第13話
僕たちはまずこの城で一番高い場所、塔の最上部にある「王の間」を目指すことにした。そこには父様やセバス爺がいる。
最短で行くなら目の前の長い廊下を進めばいいけれど、そこには煙が立ち込めて奥には炎が燃えている。
ボゥォーンッ
遠くから炎による爆発も聞こえる。
「この先は通れない。一度下まで降りて中庭を横切って行こう。」
僕は手前にある一番近くの階段を指差して二人に目で指示する。そして周囲の様子を見ながらそこを慎重に下っていく。しかし少し冷静になると城内は意外にも静かだ。それが逆に不安を煽る。
一歩、一歩と下っていくと出口の扉が見えた。
恐る恐る扉を開けて周囲に何もないことを確認し、僕は後ろに控える二人に頷いてそれを知らせる。二人も僕を見て頷き、そのまま手を繋いで反対側の扉を目指す。
そして走り出して半分の距離まで進んだところで目の前から黒い霧のようなものがゆっくり、けれど確実にこちらへと迫ってくるのが見える。僕はそれを見てたじろぐ。
「ホップ見て後ろからも!」
言われて振り返ると後方からもそれは流れ込んでくる。いや、前後じゃない。この広場一帯がもうすでにほとんど覆われてしまっている。
ジャラジャラジャラッジャラジャラジャラジャラジャラッ
そうかと思うと突然上から小さな石のようなものが辺りに降ってきた。
わけがわからず立ち止まったままでいると今度はその霧がひとつ、またひとつとまとまりを作り黒い人型の影のようになっていく。
「何なんだ。これ……?」
それらは意思なく、ただ辺りを徘徊し始める。
僕たちはそれをただ茫然と見つめていた。
しかし、僕は怯える心を何とか落ち着け、肩にかけていたバッグをラミアに預ける。
「これ、持ってて。」
そして木刀を持ち、迫りくるそれらへと剣先を向けて立ち向かう。
「うぁぉーーーーー」
声を荒げながら影の頭上めがけて、思いっきり木刀を振りかざす。
するとそれは目の前で呆気なく塵になって消えた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、……。」
手応えのなさに困惑しつつも、僕は後ろにいる二人見る。そして、今は彼女たちを守るということだけを意識してブレイデル先生との稽古を思い返しながら一心不乱に木刀を振り、一体ずつ切り伏せる。
こいつら数は多いけど、一体一体は強くない。
そう思った僕は先ほどよりも少し大振りになりながら、薙ぎ払うように剣を振る。
「これならなんとかいけるか?」
しかしそう思ったのもつかの間、視界の端では今倒したはずの何体かがゆっくりとその形を再び形成している。
「そんな…。」
その様子に気圧されそうになるけれど、その視界の中に二人の姿が映る。
今はそんなことはどうでもいい、とにかく守らないと。そう自分に言い聞かせて、次々と迫りくる影に立ち向かう。幸いというべきか、それらのほとんどはなぜか僕を標的にしているようで二人の安全は保たれている。しかし、倒したと思ってもまたすぐに復活してくるのできりがない。
だんだんと息が切れてくる。
「はぁ、はぁ、数が多すぎる」
僕がそう漏らした時、後ろでシエルが突然立ち上がる。僕とラミアは驚いて彼女を見る。
「お父様たちには内緒にしておいてね」
そう言ってシエルは右の袖をまくる。
彼女の手首に何かがぶら下げられているのが見えた。シエルはそれを右手で握りしめるとそのまま祈るようにそれを胸に当てた。
するとそこから炎のような赤い光が輝きを放ち、それが周囲を照らし出す。
「まさかそれ、魔石?」
「私も戦うから。」
自身を鼓舞するためか、彼女はそう言うと僕もよく知る構えをして見せる。
「シエル、あなたもしかして?」
「ショウ先生の構え?!」
「実は結構前からみんなには内緒で習っていたの。」
