいそと巣に運んでゆきます。列の途中で触角をフリフリするのは情報交換でしょうか。あっちに甘い
空が人間を観察するのは、アリの観察とまったく同じ気持ちなのです。見ているだけで愉快なのです。
今日も今日とて、空は地上を見おろしていました。
地上では人間がせっせと畑をたがやしています。とてものどかです、すばらしく平和で牧歌的です。それはとても空のお気に入りの光景でした。嬉しくなった空はニコニコとほほ笑みました。
空がほほ笑むとギラギラと太陽が照りつけます。空はたいへん人々がお気に入りだったので、ほほ笑み続けました。来る日も来る日も。そう、何カ月も。
すると地上は灼熱の太陽が照り続けたものですから、たまったものではありません。ひどい干ばつが起こり、地はひび割れ、草木は枯れはて、人々は飢えと渇きに力つき、とうとう死に絶えてしまいました。
空はお気に入りの人間たちが死んでしまったので、仕方なく別のお気に入りを探す旅にでました。次のターゲット、じゃなくてお気に入りはすぐに見つかりました。
両親をなくした幼い少女です。身よりのない少女は悪いおじさんにこき使われて、街頭でマッチ売りをさせられていました。可哀想ですね。可哀想な子どものシチュエーションは、空の大のお気に入り設定なのです。さっそく空は観察を開始しました。
雪の降りしきる夜の街。寒さにこごえたマッチ売りの少女が白い息をはきながら、通りを行く大人に声をかけます。
「マッチいかがですか?」
「ごめん。タバコ吸わないんだ」
つれない返事が返ってきました。
「タバコお好きですよね? マッチいかがですか?」
「残念。これ電子タバコ」
嫌な時代です。
マッチ売りの少女は悲しくなって泣いてしまいました。それを見ていた空も、もらい泣きをしてしまいます。空は、連続テレビ小説好きのオバちゃん並みに涙もろいのでした。
でも、ニコニコしただけで干ばつが起こる空のことですから、さあ大変。
空が流した涙は猛吹雪となって、マッチ売りの少女の街を覆いつくし始めます。降る雪の勢いは、すさまじいものがありました。どれほどスゴイかといえば、世界一の豪雪地として名高い日本の酸ヶ湯をも超えてしまい、ギネスブックの記録を更新したレベルでありました。
街に住む人々はどうなったかといえば、後にこの惨事を知った詩人がうたった詩がありますので、その一節をご紹介しましよう。
「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。」三好達治(※)
なるほど、このとき太郎は永遠の眠りについていたのですね。よく国語の試験に出題される太郎を眠らせた犯人、もとい主語とは「空」でした、たいへん難解な詩であります、こんなの分かるわけないじゃないですか。長年生徒たちを悩ませてきたミステリーが解決してスッキリしましたね。
さて。
首尾よく、マッチ売りの少女の街と太郎を雪で封じ込めることに成功した空ですが、ただ一人生き残った者がいます。それは次郎だろうって? ちょっとここ叙述トリックっぽいですからね。でも違います、次郎も永遠の眠りについたと詩の続きに書かれています。
生き残った者とは誰あろう、空のお気に入り、マッチ売りの少女なのです。
少女の街に豪雪が降り始めると、国際救助隊サンタクロースの元に救助要請が入りました。すぐさまトナカイのエンジンを始動しソリに飛び乗るサンタさん。今日は重いプレゼントが不要です。身軽なソリを引くトナカイも赤鼻のサーチライトを左右に振って、雪の街の上空からマッチ売りの少女を探します。
いました。地上から手を振っています、マッチ売りの少女です。
サンタさんはソリを急降下させ、半身、雪に埋もれた少女が伸ばす手をにぎりしめ、ソリの上へと引き上げました。
間一髪の救出劇に感動した空は大泣きします。みるみるうちに街は雪に覆われ、そこに人が住んでいた痕跡すら残さないほどでした。
そしてまた。
ひとしきり大泣きして
次はあなたの街に来るといいですね。
終
※:著作権は切れています。念ため確認済
空のお気に入り 柴田 恭太朗 @sofia_2020
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