しはけっしてむだにしない君のために
バブみ道日丿宮組
継
ゲームオーバーはその人にとっての死を意味する。
かといって、死ねないのはどういった世界観なのだろう?
「んー」
自分の手首を何度切っても、傷口が治る。
それらしい単語を言ってみても、手で何かをスクロールさせてみても何ら反応はない。つまりは最近あるゲーム世界ではない……?
「……」
何にしても森にいるのがまず不自然だ。異世界転移なんてまず起こらないのに、ここにいるのはおかしい。
確実に僕は手首を切った。死ぬはずで生きてることはないと思う。
そういう蘇りがあるのは空想の世界の中だけ。もし実際にやり直せるというのであれば、誰しもが死を簡単に選ぶだろう。
だって、そっちのほうが人間関係もやり直せるし、生前の知識も大いに活かせることだろう。チート能力なんてあればまさに鬼に金棒。
チート能力といえるのだろうか、これは?
怪我が治る。たしかに驚異的な能力だろう。
だけど……手首を切って死のうとしたのに、どうして森の中にいるのだろうか?
よくてベッドの上で目覚める。あるいは幽体離脱して自分を見下ろしてることだろう。お葬式とかね。
着てる服はたしかに制服。僕に似合わないお嬢様学校の白い服。これが赤く染まるはずなんだけど……服にも当然のように血がつかない。
意識を失う前に見たのは赤く染まり始めた制服だったはず。
それが今は真っ白になってる。
血は流れる。そう血は流れる。痛みも当然ある。けれど、傷にならない。服の染みにもならない。この服は聖遺物か何かだったりするのか?
あるいは僕は人魚の肉を食べたとか?
確か、その肉を食べると不死身になるって昔本で読んだな。
もちろん、そんなものは口にしてない。
だって食後はいつも吐いてるし。
僕の生命を形成してるのは特注の点滴だけ。
そこで何か壊滅的な変化が持たされたとして、やっぱり外にいるのはおかしい。
執事の一人もいやしない。
夕食に執事が訪ねた頃には手遅れな死を選び取れる未来を選んだはずなんだけどな。
「はぁ……」
だんだんと痛みも慣れてきてしまった。もともと傷がつきやすい身体だった。痛みを感じない日がないほどまでに血とはいい付き合いをしてた。そういうこともあって、痛みはわりと身近にあった。もっとも大きな怪我はしたことはない。血は結構流れたりするけど。
両親に常備薬として執事に輸血パックをつけようかとか言われた時はさすがに凄く反対した。かっこ悪いし、異質に見られることだろう。
ただでさえ、白い髪に緑の瞳だ。
突然変異としかいいようのない身体特性が輸血なんてはじめたら、すぐに救急車を呼ばれる。そうすれば、もちろん病院で輸血はされるだろうが常備薬という意味をなくす。
最初から救急車を呼べという話になる。
さぁて……そろそろ現実を見ようか。
ここは夢なのか、異世界なのか、あるいはゲーム世界なのか。
夢であれば痛みで起きると思う。寝ぼけて同じようなことをしてるかもしれないし?(石でわざわざ手首をきることはなさそうだが)
「うーん」
人里を探すべきか。
生きるためにはそれが必要だけど、死のうとしてる人間にそれは意味があるのか?
