第14話
目が覚めた。窓からは日差しが差し込んでいる。
「んーっ」
「ホップ。ホップ!」
窓際に立つその人がおろおろとした声で僕の名前を呼んだ。視界が段々と明るさに慣れると同時にその声を聞き、ラミアの顔が見える。
「あ、ラミア。えっと、おはよう。」
目は覚めたものの、今がいったい何時ごろなのかが分からない。
「ホップ良かった。私、もう、」
彼女は大粒の涙を流して泣いている。
そんな彼女を見て起き上がろうとするが体が痛んで思うように動かない。
「っいってて。」
「すぐに人を呼んでくるからそのまま横になっていて。」
ラミアは慌てて僕が起き上がろうとするのを抑えると、そのまま動かないように言い一度部屋を出た。
僕はとりあえずベッドの上に座り、彼女を待つ。
ラミアはすぐに戻ってきた。
「坊ちゃま、大丈夫ですか!」
ラミアに連れられてきたのはセバス爺だった。
僕のことを心配してくれているけれど、彼もまた顔や額に傷があり痛々しい様子だ。
「うん、ちょっと体はいたいけど平気。」
「よかった。これでとりあえずは全員意識を取り戻しましたね。」
「えぇ、まずは一安心ね。」
「そっか。僕が一番長く眠っていたんだ。じゃあ、シエルや父様も無事なんだね。」
「はい。グレード様はケガこそされていますが命に別状はありません。シエルお嬢様もお元気にされています。」
僕はセバス爺のその報告に安堵する。
するとラミアが改まったように僕を見る。
「どうしたの?」
「ホップ、本当にありがとう。あなたのおかげでみんなが助かったわ。」
「そうですね。恥ずかしながら、意識がもうろうとしていてあの場でのことはほとんど覚えておりませんが、ラミアお嬢様からお話は聞きました。坊ちゃまの勇気ある行動があの黒鳥を退けたと。」
言われて僕はその時のことを思い返す。
―――――――――――――――――………。
「……僕はちゃんと守れたんだ。」
「そうよ。あなたの勇気がみんなを救ったの。」
「うん」
言われて少し恥ずかしくなって少し下を向く。
けれどその事実は確かに胸の中で感じた。
僕はもう一度記憶を整理しながらその時の気持ちを思い出していた。
ガチャッ
するとまた扉が開いた。
少女が一人、笑顔で目に涙を浮かべながらそこに立っていた。
「ホップ。……˝うぅ、˝うぅぅー、ホップ。」
嗚咽とすすり泣く声を混ぜながらシエルは僕の名前を何度も呼ぶ。
だから僕もその名前を呼びたくなった。
「シエル」
シエルは僕をじっと見て一歩ずつ歩み寄ってくる。
「˝うぅっ、ホップ」
けれど途中でラミアが視界に入るとどうにも我慢できなくなってしまったようで、シエルはラミアに抱き着くとついに声を荒げて泣き出してしまった。
「もう、この子ったら。」
「はは、目覚められたお姿を見てご安心なさったのでしょう。ずっと心配しておられましたから。」
セバス爺は穏やかに僕にそう伝えてくれる。
僕はその様子を見ながら自分が守ったものの価値を改めて感じた。
けれど、そうすることができたのは二人がいたから。シエルが信じて僕の手を引き、ラミアが願って僕の背中を押してくれてから。
だからできた。
だから僕はこの気持ちを二人に伝えた。
「シエル、ラミア。ありがとう。」
シエルは少し泣き止んでこっちに顔を向ける。
そして満面の笑みでほほ笑んでくれた。
それを見ることができただけで本当によかったと思えた。
「それでは私はそろそろ戻ります。」
そう言ってセバス爺は部屋を出て戻って行った。
「そうだホップ。お腹空いていない?何か食べるものをもらってきましょうか。」
そう言われると確かにすごくお腹が空いている。
「うん。お願い。何だかいつもより食べられそうだからたくさんもらってきて」
「ふふっ。わかったわ。まぁそう言いながら私もなんだけれどね。すぐに取ってくるわ。シエルはここでホップと一緒にいてね。」
「えぇ、わかったわ。」
そして僕たちはラミアが持って来てくれたたくさんの食事を三人でいつも以上にお腹いっぱい食べた。
「はぁ~、お腹いっぱいだよ。」
「たくさん食べたわね。」
「おいしかった。」
僕たちはそれぞれにその幸せを言葉にして至福に浸った。
「ふあぁ~ぁ、」
お腹がいっぱいになると今度は眠気を感じてあくびが出る。かなりの時間眠っていたはずなのに不思議だなと思う。
「まだ体が疲れているのね。もう少し休んだ方が良いわ。」
「うん。そうするよ。」
「じゃあ、また後でね」
そう言うとラミアは立ち上がって優しく手を振った
「ホップ。早く元気になってフロートのところにお礼しに行こうね。」
シエルも小声でそう言い、ラミアの後を追いかけた。
「そうだね。ありがとうシエル。」
「それじゃ!」
「シエル、今なんて言っていたの?」
「何でもないよ。」
