ゲーム殺人事件──探偵と、幼なじみ──

豆腐数

新吾「わかったような大人は、若者の現実と空想の区別がうんたら~とかワイドショーで議論するのかな?」

「ワトスン君はゲームは好きかな?」

「だーれがワトスンよっ」


 あたしの眼鏡の奥にある瞳を覗き込むようにして、幼なじみで探偵である新吾しんごが急に問いかけて来た。探偵帽にパイプ(あたしと同じく高校生なので、火は入っていない。伊達眼鏡みたいなもんだ)、インバネスコートという出で立ちはただの推理小説オタクの変人としか言いようがないが、腕はたしかなのである。ワトスンと有名な助手の名であたしをふざけて呼ぶのも、まあ遠からずと言うところ。新吾は警察にも頼られる名探偵であり、あたしも手伝いで時折聞き込み調査なんかを引き受けたりしているからだ。今日もそんな感じで、事件の調査にあたしの手を貸してほしいと、ロクな説明もなく二人で知らない街並みを歩いている。


「そりゃ人並みには。よく新吾と対戦ゲームやったり、ゲーム貸して貰ったりって昔からしてたし。最近は、スマホゲームばっかりしてるけど」

「今日はそのゲームに関係のある事件なんだよ、真里まりちゃん」


 怒りが通じたのか、新吾は慣れ親しんだ呼び方であたしを読んだ。


「サイバー犯罪、もなんとなくは知ってるね?」

「ネット上の犯罪でしょ? 人のネットアカウントに勝手にログインして好き勝手振舞ったり、コンピューターウイルスをバラまいたり……」

「俗に言うクラッカーってやつだね。しかし今日では、映画のような派手なふるまい以外の、地味でケチな小金稼ぎの方が今時のオタク・コンテンツを愛する人達としては問題になっている。データや文化のコソドロさ」

「漫画やアニメとかの違法ダウンロードって事? ナントカ村とか問題になったわね」


 新吾の言い回しは、昔から回りくどくて仰々しい。


「そ。それで冒頭の君への問いかけに戻るわけだけど──今回は違法ダウンロードのゲームの話さ。今回行方不明になっている下無田門司げむだ もんじさんに関する重要参考人の繰栄陸くりえい りくさん、なかなか尻尾を出さない。今回の事件はシンプルに、繰栄さんの下無田さんへの恨みによる殺人事件と見てるんだけど、下無田さんは行方不明で、まだ生死の確認も取れていない」

「それならまだ事件とは言い切れないんじゃあ?」

「そうだね、でも──下無田さんの自宅を警察が捜査した時、下無田さんのパソコンから違法アップロードの痕跡が見つかったんだよ。繰栄さんが開発した有料インディーズゲーム、『Horse&pot』のね。聞き込み調査の結果、二人は以前からの友人だったそうだけど、最近は何か揉めているようだったという話だ」

「それでもまだその人が殺した、って言うのは言いがかりレベルなんじゃあ」

「うん。そうだね。死体がないんじゃ殺人事件とは言えない」


 話しているうちに、あたしと新吾は森の中に入って行った。あまり手入れがないらしく、樹はこんもり茂って晴れ空を隠してしまっているし、土は湿っぽくてうっかりすると転びそう。



「『Horse&pot』は個人の開発ゲームというのもあって、いたってシンプルな作品だ。『君は馬に乗った行商人となり、トラック、宝石、ツタンカーメン、アラブの石油、エミュー、珍味──世界各地にあるものをなんでもかき集め、『富の壺』に放り込み、金を得、好きな物をなんでも買える金持ち大商人になってもらう──』というのが公式ページのあらすじだったんだけど、プレイしてみたらなかなか面白かったよ。家を買って好きな家具を置ける部屋メイク要素があってね、課金で手に入る家具が──おっと、話が脱線しそうになった」


 急に、森の中の木々が途切れた。森の中の公園だろうか、底の抜けたベンチと、さびれた遊具があったけれど、もちろん遊んでいる子どもなんていない。


「今話したゲームの壺は、ゲームが進んでもずっと森の中の開けた場所に置いてあるんだよ。主人公の住まいはどんどん立派になって行くのに、生活を潤す恩人の『富の壺』は永久に野ざらし。それでね、ツタンカーメンとかエミューとかアラブの石油なんかの単語が出て来た通りに、『Horse&pot』の世界は現実の世界がモデルになっていて、地理なんかもざっくりとだけど現実に即したものになってる。もちろん『富の壺』の場所も」


 公園の片隅には、真新しい大きな壺が置いてあった。新吾はまっすぐ大きな壺の方へ歩いて行って、何気なく中を覗き込む。アイツが貸してくれたゲームの勇者みたいに。


「接触してみたところ、すごくゲームへの情熱が熱い人で、芸術家気質だったから、何か起こすとしたら自分の作品で重要アイテムのある場所なんじゃないか、って思ったんだけど──こうも直球とは。推理のし甲斐もないよ──死骸はあったけどね」

「死骸って、まさか」

「そのまさかだよ。下無田さんのバラバラ遺体だ。目を開いたままの下無田さんと目が合っちゃったよ。もう推理も何もないんだけど、事件の匂いには反射的にときめくねえ」


 あたしは、声を出すことも、新吾のところに歩み寄る事も出来ないまま立ち尽くす。


「……あんたは、なんで人の死体見てニヤニヤ笑えるのよ」

「昔流行ったよねえ。ゲーム脳がどうとか。事件をゲーム感覚で見るのが癖になっちゃってるみたいで。だから君が必要なんだよ。当たり前に、人の死にドン引きして不気味がって悲しがる事の出来る、極々普通の女子高生で幼馴染の君が、さ」


 果たしてあたしも極々普通と言えるのだろうか。日が差さない森の中という理由だけじゃない、猟奇的な事件の立会人にされて寒気を覚えつつも。腐れ縁の幼馴染の、あたしをちゃん付けで呼ぶ新吾の助手を、彼が求める限り辞めようとは思っていないから。

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