それだけ言うと彼女は視線を一点に集中させて、突き出した左手をじっと見つめる。そして握られた拳を強く引き、目の前の影に向けてその拳を突き出す。
「ハァーッ!」
シエルの拳がその中心を貫くと、さっき僕が倒した時のように影は塵となって消えていった。
「……す、すげぇ。」
突然の出来事と彼女の強さを目の当たりにした僕は思わず緊張感のない感想を零す。
シエルは緊張感からか少し息を乱しつつも次に向けて構え直し、僕を見て力強く頷いた。
「ホップ、やるよ!」
「うん。あるがとう、シエル!」
一言そう返し、僕は柄をもう一度強く握り直す。そしてしっかりと重心を落とし、力強く地面を蹴って切りかかる。
「ハァーーッ、ハッ ハッ ハッ ハッ ハッ!」
「フッハッ フッフッハッ!!」
僕とシエルはお互いを背にしてそこに蔓延る影の軍勢を次々に倒していく。しかしその内の数体は先ほど同様になぜかすぐに復活してしまう。しかし、
「明らかに復活していないのもある、いったいどうすれば」
シエルの方を見ると、彼女のところにではそれらが復活している様子はない。
すると僕の視線に気づいたシエルに目で合図され、一旦引いてラミアのそばへと戻る。
「はぁ、はぁ、どうしたのシエル?」
「たぶんだけどひとつだけ分かったことがあるの。」
「うん。」
「あいつらの胸の辺り見て。暗くて少しわかりにくいけれど、よく見ると小さな石みたいなものが浮いてるの。」
そう言われた僕はふと、戦い始める前に小さな石が降ってきたのを思い出す。
「それでホップが戦ってくれているのを見ていたら、その部分を上手く攻撃できた時は、その石が砕けてその後あの影が復活してこなかった。」
なるほど。だからさっきシエルは搦め手を使わずに真正面からやつらの中心を貫いたのか。
「全然気が付かなかったよ。」
「私も半信半疑だったから。自分で試してやっぱり、って思った。それにホップが最初に頑張ってくれていたおかげ。ありがとう。」
その言葉に自然と僕も勇気をもらう。
「それがわかればこっちのもんだ!やろうシエル。」
そう言って僕が目の前の影に狙いを定めた時だった。
パチパチパチパチパチッ
拍手をする音が聞こえる。見ると広場にある石柱の上に誰かが座って手を叩いている。
「お見事。」
「誰、ですか。」
フードを被ったその人は僕の質問には答えず、一人でしゃべり続けている。
「やはり欠片ほどのものでは弱点を突かれればこの程度か。」
「何なんですか、これはあなたの仕業なんですか?」
彼は頤に手を当てて首を傾げている。その様子を訝しんでじっと見ていると、彼はその場に立ち上がりパチンッと指を鳴らす。
「仕方ないですかね。」
すると、広場に漂っていた黒い霧と影は溶け合うように一点に集まる。そしてそれらは見る見るうちにまとまっていき新たに大きな巨影となった。
それを見上げた僕の足は無意識に二、三歩後ろに下がる。
「ホップ逃げて!」
シエルの叫びが耳に届くと、3メートルほどに巨大化した影の拳が目の前に迫る。寸前のところでそれを受け止めるが、衝撃によって後方へと吹き飛ばされる。
「うわーーーあぁーー。」
倒れ込む僕の元にシエルとラミアが駆け寄ってくる。
「ホップ大丈夫?」
痛む身体を堪えてシエルとラミアに支えられながら何とか起き上がる。
どうやらただ大きくなっただけではない。けれどその体の中心にはさっきまでと同じように黒い石のようなものが浮いている。
おそらく弱点はあそこだ。
僕とシエルはお互い目でタイミングを見計らい、同時に左右から一気に畳みかける。
先にシエルの光る拳が影に届く。それは左手で防がれてしまうが、その隙を突いて僕は右足に切りかかる。しかし、その部分は掠れたように輪郭が一瞬ぼやけるだけで体勢が崩れることはなくダメージも全くない。
