14|司法解剖医エルフリーデ

 ………ジ、ジジ。ガチャ。ツ────。


「……解剖を始めまス。氏名は大原清二郎。三十八歳男性。警視庁SJPD扱い。開始時刻西暦20XX年12月4日午前11時00分」


【外表検査】


・外観

 男性屍。身長一七六センチ、体格中等大。栄養状態良好。皮膚は淡褐色、床接着外に帯紫暗赤色の死斑発現。

 死体硬直は全身関節にあり。腹部平坦、腹壁温感なし、腸骨窩変色もなし。

 直腸内温度、摂氏三十四度。室温二十四度。同日午前十一時測定….…


 ヅチュ……。プツツツ。ドプッ。ザキザキ。


・頭腔開検

 頭皮を横に切開。頭皮内前半部、後半部ともに淡褐色。

 頭蓋骨を鋸断。冠部頭蓋骨に骨折なし。底部硬膜は頭蓋底に密着、剥離すると頭蓋底に骨折なし。


 ツプ。ズ、ズズ。ス───。


・胸部開検

 胸腹部の正中を縦切開、皮下脂肪織の沈着良好、脂肪黄色、筋肉赤褐色。腹腔内に液貯留なし。

 壁側腹膜は淡小豆色。血管像は尋常。含気尋常。腹部諸臓器の位置および大きさ変なし。

 横隔膜位は左第五肋骨間、肝下縁は肋弓縁に一致。


・心嚢

 部位尋常……左部位に創あり。心嚢内に血液貯留。


・心臓

 重さ二六〇グラム。大きさは本屍の手拳大。外膜下の脂肪沈着は少なく各房室の内膜。

 左室壁の厚さ○○センチ。右室○○センチ。各弁膜装置に…………



 ──司法解剖。警察官による検視の結果、自然死でなく異状死体として犯罪性が認められた場合、主に大学医学部の法医学者が依頼を受けて解剖を行うことを指す。


 「刑事訴訟法」という法律によって実施されるため、遺族の了承を必要とせず解剖拒否もできない。犯罪を解決するため、国家権力によって強制で行われるのがこの解剖だ。


 犯罪性のない死体については、監察医制度がある都市(東京、大阪、神戸など)で監察医が行政解剖をおこなっている。

 その他、系統解剖(医学部学生の勉強)や病理解剖(病院の入院患者が死亡した際に行われる調査)がある。


 ただし、これは以前の体制だ。先人類による『救済』以後、地球各地での超能力による犯罪・変死に、外国との協調に対応する必要が迫られた日本政府は、SJPDと同じく対超能力の法医学・科学捜査をまとめた特別研究機関『SSI』を設立。


 検視で超能力の有性が確認された場合、こちらに遺体が回され司法解剖及び科学捜査が行われる。

 法医解剖医や科捜研警察職員と同じ業務に加え、超能力の検査を扱うため専門知識を備えたスペシャリストが日々業務に携わっている──


 ──のだが。


 ガララッ。解剖室内に並べられたロッカーに、瞑想中の張り紙がある所の引き出しを開けた。


【朝陽乃日凪】

「先生……また遺体貯蔵庫で寝てるんだ」


 朝陽乃が困り顔でロッカー内で寝ている人物に話しかける。


【エルフリーデ・フォン・デュンヴァルト】

「そうデぇす。ご遺体と同じ状況におかれることデ、気持ちを共有し敬意ヲ表してまぁす」


 そうなんだ、と戸惑いながらも共感するが、まったく理解できてない様子だ。その言い回しに雨夜は困惑したように咎める。


【雨夜想】

「他人にどう見られるか、というのも考えたほうがいいと思います。それとそのエセ日本語……確か普通に喋れましたよね?」


【エルフリーデ・フォン・デュンヴァルト】

「おぅ。私とおナじ外国人ヒロインがこう話しているのを、アニメで学びました。これがkorrekte Sprache。正しい外国人ノ喋り方。雨夜は勉強不足デぇーす」


【昼埜遊人】

「日本語習得時にそれが正しいと覚えちゃったんだな……ここ数年でそんなアニメあったかぁ?」


 昼埜があれこれ考え込んでいるが、思いつかないようで諦めたようだ。そして、最後尾にいた暁が、解剖医の行動で捜査員たちが困惑しているのをよそに、挨拶をする。


【暁増結留】

「エルフリーデ先生。こんにちは」


【エルフリーデ・フォン・デュンヴァルト】

「暁。待ってマした、こんにちワぁ」


 先程から先生と呼ばれたこの解剖医。名前はエルフリーデ・フォン・デュンヴァルトと言い、ドイツ人女性である。


 シルバーアッシュのロングヘアーで、少し癖っ毛のある髪をサラサラとなびかせ、眼鏡をかけた知的な相貌と、包容力のある柔和な笑顔で挨拶した。


【雨夜想】

「十八歳で医師免許と解剖資格持ってるドイツ人留学生。暁くんと同じで間違いなく天才……なんだけど医学部の在籍年数、前後期研修に加え資格取得年数も考えたら、年齢的にありえないわよね」


