エピローグ



 太田たちをレアボスから救った翌々日。


 ユウトの自宅には太田たちがやって来ていた。


「工藤君、突然押しかけてすまない」


「いや、予想はしていたんで」


 ユウトは自宅の居間で申し訳なさそうにしている太田へ、手を振りながら笑顔で答える。


 太田が自分がこの家にいることを知っていることから、そのうちお礼に来るだろうと思っていた。なにせ日本に送還されたあの日、この家に自分を送ってくれたのは太田なのだから。


 しかし予想より早かった事と、太田が一緒に連れて来た女性たちの顔を見てやっぱ誤魔化せなかったかと頬を掻いた。


 この居間にはユウトの両隣に玲と楓。そして対面には太田と由美と綾子。そしてその後ろに景子と留美が座っていたからだ。


 綾子以外はユウトが蘇生させた女性たちだ。この場にいるということは、自分が死んだ事と生き返ったことを知っているのだろう。そうユウトは考えていた。


 ちなみに美鈴はお茶を配った後、気を利かせて席を離れている。ユウトや玲たちにダンジョンで人を助けたと聞いていたので、当事者だけにした方が話しやすいだろうと思ったのだろう。


「改めて俺たちのパーティを救ってくれたことにお礼を言わせて欲しい。本当に、本当にありがとう。この恩は一生かかってでも必ず返す」


「今でも信じられないけど、私たちを生き返らせてくれてありがとう。工藤さん、貴方のおかげで賢治とまた一緒にいられるよ」


 深々と頭を下げる太田に続き、隣に座る由美も頭を下げる。あの絶望的な状況を思い出したのだろう、その目には涙が浮かんでいた。


「死んだ記憶はないが、仲間の証言とボス部屋に設置していたドローンの映像を見て自分が死んだこと。そして君に生き返らせてもらったことを知ったよ。ありがとう、私も一生をかけてこの恩に報いたいと思う」


「私もです。必ず生き返らせてくれた借りはお返しします」


「副リーダーとして高価なポーションを惜しみなく分けてくれたこと。そして大切な仲間の命を救ってくれたことに感謝します。本当に、本当にありがとうございました」


 由美に続きショートカットで男勝りな印象の景子と、どこかほわほわしている印象の留美。そして顔にあった火傷が全て消えた綾子も頭を下げた。


「あー、なるほど。ドローンか」


 ユウトはここに来てやっと、なぜ蘇生した事が本人たちにバレたのか納得した。


 そう、留美の荷物に有線式ドローンが設置されており、それがずっと録画を続けていたのである。まあたとえ映像がなくとも景子と留美の首がレッドオーガによって飛ばされた瞬間をパーティの全員が見ている。


 それが繋がって生き返ればあとはどうしてそうなったのかと、ボス部屋で唯一ずっと意識のあった太田に聞くだろう。その時に太田がうまく誤魔化せるとは思えない。なにせ死んだ人間が生き返ったのだから。


「すまない工藤君。景子と留美が死んだ瞬間を全員が見ていて誤魔化すことはできなかった」


「いやまあ……それは仕方ないかな。これ以上広まらないようにしてもらえれば俺はそれでいいですよ」


「それはこの命に変えても必ず約束する。メンバーの皆にもしっかりと言い聞かせてあるから安心して欲しい」


「ドローンの映像も全て消去したのでご安心ください」


 太田が真剣な表情で約束を口にすると、綾子がそれに続く。


 ユウトはドローンの映像が消去されているなら大丈夫かと、ホッと胸を撫で下ろした。


 精霊魔法による蘇生に関してはリルでも慎重に行なっていた。一族からも無闇に行わないようにと口を酸っぱくして言われていたくらいだ。それもそのはずで、地球よりもリルの方がダンジョンで命を落とす者は圧倒的に多い。そしてダンジョンの外でも同じだ。そんな所に蘇生ができる者が現れたらどうなるか? 遺族や仲間たちがユウトの元へ押しかけてくるのが目に見えている。