影は標的を僕に定めて左右の腕での叩きつけや蹴りで攻撃してくる。僕はそれらの猛攻を何とか受け流すがやはり等身の時よりも一撃一撃が重い。それに耐えていると後ろからシエルが地面を蹴って跳躍し、影の胸部めがけて渾身の一撃を加えた。
その衝撃と共にその巨体は背面から地面へと倒れ込む。
「やったか?」
「いいえ、まだ。手応えはあったけど、硬くて砕けない。」
シエルがそう言い終わるころには、その巨体は何事も無かったように起き上がる。そして僕の横で彼女は自身の非力さを悔やむように顔を顰める。
「手応えがあったなら何度も攻撃を当て続ければきっと倒せる。諦めずに行こう。」
そう言うと僕たち二人はもう一度二方向から同じように影めがけて走る。
そして相手の攻撃をかわしながら隙を見て胸部の黒い石に攻撃を当てる。影は力こそあるが、動き自体は単純かつ緩慢だ。時間をかければ倒せる
僕たち二人は全力で影に食らいつき攻撃する。
確実にダメージは与えている、倒せる。
その時、影が横に薙ぎ払った掌がシエルを直撃して彼女は転がりながら地面に倒れ込む。
「シエルッ」
ラミアの悲痛な叫びが聞こえ、僕もシエルの元へと駆け寄る。けれど彼女はすぐに立ち上がって服に付いた汚れを払って見せる。
「ごめん油断した。」
「それはいいけど、大丈夫?」
「ちゃんと受け身は取れたから。けど、さすがに体力の限界かも。」
それには僕も同じだ。時間をかければ倒せるといっても、今のペースだと今みたいにこっちの体力と集中力が切れる方が早いだろう。僕たちじゃ勝てないのか。
と、後ろ向きな考えが過った時シエルがラミアに預けていた僕のバッグを指差す。
「ホップその中に私が持ってるのと同じ石あるよね。」
そう言われ、僕はバッグの中の小袋から3つのそれらを取り出す。
「ホップの剣にその石の力を籠めればきっとあいつを倒せるわ。」
そう言われるが、僕は前にジルマーナ先生の授業で魔石を使ったときのことを思い出す。
「無理だよ。前に使ったときは大して強い力にはならなかった。今だってシエルの方が……。」
こんな時ですら僕は卑屈になり立ち上がれない。
「「ホップッ」」
二人の声が重なり僕の名前を呼ぶ。
突然のことに3人ともが驚きお互いに目を合わせる。
そしてまずはラミアがそっと優しく笑いかけてくれる。
「大丈夫よ。あなたならできるわ。だってホップは私が知っている人たちの中で一番優しいもの。今だって私たちを守るために戦ってくれている。誰にでもできることではないはずよ。あなたは昔から自分に自信が持てずに落ち込んでしまうことがある。けれど決して弱くわないわ。だから立ち上がって。背中を押すことはできるから。」
そう言われ、僕は三つの中でなら一番うまく扱えた青色の魔石を握りしめて立ち上がる。
すると今度はシエルがその僕の手をそっと握って語りかけてくれる。
「使える力が強くなくていいの。ただホップが持っている、誰かのために頑張るときの力をくれればそれでいい。私もまだ頑張るから。だからもう少しだけ頑張ろう。そうすればあんなやつ簡単に倒せちゃう。私はあなたを信じてるいから。」
シエルがそう言い終わった時、その手に握った魔石が青い輝きを放つ。手を開くとそれは輝きを増していき辺りをその色で包んでいく。
「「ほらね、できた。」」
そう言って二人は僕に微笑みかける。
僕はその光を手首にしっかりと巻き付け木刀を構える。
するとその刀身はシエルの拳に灯っていた時と同じような光を纏っていく。それはとても暖かいものだった。
今一度呼吸を整えたところで、背中にラミアの温かさを感じる。そしてシエルのその手が僕の勇気を一歩前に進めさせる。
「「頑張って」」
二人が灯してくれた光を胸に僕は地面を蹴る。そして迫りくる影を薙ぎ払いながら隙を突いて跳躍しその胸部にある禍々しい闇を放つ黒い石に刀身を突き立てた。
光が突き立てられたその石は中心からどんどんとひび割れていく。
「うぉーーおぉぉーーーーーー」