空腹で死ねる可能性も考えたが、安楽死できる何かがこの世界にはあるかもしれない。
痛いのも、苦しいのもやっぱり嫌だ。眠るように死ねるならば、それがいい。人間誰しも欲が深い。
さて……空を飛べるなら、地理を把握することは可能だが不可能だ。
ならば、ここは初歩の初歩、徒歩でいこう。
「よしっ」
鋭い刃物がどこにあるかもしれない。スパッと切れるのであれば、首を切れるように仕掛けを作ってギロチンをしよう。きっとこれなら治らないはず。
だってくっつくところを想像できない。皮と骨が伸びてきてくっつくのか、あるいはなにか光がついていつの間にか合体してるのか。想像できないもんな。そんな異質に自分がなってると思いたくない。
あぁ……そうか。
猛獣がいれば、刃物がなくてもいいのか。
でもなぁ……傷が治るっていうなら、噛みつかれても痛みが継続するだけで一向に死ねないんじゃないかな。
今のところ、散々血を出してるのに貧血のようなものもない。まぁこれは血が戻ってるようにも見えるから、実際には血が流れてないのだろう。
健康な身体ってのは、健康な身体を持ってる人には必要には思えない。
ないものを望むのであって、あるものは望まない。
チート能力ってのは、大抵ないものを得る。だから、僕のは違うと思う。
森の中を歩き始めると、点滅する木を見かけた。ゲームでよく見るバグ画像にも思えた。実際に触ってみた。表面にはノイズのように色が走ってるけれど、木の感触がきちんとする。
これはひょっとすると僕の目がおかしいのか?
こすってみる。目を石で切ってみる。変わらない。ただ痛かっただけ。
徒歩を再開する。
スマホがあれば時間がわかるのだけど、あいにく制服のポケットにはハンカチぐらいしか入ってない。
そのため何分歩いたのかはわからない。
疲れはでなかった。
やっぱり健康な身体がチート能力として発現してるんじゃないか?
僕は文化系で、草食系。
学校での地位もそんな高くない。両親がエリートだから名前を売ろうと毎度のように人がよってくるが僕自体の評価は高くない。
両親の子供でなければ、いじめにあってたことだろう。学校でしてるところもされてるところもみたことはないから、あの学校には存在しないかもしれないけど……ね。
「はぁ……」
変わらない。
日常が変化したこともなかってけど、ここは緑とノイズに溢れてる。太陽の明かりは依然として存在する。
自分が起き上がったのが、朝なのか昼なのか。
空を見上げても木が邪魔をして太陽の大まかな位置しかわからない。どこから降りてきてるかわからないから、時間を測ることはできない。
この森を抜けるために走るか? 風景が変わるまでならば、そんな距離はないように思う。
元の身体の僕であれば、数分持たずにエネルギー切れを起こしてたのがチートの身体になったのであれば、森の境目ぐらいまでいけるんじゃなかろうか。
一応ストレッチと準備運動をこなし構える。
始まりはうってなんか嫌な感じがしたけれど、足を出すたびにその不快感のようなものはなくなった。
速い。
素直にそう評価できるほどに速度が出てた。
車に乗ってるときのように木がスクロールしてく。
そこで気づいた。
健康な身体というのであれば、木登りして周りをまず確認したほうがよかったんじゃないかって。
木登りはしたことがないけど、疲れないなら手を止めなければ上にはいけるだろう。降りる時は飛び降りるか、まじめに降りるかを悩む必要があるけど……。
慣れないことはしないほうが賢明か。
体感したことのないようなスピードが出てる。けれども、景色は変わらない。ノイズが濃くなるぐらい。
そしてあっという間に境目に到達した。
なぜ境目かというと、見えない壁にぶつかったから。
まだまだ森が先に見えるというのに、そこに入ることはできない。不思議とその先にはノイズの木はなかった。
境目は石で殴ったり、けったり、体当たりしても、やぶれなかった。
「これは……」
ゲーム世界で確定だ。
じゃぁ、なぜステータス確認やら、ログアウトできるメニューが出てこないのかっていう話。
少し目をつぶって考えてみるけれど、答えは出ない。
境目に半分入ってる木の枝を引っ張ると、こちら側に持ってくることができた。
つまり境目の先は存在しないわけじゃない。
枝をこっち側に移動させると同時に指を入れてみる。
挟まった。きついという感じはしなかった。水面に指を入れたような感触。
ダメ元で、それを横に向かって移動させてみる。すると、うっすらと透明な線ができた。
指を奥に入れて腕を入れ、もう片方の腕も入れ、そして身体を突っ込んでみた。
「あっ起きた」
柔らかい肉の感触が、僕の手と、股間に感じた。
しはけっしてむだにしない君のために バブみ道日丿宮組 @hinomiyariri
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