 雨夜が頭部へ手をやり、難しい顔をする。世の中の仕組みや制度を、先生の経歴と照らし合わせ、なんとか整合性を合わせようと計算しているようだった。そんな雨夜の健闘むなしく、エルフリーデが一蹴する。


【エルフリーデ・フォン・デュンヴァルト】

「未知な超能力に対処するトいう国際的な建前もありますカら、私のようナ者が飛び級で司法解剖医となれてまぁーす」


「そもそもぉ、先人類や超能力なんてあるのがアりえませんから、細かいところに突っ込むとアニメも漫画も人生も楽しぃめません。世の中は不合理でできてますから、受け入れてくださイ」


 不合理の塊であるあなたが言うのか、と捜査員たちは心の中で突っ込んだ。

 そんな周りの視線をよそに、エルフリーデが今回の事件である大原議員の解剖結果について話をしようと、暁に視線を向かわせる。


【エルフリーデ・フォン・デュンヴァルト】

「それで、解剖したご遺体の話ですが、暁……」


【暁増結留】

「zzz。。すぅー。zzz……」


【エルフリーデ・フォン・デュンヴァルト】

「寝てぇる!? この一瞬で! ……相変わらズ、規格外ナ男です」


 いつの間にか、暁は空いている椅子に座り、解剖台に突っ伏してスヤスヤと寝ていた。この態度には、エルフリーデも驚き、頬を膨らます。


【エルフリーデ・フォン・デュンヴァルト】

「む〜。私の話はツまらないとイう態度でスね、暁少年」


 超能力の蓄積か、ただ眠くて寝てしまったのか。捜査員を連れて話を聞きに来たのだから、つまらないわけないのだが、仕事の話をしようとした矢先にこれなので、エルフリーデにとっては不満のようだ。


 口を尖らせて、ふと思いついたように、寝ている暁へそろりと顔を覗き込む。


【エルフリーデ・フォン・デュンヴァルト】

「中性的でかわいイ寝顔ですねぇ。そうだ、こノ隙にお仕置きでス。朝陽乃、雨夜。一緒にホッペをふにふにしテしまイましょう」


 キランと光る眼鏡を人差し指で上げ、悪戯っ子のような屈託のない笑みを浮かべて二人へ提案した。


【雨夜想】

「えっ……そ、そんなのダメよ」


【朝陽乃日凪】

「ふにふに? 頬をつっつくってことだね。よぉ〜し、えい」


 雨夜は異性への接触を恥ずかしがって遠慮している様子だが、朝陽乃が面白そうとばかりに率先して火蓋を切る。


 ふにっと、暁の頬を突いた。雨夜は「ダメだって」と言い嗜めているが、暁が起きないのを確かめると、雰囲気に流されてか、ちょっとだけなら……と参加してしまう。


 そして、三人はふにふにふにふにと頬を突いた。んぅ、と寝苦しそうに暁が呻く。それを見て「いい反応でぇす」と嬉しがるエルフリーデ、朝陽乃はわぁと喜ぶように目を爛々とさせていた。


【朝陽乃日凪】

「想ちゃん、ふにふにするの楽しいね。なんか癖になりそう〜」


 朝陽乃の言葉に雨夜は顔を赤らめ、自分の行動に気づいて、どきりとする。


【雨夜想】

「はっ、しまった!? なんで私も……!」


 止めるどころか、一緒になってふにふにしてしまったことを恥じた。もうちょっと、と思わなくもないがここに来た目的を思い出す。


【雨夜想】

「うぅ、もー、話が進まない! 暁くん起きて、先生も仕事して!」


 パン、と手を叩くとそれを合図に暁も起き、エルフリーデも仕事モードとなった。

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学生なのに天才警察キャリア官僚の少年が、大人じゃ解決できない難事件を解決するそうです。 ぐるたみん @glutaminp

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