それはついに全体に広がり、弾けるように砕けて、最後は塵になって消えていった。
しかし、それと同時に突き立てた木刀も同時にその刀身を割った。
そしてその衝撃により僕は力なく吹き飛ばされてしまう。力を使い果たした僕は無力にも脱力したまま宙を舞う。
その時、塔の一部が突然砕けるのが見えた。そこから何かが光に乗ってこちらに飛んでくるのが見える。目を塞いだ。
次の瞬間僕は地面に横たわっていた。
一瞬の出来事に驚きながらも、ゆっくり体を起こして顔を上げる。
「ホップ。よく2人を守ってくれたな。」
「坊ちゃま。駆けつけるのが遅くなって申し訳ありません。」
そこにいたのは父様とセバス爺だった。
僕は二人の姿に驚きつつも安堵する。そのためか、張りつめていた緊張が解けると同時に身体中の力が抜ける。
「父様たち、よかった。無事だったんだ。」
シエルとラミアも僕のそばで安堵の表情を浮かべる。シエルは今にも泣きだしそうだ。
「3人とも無事で何よりだ。」
しかし言い終わると、父様は表情を険しくして振り返り石柱の上に立つその人へと持っていた剣の剣先を向ける。
「貴様はいったい何者だ。」
彼はひるむこともなくそのまま話し出す。
「ほぅ、それが聞いていた『スターブレード』というものか。」
「答えよ。この事態を引き起こしたのは貴様か?」
「そんなことはどうでもいいのだけれど、とりあえずあなたの持つその剣(つるぎ)をこちらへ引き渡していただきたい。」
そして質問には答えず、唐突に一方的な要求をしてくる。
父様は無言で剣を振り、石柱めがけて光の刃を飛ばす。しかし、彼はそれをヒラリとかわしてゆっくりと地に足を付ける。
「素晴らしいですね。あの結界をこんな短時間で、しかもほぼ力技で壊してしまうとは。」
そう言って空虚な賞賛しながら手を叩く。
「事情は貴様を捉えてから聞かせてもらうとする。」
父様は再度剣を構え直す。しかし、
「いえ、私はここまでくればもうお役御免です。」
そう言うと彼の足元に魔法陣が展開し、そこからその人同様にフードを被った3人の人物が突如として姿を現した。
「ここからはあなたが会いたいであろう本日の主催者に登場してもらうこととします。」
その瞬間彼は眠るようにその場に倒れ込んだ。それをその内の大柄な一人が彼を軽々と担ぎ上げる。
「貴様たちはいったい何者だ。」
「………。」
すると先頭に立つ人物がその質問に答えるため、被っていたフードを脱いでその素顔を晒す。
「……ダーキスさん?」
僕たち5人はその姿を見て驚愕した。
「なぜあなたがここにいる。主催者とはどういう意味だ。説明願いたい。」
父様は一旦剣を降ろして努めて冷静に話す。
しかし彼はそれに対して昨日とは別人のような口調と声色でただ淡々と話を進める。
「いまさら説明することもない。この者が言ったとおりだ。その剣を引き渡していただければそれで話は終わる。あなたたちにこれ以上の危害を加えるつもりもない。」
「今さら何をいうか。この剣の何を知っている?」
「おおよそのことはすべて知っている。例えば、その剣の役割も」
ダーキスさんは父様の剣を指差しながらそう言う。
そして言い終わるとその手を広げてどこからともなく漆黒の剣を取り出す。そして次の瞬間こっちに向かって凄まじい速さで切り込んでくる。
キィシイィンッッ
父様はそれを何とか受け止めて鍔迫り合いに持ち込む。
「セバス!3人子どもたちと安全なところへ、…離れてくれ。」
「わかった!」
そう言われた僕たちはセバス爺に促され壁の隅に移動する。
「その老体と古びた剣で受け止めるとは。なかなかのものだ。しかしっ」
「うおぁぁーーぁー」
ダーキスさんの振り払った剣の衝撃で父様は後ろへ飛ばされ膝をつく。
「それも時間の問題だ。」
「貴様らの目的はなんだ。なぜこの剣を狙う。」
ダーキスさんはそれに嘲笑ながら答える。