 だから魔王との戦いで蘇生を使いまくっていた祖父の秋斗以外で、命の精霊を精霊王まで昇格させることに成功した一族の者はそのことを伏せていた。ユウトもリルではなるべく目撃者がいない状態で蘇生を行っていた。目撃者がいてもたいていが冒険者で仲間を蘇生してもらう側の人間なので、皆が口止めには応じてくれていた。そのためこれまでユウトが蘇生できることは知られることはなかった。


 そういう事情もあり太田の恋人が死んだ時に蘇生を行うことを躊躇したわけなのだが、それでも蘇生を行ってしまうのがユウトである。リスクよりも恩を返す事とハッピーエンドを選択した結果であろう。


「しかしその……蘇生してもらえた時にだ……今回はたまたま条件が揃っていたからと言っていたが……その……」


「ああ……そうだよ。誰でもってわけじゃないんだ。まず肉体。特に頭部が残っている事。そしてダンジョンだと死後1日以内。ダンジョン外だと1ヶ月以内というのが蘇生する際のだいたいの条件なんだ」


 ユウトは太田の言い難そうな口調と態度から、恐らく太田たちの仲間に過去に大切な人を失った者がいるのだろうと察した。それで今回ユウトのところへ来る際に、蘇生のことを聞いて欲しいと頼まれたのかもしれないと思い蘇生の条件を答えた。


 ユウトがそのように答えている最中、玲と楓の表情は暗かった。


 ユウトが太田さんに話していることは、玲と楓もユウトが蘇生をしたことを伝えた際に聞いていた内容と同じだったからだ。彼女たちは父親が生き返ることはないと知り非常に残念そうだったが、こればかりはどうしようもない事だと納得するしかなかった。


 ちなみに秋斗がダンジョン外で腹上死をした際、ユウトや一族の者は当然即座に蘇生を試みた。しかしそれはことごとく失敗に終わった。理由は単純だ、秋斗がこの世に未練を一切残すことなく速攻で成仏してしまったからだ。それだけ12時間耐久花びら大回転は秋斗を満足させたのだろう。まさに魔王を倒した時以上の達成感を得たのではないだろうか? ユウトと日本に帰る約束を忘れるほどに……だから送還される前にユウトはあれだけ怒っていたのだ。


「気を使わせてしまって申し訳ない。しかし1日……そんなに短いのか」


 太田はユウトが意を汲んでくれたことに感謝しつつ、蘇生できるタイムリミットの短さに驚いているようだ。


「ダンジョンが魂を回収しちゃうからね。それに抵抗するには大量の魔力とこの世に残るという強い意志の両方が必要なんだけど、三つ星探索者クラスでも1日かもっても2日くらいだと思う」


「え? ダンジョンが魂を?」


 太田に答えるユウトに由美が目を見開いて聞き返す。由美だけではない、綾子も景子も留美も初めて知ったという表情を浮かべユウトを見ている。


「ああ、ダンジョンは人間の魂を回収する装置なんだ。回収された魂がどうなるかはわからないけど、ダンジョンの中からは消えてしまうのは間違いないよ」


 ユウトはそんな彼女たちの視線を気にする事なく、当たり前のように答える。魔神によって回収された魂が、魔界の魔物を生み出すことに使われていると答えないのは玲と楓がいるからだろう。二人の父親が魔界の魔物に生まれ変わっているかもしれないなどと、そんなことユウトの口からは言えなかった。


「人間の魂を回収する装置……確かに宝箱のアイテムは人間の欲を満たす物ばかりだ。あれは人間をダンジョンに誘き寄せるための餌だったというわけか」


 ユウトの言葉に太田も思うところがあるようだ。腕を組みながら深刻な表情を浮かべている。


「確かにそう考えたら全てが納得がいくかも」


「ダンジョンは身体能力の強化といい延命といい、人間にとって魅力的な能力とアイテムを与えてくれる事から昔から何かしら目的があると言われていたけど……」


「それがまさか魂を回収することだったなんて」


「蘇生ができる工藤さんが言うんだから本当なんだろうね」


 太田に続き由美も綾子も景子と留美でさえも理解を示す。


 これまでユウトが何者なのかを誰一人聞いてこない。


 男なのに魔力を持ち、強力な魔法を魔道具なしで放った挙句に魔銃という地球にはない武器まで所有していた。そして挙句の果てには死んだ人間すらも生き返らせたにも関わらずだ。


