13|怪しい人物の浮上
【暁増結留】
「久水圭吾《ひさみずけいご》。日金製鋼株式会社の社長。名前で分かる通り、会社は鉄鋼などを扱う企業です。東証スタンダード市場(旧JASDAQ)に上場しており、最近では3Dプリントや繊維加工関連も手広く経営しています」
上場やら経営やら、難しい内容に、昼埜が顔をしかめて口を開く。
【昼埜遊人】
「ようわからん。それが大原と関連あるのか? 与党なら土建屋と繋がってるイメージだけどな」
昼埜の疑問に、暁がパソコンを操作し、二人の関係性について返答した。
【暁増結留】
「情報機関の各データベースにアクセスしています。……出ました。同じ大学出身。SNSにもOB同窓会の写真で写ってますから、大学時からの友人のようですね。自宅に招くとなると金銭面でのつながりは……」
カタカタとパソコンを打ち込みさらに情報を調べていく。
こちらも出ました、と捜査員たちに呼びかけデスク中央奥にあるモニターに書類を映す。
【暁増結留】
「これは……。個人のつながりは不明ですが、大原議員と久水氏の関係は、会社ぐるみと考えてよさそうですね」
資料の詳細を調べると、政治資金パーティー券の購入を会社の税務会計から寄付金として処理されており、大原清二郎の大口支援者だと判明した。
【昼埜遊人】
「公私ともに、付き合いがあったってことか」
【朝陽乃日凪】
「そういう場合って、一度こじれると関係が大変だよね」
【雨夜想】
「自宅で面会した直後にホストが殺害。利害が割れて犯行に及んだのかしたら」
雨夜が言ってることが現実味を帯びてるように思え、あれこれ四人が考え込んでいると、後ろから声がかかる。部署へ通じるドアの入り口から早足で来た、目黒警察署の刑事二人だ。
【鍋島吾郎】
「ガキども、ちょっといいか」
【石住大】
「先日のおよその殺害時刻前の数日間、付近で不審者の目撃が相次いでてね」
情報を引き出してから、急いでこちらに向かったのだろう。十二月の寒い季節のためか、所轄の二人は肩で息をし、頬には赤みが差している。
そして、鍋島が使い古した手帳を開き、不審者情報の特長を書き込んだメモのページまでパラパラと捲る。指にはペンをはさみ、頭を掻きながら読み始めた。
【鍋島吾郎】
「年齢は推定35~45歳の男。中肉中背。短髪で黒髪。緑のカーゴパンツに黒のブルソン。大原の邸宅を覗くかのようにうろついてたそうだ」
その他目撃時刻や不審な動作について述べ、「以上だ」と手帳を閉めた。内容もさることながら、情報の伝え方もわかりやすく簡潔で、さすが経験豊富なベテラン刑事だと、学生捜査員たちは感心する。
前にも述べたが、不審者の聞き込みをして情報を得ることを『地取り』と言う。刑事が行うこの作業は、職業の華々しさに比べると地味な役割と思われがちだが、周辺の人間の生の情報を得ることで、それまではわからず繋がらなかった、犯人逮捕への道のりが開くことが多い。地味だからこそ、疎かにできない重要な役目と言っていい。
実際に、SJPDだけでは議題にも上らなかった不審人物が浮上していることからも、わかりやすいだろう。その重要度を理解している暁は、所轄の刑事二人に礼を言い、早速情報を調べにかかる。
【暁増結留】
「雨夜さん、警備会社と連絡とれますか」
【雨夜想】
「少し待って。今、SSBCに問い合わせて暁くんに繋げる……許可がでた。はい、いいわよ」
SSBCとは警視庁の分析専門部隊『捜査分析センター』である。ローマ字単語の頭文字をとってSSBCと略称し、防犯カメラなどデジタル機器の情報分析を仕事とする、現場のサポート部隊だ。
【暁増結留】
「大原邸宅に設置してある防犯カメラの映像を出してください。殺害から遡って数日分」
雨夜が「出すわね」と告げると、先ほど暁が書類を映したデスク中央奥にある、簡易ミーティング用の大きなモニターに映像が流れた。
【石住大】
「一瞬だな。いやはやすごい」
石住が勤務している所轄には揃っていない備品が多いらしく、この場にいる全員が、一瞬でカメラの内容を確認できることに目を剥いた。
【鍋島吾郎】
「超能力より、空き巣犯罪を追う捜査三課のほうが適正あるんじゃねーか」
鍋島が呆れ気味に皮肉めいたことを言うが、石住と同じく内心では感心しているようだ。冗談と理解した暁は、微笑んでそれに応答した。
【暁増結留】
