第114話 114それでも。
それから五年後――――。珈琲処・
――――カランコロン。
「いらっしゃいま――――てなんだ、孝之か」
いつものようにコップを磨きながら魔法使い姿の
この姿ももうすっかり定着してしまい違和感がない。
店も本格的にコンセプトカフェとして改装されて繁盛しているようだ。
「……なんだはないでしょ、アイスコーヒーもらえますか?」
相変わらず集まって集会している常連の仮装軍団を横目に、ネクタイを緩めカウンター席に座る。
孝之は今年大学を卒業して地元の銀行に就職した。
慣れない社会人生活。
毎日は新鮮だが仕事は思ったより過酷で、すでに表情がくたびれている。
「あと持ち帰り用のチーズケーキも」
「結衣菜の?」
「ええ……まあ……」
「けっきょくあいつもなぁ……どうなってるんだよ? いま」
「どうもこうも……」
高認試験に合格した結衣菜は、そのまま翌年、孝之と一緒に大学へ進学した。
一人で社会人になるよりも、そのほうが心強いからというのが理由。
学びながら
話題性は凄まじく、一気にファッション界のスターへと返り咲いた。
しかし同時に大学での人間関係がまた面倒くさいことになってしまい、すぐに再引退を発表。
「まぁ……、一度失敗してるんだから……いまから考えれば無謀な再チャレンジだったよな……」
「……そうですよね」
大学も、うっとおしい男どもが原因で行かなくなって留年を続けている。
同級生が卒業した今年あたりからは落ち着いて、学校側からも復学の誘いはきているのだが、もうその気はないらしく、けっきょく家で引きこもってしまっている。
「お前もさ、やりたいことあったんだろうが? いいのか銀行員なんかになっちまって?」
孝之は趣味を追求して、動画やソーシャルゲームなどのデジタルコンテンツを開発・運営する大手会社に内定していたが、これを辞退。手堅い銀行員の道を選んだ。
「給料はよかったですけど……やっぱり将来を考えると安定しているほうが良いですからね……。夢も大事ですけど生活も考えないと……。あ、レモンシロップもお願いします」
「あいよ、今回のはとびっきり増量しといたから」
「……ありがとうございます」
気遣いに感謝しながら店を出る。
慎吾も同じ銀行員になった。
大学は同じだったが、成績は圧倒的に上だったのでヤツは本店勤務。
直接会う機会はほとんどなくなってしまったがメッセージはじゃんじゃん入ってくる。とくに最近は過激で、二言目には『I'll go kill you! !』とか『Shame on this criminal』とか『What about polyandry?』とか物騒な文言ばかりだ。
ま、それも致し方ないといえば……そうなのだが。
林檎先生は相変わらず非正規のバイトを転々とその日暮しを続けている。
先週会ったときは塾の講師をしていると言っていた。
定職に就かない理由を尋ねたら、その場でゲロを吐かれたのでそれ以上はきかなかった。きっと色々トラウマがあるのだろう。
親はそのままフランスに移り住んでしまった。
向こうでの仕事が成功しまくって会社も立ててしまったらしい。
だから家はいまだ二人暮らしのまま。
結衣菜の現状を相談すると両親ともかなりびっくりしていたが、すぐに安心して理解してくれた。それどころか、落ち着いたらブランド・ショップを任せてもいいと言ってくれている。
「ただいま~~」
「おかえり~~~~ふっふっふっふ……」
帰るなり、怪しげな笑い声と、とんでもない異臭が漂ってきた。
嫌な予感を抱えながらキッチンを覗くと、案の定、結衣菜がお尻丸出しの裸エプロン姿で鍋を混ぜていた。
「……料理はやめろって言ったよね?」
三角の目で睨みつけると、結衣菜はムカつく笑顔でチッチッチと指を揺らす。
「そうも言ってられないわ。これからは色々とお姉ちゃんも健康に気をつけなきゃいけないわけだし、いつも冷食ばかりじゃダメでしょ? あんたも仕事しっかりやって早く出世しなさいよね」
鍋の中身はシチューなのだろうか?
緑色をベースにピンクと青のブツブツか浮かんで、とても酸っぱい匂いがする。
「……落ち着いたら
「う、う、う、う、う、う、う~~~~~~~~ん……やりたくない……やりたくないけど……」
商品は義母のデザインした服や小物。
親子ということでロイヤリティフリー。
とんでもない好条件に加え、通販専門店でもかまわないと提案もされている。
人嫌いな結衣菜にとってこれはとても魅力的な話だった。
「……お金はいるからね……考えとく。ただしばらくは働きたくても働けなくなったしね。誰かさんのせいでね?」
「いや、俺のせいかよ!?」
「そりゃそうでしょ? けっきょく……」
クスクス笑うとゆっくりと振り返る。
そしてふっくらと膨れ上がったお腹を勝ち誇ったように擦りながら結衣菜は、
「負けたのはアンタだから。責任取ってくれるよね? ――――……イッショウ」
ケケケケケ。
そう悪魔的に笑う姉――――いや、嫁。
いや、でもだってそれは――――。
はい……。
やらかしてしまいました……。
なにも言い返せない孝之は、たぶんこのまま……イッショウこの姉の玩具にされるのだろうなと己の弱さを悔やみながら――――後の半生を諦めた。
そして姉には聞こえないようにつぶやいた。
「だって…………ずっと……好きだったから……もごもご…………」
合掌 終わり。
◯◯った姉の燕子花(かきつばた) 盛り塩 @kinnkinnta
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