「簡単なことです。」
そう言うと彼は静かにその名前を放つ。
「『黒帝・レイ』を復活させることですよ。」
聞き覚えのないその言葉に僕とシエルとラミアの3人は困惑する。
しかしそれを聞いた父様とセバス爺は驚愕の表情を浮かべている。
「貴様はいったい何を考えている!あれは、」
「えぇ、そうだ。その昔この世界に災いをもたらした存在。」
父様の荒々しい口調とは裏腹に、ダーキスさんは終始冷静に話し続ける。
「しかしご安心ください。私の目的はこの世界を再び亡ぼすことなどではない。むしろこの世界をこれからも存続させることだ。」
「何を言っている。」
「ここから先は少々長くなるので、後ほど説明しよう。」
そう言ってダーキスさんは剣先を父様に向け静かに告げる。
「さぁ、剣を持て。忘れ去られた、その朽ち果てし希望など、今はもう無意味であるということを証明してやる。」
しかしその言葉を受けて父様も立ち上がり剣を握る。
「遥か昔からこれはこの世界の希望の象徴として受け継がれてきたのだ。そこに宿る光が貴様の闇によって断たれることはない。」
言い終わると双方内に秘める感情と共に力を解放させる。
「ハァァァァァァアァァアァァーーーーーーーーーーーーー。」
「˝アァァァァァ˝ア˝ア˝アァァァァァーーーーーーーーーー。」
鮮烈な光と禍々しい闇がぶつかり合う。その衝撃で周囲の壁はひび割れ、地面が音を立てて揺れる。
その力はやがてそれぞれの剣に収められる。二人はそれを合図に剣を振り被りながら、目の前の相手へと駆ける。
「貴様の思惑は私がここで止める!」
「私の願いを今こそ解き放つ!」
ギィィッグッッッッッズァアッッッッッンッッッッ
剣の刀身が激しくぶつかり合う。その瞬間さらなる衝撃が周囲へと波及する。地面は音を立てて揺れ、外壁は無力に崩れていく。そんな中二人は渾身の力で剣を握り、その力は数秒間拮抗した。
激しい怒号と大きな衝撃が辺りに響く。
そこからどちらも今一歩相手を押し込めないでいる。
しかし、
「私は、この箱庭から抜け出すのだァァァーーーー。」
ダーキスさんが叫んだ瞬間、彼の身体からさらに黒い力が湧き上がる。それは一瞬彼の背で黒い翼を描いたかと思うと、彼の持つ剣へと籠められていく。
その一瞬の出来事が均衡を崩し、彼の刃は相対していた光を切り裂いた。
その衝撃で父様は後方へと身体を投げ出される。
そしてその手から離れた剣は二つに折られて宙を舞い、輝きを失って力なく地面へと転がった。
「グレードォォォォオオォォォーーーーー」
セバス爺が地に臥せた父様の元へ駆けて行く。
シエルとラミアは目を背けるようにお互いを抱く。
そして僕はというと一連の出来事を乱れた呼吸のままただ茫然と眺めていることしかできなかった。
その傍らでダーキスさんは無惨に折られた剣を見て呟く。
「……。やはり、もうその剣は役不足なのだ。」
しかしそんな余韻にも浸れないまま、今度はどこからともなく聞こえてくる地響きと共に地面が大きく揺れる。
「今度はいったい何?」
ラミアは声を震わせながら無力な僕の腕を掴む。
すると、広場に植えられたその大樹の根元から黒い何かが滲み出してくるのが見える。
「守られていたものはこれか。」
ダーキスさんはそう言うと剣をもったままその場所へと一歩ずつ近づく。
彼は根元まで行き立ち止まる。
そして先ほどと同じように剣を構えると再びその黒い力を解放し剣に収めていく。
剣が闇を纏った。
そして黒き剣は大樹の幹へと振りかざされる。
「黒帝・レイ。今ここに再び、誕生せよ。」
ダーキスさんは渾身の力で大樹へと切りかかる。
しかしその刃は大樹を包む結界のようなものに阻まれる。
「今さら無駄だこんなもの。もはや意味などない。……――――――。」
ダーキスさんは何かを言いながら一心不乱に剣を振り続ける。
ピィシキィィッッッ
