ふるさと 🏞️

上月くるを

ふるさと 🏞️





 どうかな、分かるかな。(*'ω'*)

 心配は杞憂に終わった。(*^-^*)


 数十軒の石塔が林立する☆◇一族の墓苑の真ん中あたりに、父母の名を見つける。

 先年、墓石を新しくしてから何度か来ているが、ひとりで来るのは初めてだった。


 ここにはご先祖や父母をはじめ、可愛がってくれた叔父や叔母たちも眠っている。

 途中で買って来たお花を供えながら、不覚にも、まぶたからしずくがこぼれ出た。



 ――この土地は、まぎれもない、おれの故郷だ。(*´Д`)

   だれにどう謗られようと、おれのルーツだ。(/・ω・)/



 黙って見守ってくれている故郷の山に抱かれて、幼児のように泣きじゃくりたい。

 ええ~ん、ええ~ん、ええ~ん……思えば、ずいぶん遠くまで来たものだ。💧




      😭




「あのな、モトヒコがな、遺言を書けってうるさくて困るだよ」

 あんちゃんがいないとき、病床の老母がシワの口をすぼめた。


 なにを警戒してか、あんちゃんは見舞いに行ったおれと母親をふたりきりにさせなかったが、四六時中というわけにいかず、老母もそのスキを見定めていたのだろう。




      🛌




 父が早逝してから半世紀、再婚もせず家を守って来た母が九十九歳で枯れたように逝くと、納骨も済ませないうちから、あんちゃんが遺産相続の話を持ち出して来た。


 総遺産はこうこうで、その内訳はこうこう……立て板に水で説明すると、ひときわ肩を怒らせたカマキリみたいな目でおれを見て「このあたりのやり方でいいよな」。


 跡取りが過半を相続するのがふつうで、その他の法定相続人には一切の権利を強制放棄させる家も少なくないというのが、いまだ昭和のままの村の慣習であるらしい。


 弟のおまえは外へ出た人間で、家も墓も兄の自分が守って来たんだし、これからも自分の子どもたちが守って行くのであるから、これだけはずめば文句はないだろう。


 村の慣習としては破格の四分の一をくれてやるから、すぐにも署名捺印してくれ。

 近所の丘陵のスーパー銭湯の食堂で、キツネうどんをすすりながらの会話だった。



 ――おまえ、行く当てがなければ、☆◇の墓に入れてやってもいいぞ。(*ノωノ)



 そのときはまだ真実を知らなかったおれに「墓守」を名乗るあんちゃんは言った。

 入れてやるもなにも、兄個人のものではなく、親戚一同で建てた墓なのだが……。




      🍜


 


 やけに急ぐな、ふつうなら葬儀や法要が一段落してから、ゆっくり開始する話じゃないのかなと思っていたら、本当は隠し遺産が倍以上あったことがやがて発覚する。

 

 長年、母に仕送りして来たが、法定の遺留分も放棄していいと思っていたおれは、税理士の説明を聞いて悲憤に駆られ、収拾がつかないほどグルグル捩じれていった。


 平然としているあんちゃんにとっての法律はあくまでタテマエに過ぎないらしい。

 この程度の認識の男を管理職に置く農業団体という組織にもおれは疑義を抱いた。




      🐊




 それからの大騒動(いわゆる骨肉相食む)の醜さについては思い出したくもない。

 ふだんは争ってばかりの家族が、利害を一にすると急に結束するブザマも知った。


 

 ――いくらおまえでも、まさか一茶みたいなことは言い出さないだろうな。('_')

 

 

 なかなか署名しないおれに苛立ったあんちゃんは、薄い唇をへの字にひん曲げた。

 江戸から柏原へ帰郷した小林一茶は、生家を真ん中で間仕切りして、弟と分けた。


 住んでいる生家を物理的に半分にするなど荒っぽ過ぎるといまでも批判されるが、老いさらばえて帰った故郷の継母や弟の圧迫に堪えかねての最終手段だったはずだ。



 ――いい歳して所帯も持てないやつは、世間さまが信用しないんだぞ。(一一")



 たしかにおれはバツイチだが、それがなにか? あんちゃんの口から毒が吐かれ、嫂の忌まわしげな視線に絡め取られるたびに、おれの気持ちは故郷から遠ざかった。




      💐




 それではいけないと思い直し、のちの彼岸と言われる秋彼岸を前に東京から直行した墓は、朝に夕べに仰いで育った火山の孤峰を背に、穏やかに微笑んで迎えてくれた。



  ――だれがなんと言おうと、ここはまぎれもないおれの故郷だ。(´艸`*)



 目を閉じて合掌すると、阿弥陀仏の御手に抱かれているような安寧が湧いて来る。

 そうだ、なにを思い煩うことがあろう、すべて御仏の御心のままにお任せしよう。




      🔹🔸🔹🔸




 数年のち、おれは夏目漱石の代表作のひとつ『こころ』を再読する機会を得たが、若いころの初読の印象と作品の本質がまるで乖離かいりしていることに心底から驚愕した。


 抽象的でアカデミックな高等遊民小説と思っていたが、実際は親を亡くした少年が叔父に遺産を騙し取られてから人間性が変わってゆく……いわば懺悔の記録である。


 似たような経験をしたおれの関心は、後半を長々と占めている恋の鞘当ての相手の自滅という青春譚にはなく、さらなる通俗中の通俗である遺産の相続問題にあった。


 もとより小説はフィクションだが、仔細を知らずに具体的な記述は至難ゆえ、高潔な学者の権化のような漱石も俗と無縁でいられなかった事実に妙な安堵感を抱いた。


 そして、騙した自分をさらに利用しようとした叔父一家と絶縁した主人公は、出郷以来一度も父母の墓に詣でていないようだが、いつかはそっと訪ねることを祈った。




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