大切なもの

西しまこ

第1話

 大切なものはなくなる。


 どうしてだろう? 大事にしていたブラウスも腕時計もピアスもなくなった。この間は包丁がダメになった。友だち家族とキャンプをするからと持って行った包丁が、なんと火にくべられて柄の部分が燃え尽きてしまったのだ。もちろん、もう使い物にならない。

 この包丁は、結婚したとき夫の母がくれたもので、とてもよく切れる、いい包丁だった。夫の母がうちに来て何気なくうち中をチェックするとき、欠かさず包丁についても何か一言二言コメントしていた。ちゃんと研がなくちゃだめよ、とか、よく切れるでしょう、とか。


 そもそもキャンプに大切な包丁を持って行ったのもよくなかったかもしれない。でも、家族ぐるみのつきあいで、夫の友だちだからこそ、この包丁を持って行ったのだ。夫の友だちの妻に「いい包丁があるんでしょう、持ってきて」と言われていた。


 わたしは柄が焼け落ちた包丁を見つめた。涙が出てきた。

 わたしが片付けをしていたとき、みんな盛り上がってたき火をしながらビールを飲んでいた。夫も飲んで陽気に笑っていた。わたしが、包丁がない包丁がないと困っていたとき、他の三人は包丁を燃やして、笑っていたのだ。

 知らなかったんだ、わざとじゃないよ。

 夫はそう言った。でも。

 でも、彼こそ、包丁を大切にしていたことを一番知っているのだから、気づいてくれてもよかったんじゃない? そう思った。でも言葉に出来なかった。


 包丁を火にくべるなんて、あり得ない。どうして気づかなかったの? 大切にしていた包丁なのに。

 言えなかった。

 あなたが持ってきてって言ったんじゃない。ひどい。

 言えなかった。

 また買えばいいのよ。弁償するわよ。ごめんね。


 そうじゃない。そうじゃないんだ。薄っぺらい、「お金さえあればいいんでしょう」的なセリフは却って胸を突き刺す。

 もちろん、弁償なんてしてくれるわけがない。それっきりだ。夫ですらもう忘れている。


 大切なものはなくなる。

 本当にどうしてなんだろう? 大事に大事にしていても、どうしてもなくなってしまう。


 わたしは柄のなくなった包丁を不燃ごみの袋に入れた。

 それから、次々に目についたものを不燃ごみの袋に入れ始めた。

 要らない要らない、何もかも。

 涙が溢れて止まらなかった。

 結婚式の写真立ても捨てた。新婚旅行の写真も、写真立てはすべて。おそろいのマグカップも捨てた。プレゼントされたコートも捨てた。こんなの趣味じゃない、本当は。

 すっきりした室内を見て、気持ちも少しすっきりした。


 そして最後に指輪を捨てた。





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