その力に押し負けるように刃を受け止めている部分が少しずつ欠けていく。
「これでっっ!!!」
そしてダーキスさんが最後にもう一度剣を大きく水大樹に切り込む。
パリィィッイィッッィィンッッ
すると結界はガラスの破片のように淡い輝きを散らし崩れていき、そして今度こそその黒い剣はその太い幹を横断して大樹を地へと沈めてしまった。
「ふぅあ、ふぁ、はぁはぁ、はぁ、」
ダーキスさんは息を切らしながら数歩後ろに下がる。
するとその根元から黒い何かが音もなく滲み出ているのが見える。
「何だあれ……?」
「なに、あれ。」
その黒い何かは切り株の上で丸くまとまる。そしてそれは僕たちの目の前でその形を取り戻す。
「朽ちた鍵は折れ、錠は壊した。」
ダーキスさんは間近でそれをじっと見上げる。
「ついに黒帝が復活する。」
闇は空高く上るとついにその漆黒の翼を広げる。
「私は成し遂げるのだ!」
黒帝・レイがその姿を見せた。
何が起きているのか分からず、ただ僕の腕を握る彼女の手を何とか握り返していた。
そこにいる誰もがただその闇を見上げていた。
すると、それは広場にいる僕たちを見下ろす。そして次の瞬間、口から黒い光線を放つ。
守らなきゃ。
体が先に動いた。
「シエル、ラミア危ない。」
僕は無意識ながらも咄嗟に二人の手を引いて、頭上から崩れ落ちてきた瓦礫を躱した。
「「きゃーあーーー」」
二人の叫び声が響く。
「二人とも大丈夫?」
しばらくその場にしゃがみ込みその場が収まるのを待った。咄嗟に振り返ると二人は何とか無事だった。
「はぁはぁ、ありがとうホップ。」「……大丈夫よ。」
「とにかくここから離れよう。どこか遠く、に……。」
しかし周囲の建物は崩れ、そこは瓦礫の山があるだけだった。セバス爺と父様の姿を探すけれどどこにも見当たらない。しかし、その視線の先でダーキスさんたちが黒鳥と戦っている姿が映る。
黒鳥はその自身の有り余る力を以って彼を攻め立てている。
ダーキスさんは一緒に現れた仲間の人たちと共にそれに応戦している。
しかし黒鳥は全く怯まない。その巨体を持って各々を簡単に蹴散らしている。
そしてもう一度さっきの黒い光線がダーキスさんへと放たれた。それをまともに受けた彼は吹き飛ばされて瓦礫の山へと沈む。
黒鳥はその場所に向けて翼を振り被り、そこから鋭く黒い欠片を飛ばして執拗に彼らを攻め立てる。
しかし、瓦礫を吹き飛ばす勢いで振られた剣によってそれは弾かれた。
瓦礫から立ち上がったダーキスさんはその懐からジャラジャラと音を立てながら、大きな輪を取り出す。よく見るとそれにはいくつもの正四面体の石が連なっている。
「あれは、エメル?」
すると彼はその大きな輪を黒鳥の頭上めがけて投げる。
「私に従え!」
黒鳥がそれを見上げた一瞬の隙を突いてダーキスさんは瓦礫の山を崩しながら黒鳥めがけて一直線に跳躍する。
「ぅおおおぉぉぉーーーー」
ズゥブゥバシュッッッッッ
そして彼の剣は黒鳥の身体に深く突き立てられる。
「ギグガゥゥゥゥオァアァァァァ」
剣を突き立てられた黒鳥は痛みからかそれとも怒りからか、それとも何かもっと別の何かからなのか、悲痛な咆哮を轟かせる。
それは物理的な黒い衝撃を以って周囲の瓦礫をさらに吹き飛ばした。その衝撃でダーキスさんも再び吹き飛ばされるが今度は一緒に現れていた大柄な人物がその身体を受け止めた。
しかし黒鳥の咆哮は依然として鳴り止むことはない。
その頭上にはエメルの連なった輪が浮かび黒鳥を押さえつけている。そして傷口から闇が漏れ出し、それらは魔石が囲う輪の中へと少しずつ吸い込まれていく。
「成功だ。後はあのまま漏れ出る力をあのエメルがすべて吸収すれば、」
ダーキスさんは高揚した表情でその姿を見る。
「ギュゥガォオグゥゥゥゥ」
黒鳥はその足を強く地面に突き立てて地ならしを行う。必死に抵抗しているのだろうか、突き立てられた足の爪は大きく地面を抉っている。