二人に声を聞き終わると僕はもう一度ベッドに横になった。
コンッコンッコンッ
しかし数分もしないうちに扉がノックされる。
「ホップー」
僕はその人を迎え入れるためになんとかもう一度体を起こす。
ガチャッ
「ブレイデル先生」
「おお、生きてるな!」
「勝手に殺さないでよ。」
お互いそんな軽口を挟む。
「これでも結構心配したんだぞ。だってお前、何かすげーやばそうな感じのところですげえやばそうにしてるし、駆け寄ったらそのままぶっ倒れるしで、」
そう言われるけれど、最後の方のことはほとんど覚えていない。
「何かそうみたいですね。」
「なんにせよ、生きててよかったぜ。」
「まぁなんとか、」
「ラミアが言ってたよ。お前のおかげでみんなが助かったって。お前がみんなを守ってくれたって。」
「うん。先生に言われた通り、守ろうって思ったら僕にもできた。ありがとう先生」
「何言ってる。お前がそうしようと思ったからできたんだ。自信持って胸張れ!」
先生はそう言ってくれるけれど、やっぱり僕はあの時のことを思うとシエルとラミアの二人がいてくれたことが何より大きいと思う。
「僕一人の力じゃないよ。シエルとラミアがそばにいてくれたから、だから勇気が出たんだと思う。」
また少し卑屈っぽく言ってしまっただろうか。そう思い先生の方を見ると彼はじっと僕を見て力強く言う。
「あぁ、それでいいじゃねえか。というかそれでいいんだよ。」
「え?」
「あの二人がそばにいて、一緒にいて守ろうとしたんだろ。だから勇気を持って立ち上がれた。それで立ち向かってそこにいた全員をお前は守った。」
僕は先生の言葉の続きを静かに聞く。
「もしかしたら逃げ出してたかもしれないのに、お前はあの場所から逃げなかった。自分の役目を自覚して剣を持って立ち上がって立ち向かって、それで守ったんだ。やった本人は当たり前のことかと思うかもしれねえけど死ぬかもしれない状況だ、誰にだってできることじゃない。俺だって逃げたかもしれない。」
「先生でも?」
「そりゃそうだ。誰だって死ぬのは怖いからな。」
言われるが正直そこまでのことは考えていなかったと思う。
「逃げたらみんなが傷つく、というか死んでしまう。僕がやるしかないんだって思ったらもう体は動いてたような気がする。」
「すごいことなんだよ、それは。」
「うん。」
「それが守るってことだ。」
言われて何となく納得できた。
すると自分の起こした行動と気持ちが今になって少しずつ繋がった気がした。
「ホップ!」
「はいっ」
先生が急に大きな声で僕の名前を呼ぶ。そして静かに続ける。
「お前の周りにはお前のことを想ってくれる人がいる。そしてお前はその想いを受け取って力にすることができる。だから恐怖を乗り越えて立ち上がり、立ち向かえる。それができればいいんだ。」
フロートにも同じようなこと言われたっけな。
「うん。」
「たぶん守るっていうのはそう言うことなんだよ。」
なんだか話が大きすぎて今の僕には実感が湧かった。
けれど僕は守った。二人の思いを受け取って。
だから先生が言ってくれた言葉も少しだけ受け取れた。
「まぁ、俺には難しくてよく分からないけどな。」
そう言うと先生はまたいつもの雰囲気に戻った。
そして適当に話を終えると「じゃあな!」と言って部屋を出た。
ふと窓の外に目を向けると差し込む光は茜色に変わり、静かな空気が漂っていた。
あの時の出来事、行動。なんだか夢でも見ていたんじゃないかと思ってしまう。
でも体は動くとやっぱり痛くて、そこに自分がいたことを自覚させる。
「想いを受け取る、か。」
ブレイデル先生が言ったことが頭の中で反芻する。
そんなことが僕にできたんだろうか。ただ無我夢中でやってできただけなんだけどな。と、今はまだそんな風にしか思えない。
けれどその想いに嘘はない。それがあったことは事実だ。
考えても分からないけれど今はそれでいいんだと思えた。
代わりに読み損ねていたあの絵本の最後の文章が頭に浮かぶ。
光はその希望に宿り、それはどこまでも今を未来に導く。
そしてその光はきっと未来で受け継がれ、たどり着いた先でまた新たな光を灯す。
そうして運命はどこまでも光で照らされる。
その意味に少し気づいた僕はその少年に一歩だけ近づけたんじゃないかと思う。
悲しみや不安、恐怖に襲われ挫けることがあるかもしれない。誰だってそうだ。けれど希望は捨てないで。隣いるその人の光があなたを照らしてくれる。そしてまた希望に光が灯る。その姿を見てまた誰かが立ち上がる。
そうやって世界は輝き続けるから。
トライアングルストーリー 青色星人 @ao-iroseijin
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