 これは蘇生魔法のことを太田だけの秘密にできなかった以上、これ以上ユウトのことを探るようなことをしないようにしようと。恩を仇で返すことだけはやめようと。そう太田がユウトの家に来る前に由美たちと話し合ったためである。


「まあそういうわけで、蘇生魔法も万能ってわけじゃないんだ」


「そうか、そうだな。答えてくれてありがとう工藤君。これで仲間も納得してくれると思う」


「いいよ、気持ちはわかるし」


 再び頭を下げる太田にユウトは笑みを返す。大切な人が亡くなり、蘇生できる人間が現れれば縋りたくなる気持ちもわかる。


「それとこれを返すよ。これのおかげでレッドオーガを倒せた。本当にありがとう」


 太田は脇に置いていた野球のバットケースのような長細い袋から、ユウトから借りていたライフルタイプの魔銃を取り出しテーブルの上に置いた。


「え? それは太田さんにあげたものだから今後も使ってよ。所有者登録も終わってるし、太田さんしかもう使えない武器なんだしさ」


 魔銃のグリップ部分の宝石の色が所有者登録済みとなっている。これはユウトが太田に渡す際に、太田の血液で登録したからだ。男性に魔力がなくとも体内には魔素が蓄積している。それは主に血液内に存在していることから、魔銃の所有者登録が問題なく行えていた。


「い、いやしかし! こんな強力な武器をもらうことなど!」


 ユウトの譲るという言葉に太田も由美も大きく横に首を振る。正直言って三つ星ダンジョンのボスであるレッドオーガを数発で倒せる魔銃は欲しい。しかしこれ以上借りを作っても返しきれない。と、そう思っているのだろう。


「三つ星探索者になったんでしょ? ならその武器は絶対に必要だと思う。二度と大切な人を失わないためにね。今度こそ守るんだよ、太田さんが由美さんを。そのためには必要な武器なんじゃないかな?」


 ユウトは自分たちがダンジョンから戻ってすぐに太田たちがやってきたことから、問題なくボス部屋の転移陣を使ったのだと認識していた。そしてボス部屋の転移陣を使って地上に戻れば、当然三つ星探索者になっているであろうことも。


 ユウトの予想通り太田たちは、ユウトがボス部屋から出ていってすぐに姿をくらましたこと。そしてポーションで傷は治りはしたが他のメンバーたちが消耗していたことから、やむなくボス部屋の転移陣を使って地上へと戻った。そして待ち構えていた探索者協会職員にあれよあれよという間に三つ星探索者に認定されていた。


 もともとレアボスにさえ出会わなければボスを倒せる実力はあったので、能力が足らないということはない。ただただ不運だっただけなのだ。


 そんなユウトの言葉に太田は唇を噛み締めながら口を開く。


「俺が由美を……そう……だな……工藤君、ありがたく使わせてもらうよ。ただ、さすがにもらうことはできない。あくまでも借りるということにして欲しい。レンタル料も毎月払う。どうかそれでお願いしたい」


 太田は二度と目の前で恋人が死ぬ姿を見たくなかった。だがこれ以上ユウトに甘えるのもはばかられた。その妥協点がレンタル料を支払うということなのだろう。


「別に太田さんにならあげてもいいんだけど……まあそれで太田さんが納得できるならそれでいいよ。じゃあ貸したものを失くされたら困るからこれも貸しておくね」


「なっ!? こ、これはマジックポーチ!?」


 しかしユウトはテーブルにマジックポーチを置き、せっかく心に折り合いをつけた太田を追撃する。気に入った人間にはとことん世話を焼きたがる男なのである。


「だってそんなでかい魔銃を持ってダンジョンに入ったら目立つじゃん。だからこれに入れて持っていけば誰にも見られないでしょ? 魔銃は太田さんにしか使えないとはいえ、誰かに奪われたら面倒だし」