「すでに刑事部の各課にはスペシャリストがいるので、僕たちに出番はありませんよ」
鍋島がいい返しだという風に、呵々と笑った。それを尻目に、カメラの映像に注視していた朝陽乃がモニターを指して言う。
【朝陽乃日凪】
「ここ、いた。服装からしてこの人だよね」
防犯カメラのため映像は粗いが、朝陽乃が指差した人物は、緑のカーゴパンツに黒のブルソンという、不審者の特長が見てとれた。
【昼埜遊人】
「んー……一日に五回は来てるな。チラチラ覗いて、様子を伺っている。こりゃ散歩ってわけじゃなさそうだ」
映像を早送りで見ていると、数時間おきに怪しい人物が、大原の邸宅前で立ち止まったり行き来している。不審な行動には間違いなく、これでは付近の住民から目撃情報が挙がるのも頷けた。
そうして事件当日になると、その人物の行動は、一層不審な内容へと変貌する。大原邸へと侵入している姿が映っているのである。
【朝陽乃日凪】
「見て! 事件のあった時刻。中に侵入している。……あ、少しして遺体を発見したのかな。そのあと慌てて走り去ってるね」
朝陽乃の言う通り、深夜一時前に庭内に侵入し、大原の死亡時刻とほぼ同一の時間帯に逃げるように走り去る姿が確認できた。
少し立ち去るまでの時間があるが、すぐに邸内には侵入せず、中の様子を窺っていたのかはカメラではわからなかった。
【昼埜遊人】
「うーん。。殺害して逃げてるようにも見える。今までの被疑者で最も怪しいな」
行動が犯罪者の挙動そのものだ。第一発見者の千場要、妻である大原久里子、被害者と最後にいた久水圭吾。その誰よりも怪しく、この男が最重要被疑者として一挙に躍り出る。
【暁増結留】
「まずは、人物を特定しましょう」
暁が防犯カメラの内容を確認して、映像処理ソフトウェアで操作を行う。顔部分を切り抜き、その画像に補正かけて拡大し、先鋭化処理を施す。最後に、顔認証プログラムから人物を特定する。キーボードを叩き、エンターキーを押した。
【暁増結留】
「──出ました。新見良、四十三歳。既婚歴ありですが、すでに離婚しています。軽犯罪による逮捕歴もあり。過去、大原氏の私設秘書として勤務していますね」
【鍋島吾郎】
「大原とのつながり有りか。俄然怪しくなってきたな」
関係者としての情報が上がり、線として繋がった。これらの情報から推察しても、被疑者としては一番疑わしい。新見の身辺捜査が必要かと考えていると、雨夜が更に別の情報を提供する。
【雨夜想】
「暁くん。大原議員の遺体の件で、司法解剖医と科学捜査官が話をしたいって連絡がきてるわよ。死亡理由と鑑識結果の情報なんでしょうけど……」
言葉の端に含みを持たせて、雨夜が困った表情を作る。「あの人たち、ものすごい変人なのよね」と軽くため息をついた。
【朝陽乃日凪】
「でもみんな優秀だよー。面白い人たちだし」
【昼埜遊人】
「変人なのは否定できねーけどな。まぁ、何かわかったってんなら、話聞きにいこうぜ」
捜査員たちの間では、司法解剖医と科学捜査官は優秀だが変人、というのが共通評価のようだった。
日金製鋼の久水圭吾、元私設秘書の新見良、司法解剖医と科学捜査官の見解。今後の捜査で重要度が高い複数の情報が出揃うと、顎に手をあてていた暁が捜査員に指示を出す。
【暁増結留】
「まずは学生捜査員四人で司法解剖医へ解剖結果を聞きに行きましょう。その後は、新見と日金製鋼へ二人組にペアで別れて捜査に向かい、最後に科学捜査官と接触します。何かあれば情報は逐一共有すること」
暁の指示に、学生捜査員たちは頷いて解剖医のいる建物へ向かう準備を始めた。その目まぐるしさの中で、目黒署の刑事二人が暁へ尋ねた。
【鍋島吾郎】
「俺たちはどうすりゃいい?」
【暁増結留】
「秘書の千場要を見張ってください」
【石住大】
「千場を?」
第一発見者ではあるが、特に怪しいとも思っていなかった想定外の人物が浮上し、刑事二人は訝しがる。
指示を出しながら暁はぶかぶかなコートを羽織り、忙しなくパソコンのキーボードをカタカタと操作し、再度二人に告げた。
【暁増結留】
「彼女、日金製鋼の久水について黙ってました。怪しいです、必ず何かありますよ」
そう言って準備し終え、出口に向かいながら他にも刑事たちにあれこれ告げて、慌ただしくも新たな捜査に向かうのだった。
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