リケジョvs僕:空について

西野ゆう

第1話

 僕は何を見ているのだろう。

 最初は確かに燃えるような朝焼けの空を見ていた。

 空は真っ赤に燃え盛っているのに、その下に広がる湖の水は凍り、いくらかの雪と共に浮かんでいる。

 もちろん僕は知っていた。この景色が千変万化であり、だからこそ千姿万態であると。

 でも、彼女はきっとこう言うのだ。物理法則が千篇一律であるが故だと。

 彼女が作るベッドの上の膨らみを見て、また僕は窓の外へ顔を向けた。僕の息で、ほんの少しガラス窓が曇った。その曇りも、絶えず稼働しているホテルの空調で消えた。

 本当に奇麗な朝焼けだ。

 あと何分、いや、何秒この景色が見られるのだろうか。

 より空の高い所を見ようと、嵌め殺しの窓に顔を近づけるが、二重ではないガラスは、僕の呼気に含まれる水分を水滴にして窓に留まらせた。こうなると、空調の力だけでは透明なガラスには戻らない。

 僕はスマホを構え、少し横にずれて空を写した。

 そうだ。僕は空を見ているはずだ。

 間に挟まれているガラスでもなく、湖上の雪から立ち上る水蒸気の粒でもなく。暖色に染まる雲を含めた赤い空。

「何してるの?」

 スマホのシャッター音で起きたのか、彼女が僕の横に立った。

「凄い色だね」

 そう言ったのは、彼女だ。寝ぐせで跳ね上がった短い髪を、手櫛で繰り返しすいている。

「うん、空を見てたんだよ。奇麗な朝焼けだよね」

 彼女が「凄い色」だと、僕と同じ感動を覚えてそれを口にしただけで、僕は嬉しかった。

「地平線の下にある太陽が、巻雲を下から照らして波長の長い光を反射させているんだね。雲のない箇所も氷の粒が広く存在しているんだろうなあ」

 僕は苦笑するしかない。

 苦笑しながら、啄木の詠んだ二首の短歌が脳裏に浮かんだ。


 青空に消えゆく煙

 さびしくも消えゆく煙

 われにし似るか


 不来方こずかたのお城の草に寝ころびて

 空に吸はれし

 十五の心


 僕の心も吸い込んでいきそうな空だ。毛細管現象のように。

 ただ、若い啄木と違う。僕は心が吸われても、惹きつけられるだけで、空虚にはならない。

 そんな僕を惹きつけるもうひとつの対象は、僕と同じ景色を違う目と心で見ながら、僕の腰に腕を絡ませてきた。

「あなたにはどういう風に見えているの? 教えて」

 身体を密着させた彼女の口が、丁度僕の心臓の高さで呟いて更に続けた。

「この場合の空は、地物、生物、天体を除いて、雲を含めた頭上に広がる空間ってことで」

「そうだね、奇麗だよ。君と見る空はいつでも」

 彼女の腕の力が、少し増した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リケジョvs僕:空について 西野ゆう @ukizm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