 ユウトの言葉を聞きながらもマジックポーチに釘付けの太田……いや太田だけではない。由美や綾子たちもマジックポーチに釘付けだ。


 それはそうだ。売れば3千万以上する物を目の前にポンと出され、貸してくれるなど言われて驚かないはずがない。


「そ、それはそうだがマジックポーチだぞ? そんな貴重な物を借りるのは……」


「ありがたくお借りします」


「お、おい綾子」


 遠慮する太田の言葉に被せるように綾子が頭を下げたあと、マジックポーチを手元へと引き寄せた。その行動に太田が眉を顰める。


「賢治、工藤さんのご好意をこれ以上受けれないという気持ちはわかるわ。私も同じ気持ちよ。ボス部屋から逃れても壊滅寸前だった私たちのパーティを助けてくれて、由美や景子たちを生き返らせてくれた。これ以上何かをもらうのは図々にも程があると思う。でも工藤さんから受けた恩を返すためにには、言葉ではなく私たちが三つ星ダンジョンでを攻略しないといけないと思うの。そうして貴重なアイテムを手に入れて、それを工藤さんに渡して初めて受けた恩の一部を返すことができると思うのよ。そのためには強力な武器が必要だし、大量の荷物を運べるマジックポーチも必要だと思うの」


「……そうよね。どうせ返せないくらいの恩を受けているんだから、今更遠慮しても仕方ないよね。ここはありがたく借りとこうよ賢治」


 綾子の言葉に由美も続く。そう、どうせ返せないほどの借りがあるのだ。今更一つや二つ増えても返しきれないのは同じである。なにより貸してくれるユウトがいいと言っているのだから、素直に借りておくべきだと綾子と由美は考えた。


「……わかった。三つ星ダンジョンでマジックポーチを手に入れたらすぐに返しに来るから、それまでありがたく貸してもらうよ工藤君」


「あはは、まあ無理をしないように。まだいっぱい持ってるし、何十年かかってもいいから」


「いっぱいって君はいったい……いや、そうだな無理はしない。だがなるべく早く返せるようにがんばろう。さすがに十年も掛けたら俺の身体も動かなくなっているだろうしな」


 太田はそう言って苦笑いをする。


「そっか、男は寿命が短いもんね」


 そんな太田の言葉にユウトはそれだけを返した。


 それから数十分ほどそれまで黙っていた玲と楓を交えダンジョンの話をすると、太田たちは帰ることになった。


 その際に居間を出ていく太田だけを呼び止め、二人きりになるとユウトは長生きするおまじないがあると言って太田に目を瞑らせた。そしてその首に金色の首輪を嵌め、戸惑う太田にそのままじっとしていてと伝え数分後に首輪を外した。


 太田はなんだったのかユウトに聞くが、おまじないだと言って誤魔化される。


 そう、太田の首に嵌めたのは魔封じの首輪だ。ユウトは太田の体内に蓄積する魔素を、魔封じの首輪で取り除いたのである。何をしたのか答えなかったのは、これ以上太田に借りを作ったと思わせないためだろう。


 しかし太田は数ヶ月後の健康診断で知ることになる。自分の体内から魔素が綺麗さっぱり無くなっていることを。そしてそれにより寿命が大幅に伸びたことを。


 これはユウトによる最後の恩返しであった。



 数年後、由美たちのパーティであるウィンクルムが【勇魔兵団レギオン・オブ・ブレブデビル】に加入し、太田が元ポーターたちによる魔銃部隊の隊長となることをこの時の二人はまだ知らない。


 太田とユウトとの関係はまだ始まったばかりなのだから。





 ※※※※※※※


 作者より


 ここまでご愛読ありがとうございました。


 キリの良いところということで、1章はこれで終わりです。


 今後は2章の書き溜めに入りたいと思います。


 ちょっと最近忙しくて時間がかかりそうです。スミマセン。


 今回初めて三人称視点で書いてみましたが、想定の倍の文字数になってしまいました。今後は書き方を見直し、2章はもっとテンポよく親子丼……いえ、ユウトが活躍する姿を書いていきたいなと。


 取り敢えず、書き溜めが終わりましたらまた連載開始したいと思います。


 ではまた!

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送還された勇者・・の孫、しかも淫魔 黒江 ロフスキー @shiba-no-sakura

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