「もう少し、もう少しで」
しかし黒鳥は一度翼を閉じると、その内にある力の全てでその翼を再び大きく広げて自身を解き放った。
「グゴガウアァァァァァァァァアアアアアァァァアアアァァァ」
パラパラパラッ カチャッ カチャッ ジャラジャラッジャラジャラッジャラ
それにより彼の頭上にあった魔石の輪はバラバラに周囲へと四散した。
それを見るダーキスさんは愕然としている。
「なぜだ、そんなはずは……、」
その漆黒の爪は再び地面に突き立てられる。
黒鳥は再び力を取り戻す。
するとその身体の奥底から、暗黒が禍々しいうねりとなって滲み出すのが見える。その力の塊は見る見るうちにさらなる彼の翼を形成してく。それと同時にそれらの翼のひとつひとつに凄まじい闇が凝縮されているのが分かる。
まずい。
「まずいっ!」
どこからか声が聞こえた。
「三人、とも!、……早くここ、から、逃げるのです。」
セバス爺がいた。朦朧とした様子で父様を担いで何とか立っている。
逃げろと言われてもどこにも逃げるところなんてない。それにあの力が解き放たれればこの場所くらいは簡単に吹き飛ぶことは僕にも分かる、いやこの場にいる誰もがわかっている。
早く誰かがどうにかして止めなければいけない。
そう思い周囲を見渡すが、父様は目を覚まさないまま。セバス爺も朦朧とした意識何とか立てているだけ。ダーキスさんは先のことでボロボロの状態であり、呼吸だけは荒く立つこともできないほどに疲弊している。他の人たちも脱力して地面や瓦礫に臥している。
誰も、いない――――――――――。
その状況にただ絶望して頭が真っ白になった。
黒鳥はどんどんとその力を増していく。それと共に激しい咆哮が響く。それにより周囲へさらなる爆風が巻き起こり瓦礫が散る。
「うわぁぁぁぁーーーー」
「「きゃーあーーー」」
衝撃に目を瞑り、耳を塞ぐ。
しかし、細められたその視界の正面から何か輝くものがこちらへと飛んでくるのが見えた。
キュシッッ
反応できないほどに一瞬のことだった。それは、その場に無気力に座り込む僕の前に突き刺さる。それは父様が持っていた剣の、折れた半身だった。
突き刺さった剣を視た。
僕がやるんだ。
その気持ちが芽生えた。そして僕は考えるよりも先にその剣に手を伸ばして立ち上がる。
ただこの場所を、ここにいる全員を、みんなを守る。そのことだけで意識が満ちる。
そしてその想いのまま真っすぐ前を見る。
「「ホップ。」」
後ろでシエルとラミアが呼びかけてくれる声が聞こえる。
すると頭と視界が澄んだ。
そして少しだけの勇気が湧いてきた。
僕が守る。
「シエル。もう少しだけ頑張るから、もう少しだけ信じていて。」
願うようにそう言った。
「大丈夫。ずっと信じているから。」
「ラミア。だからもう一度だけ僕の背を押して欲しい。」
乞うようにそう言った。
「ええ。何度でもそうするわ。」
震える僕の言葉を二人の優しい言葉が包む。そしてシエルは僕の手をそっと、けれど力強く握り、ラミアは僕の肩と背に触れる。
僕たち3人を包む温かい光が周囲を照らす。
その光に呼応するように僕の握る半身の剣が輝く。
「ありがとう」
そしてシエルが一歩前に出る。
シエルが僕の腕を引き、ラミアがその背を押す。
僕は導かれるように、ただみんなを守るために半身の剣を持って走り出す。
「がんばれ、ホップ!!」「がんばって、ホップ!!」
シエルは笑顔で、ラミアはそっとそう言った。
「うん。」
その言葉が僕に最後の勇気を付け足してくれる。
目の前の黒鳥は翼を閉じてその巨体を覆うようにしながら力を翼に籠める。そしてついにこの場所を蹴散らすための力を解放する。
黒鳥はその足の一本で静かに跳躍すると闇を纏ったその翼の全てを大きく、大きく広げる。
ボァアァァァサォァァァァァァッッッ
今だ!
僕は足が砕けそうなほどの力で地面を踏み込み、その曝け出された胴体めがけて迷いなく全力で飛び込む。
「うぉぉぉおおぉーーーおぉーーーー」
そしてその一瞬の隙を突いて僕はこの光り輝く半身の剣をその巨体に力の全てを込めて振りかざす。
みんなを、守る。
ただそれだけを思っていた。
渾身の力を込めて振りかざした剣はついに黒鳥に届き、光を放ちながらそこに巣食う闇を切り裂いた。
その時一瞬見えた彼の表情はなぜかとても穏やかそうなものに感じた。
すると次の瞬間、そこに籠められた禍々しい力は弾けるようにして消えた。そして黒鳥はその身体をふらつかせながら地面に足を付ける。
僕も同時にその足元へと落ちる。
顔を上げる。黒鳥は目の前にいる。まだ倒せていない。
けれど僕はその黒い巨体を前にして力なく膝をつく。体を支えるために突き立てた剣にはもう光は宿っていない。
黒鳥はなおもそこに佇む。
「シエル待って危ないっ」
「ホップッッッ!!」
シエルがラミアの静止を振り切って走り出し、こちらに向かってくる。
「シエル来ちゃだめだ!」
言うが彼女に耳には届いておらず、シエルは両手を広げて僕と黒鳥の間に立つ。表情は見えないが、そこには凛とした力強い背中がある。
「………。――――――――」
数秒間の沈黙だった。
そんな時視界の端から日の光が差した。
僕はその方向に目をやる。
黒鳥もそれを一瞥する。
すると黒鳥はそのまま天を見上げ、その大きな翼を広げて羽ばたく。そしてその巨体を浮かせると一瞬にして空へと飛び去りその姿を消した。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
シエルは肩を上下させながらなんとか息をしている。
しかし彼女は不意に脱力してひざを折り後ろへ倒れる。僕は倒れ来る彼女をなんとか受け止める、けれど支え切れずに一緒に倒れてしまう。
「ぃってえ、シエル大丈夫?」
しかし彼女は安心したように頭をこくりと傾かせると、そのまま僕の腕の中で気を失ってしまった。
「ねぇ、シエルしっかりして!シエル!」
僕は不安と驚きでそう何度も彼女に呼びかける。
そうしていると後ろで瓦礫から誰かが起き上がる音が聞こえた。
僕はシエルを抱いたまま後ろを振り返る。
そこにはダーキスさんが立っていた。
「まさか君のような少年に助けられるとはね。意外だった。けれど素晴らしい活躍だ。この状況に置いては英雄だったよ。」
ダーキスさんは僕をじっと見ながらそう言って、僕だけをただ純粋に賞賛する。
そう言うと彼は倒れ込む仲間の元へと歩む。
「シェイド、撤収だ。」
最初に影を操っていたシェイドと呼ばれたその人は体を起こして立ち上がる。
「ふぅ、了解しました。」
彼がそう言うと他の人たちも各々立ち上がり彼の元へと集まる。
「では、また。」
ダーキスさんがそう言うとその人は左手を上げてカーテンを引くように腕を振る。するとその場所を覆うように空間が歪み、そこに映る彼らの輪郭は崩れるように溶けて姿は消えてしまった。
僕は目の前の出来事が整理できずダーキスさんに言われたことも理解できないままで、ただその場でシエルを抱きかかえたまま呼吸だけをしていた。
その時、
「ホップーーッ」
どこかから聞き覚えのある声がする。見るとそこに立っていたのはブレイデル先生だった。
「大丈夫か、」
先生は瓦礫の山を越えながら僕たちのところへ駆け寄る。
「ブレイデル、先生……。」
僕はブレイデル先生がこの場に駆けつけてくれたことに安堵して、シエルと一緒にそこで意識を途切れさせてしまった。
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