第78話 勇者の孫の恩返し⑦
「やった……俺がレッドオーガを……由美……景子、留美。仇は取ったぞ」
レッドオーガが消滅していくのを見届けた太田は、魔銃を床に置き由美の頭部を彼女の胴体のある場所へと持っていった。そして千切れた首の位置に置き、大粒の涙を流しながら由美の髪を優しく撫でた。
ユウトは太田の後ろ姿を見ながら困ったように頭を掻いていた。
(まいったな……バレたら絶対に面倒な事になるんだけど……太田さんには借りがあるしな。うん、爺ちゃんも恩を受けたら必ず返せって言ってたしな)
ユウトは無理やり理由を付け、一人納得したように頷いたあと太田へと声を掛ける。
「太田さん、缶コーヒーと親戚の家に送ってくれたお礼をまだ渡してなかったよね」
「そんなこと……こうして助けてくれたうえに仇まで取らせてくれたじゃないか。もらい過ぎもいい所だ」
太田はユウトが口にした言葉の意味が理解できなかった。なぜ今このタイミングで、1ヶ月も前に奢った缶コーヒーの話が出てくるのか? しかしそれでもユウトが気にしているならと、借りを返すには十分過ぎる物をもうもらっていると答えた。
しかしユウトは太田の言葉に首を振る
「爺ちゃんにさ、受けた恩は万倍返しをするように言われてんだ。だから今から缶コーヒーと親切にしてくれた残りの恩を返すよ。ミトア、ちょっと力を貸してくれ」
ユウトがそう口にした瞬間。
ユウトの頭上を中心に部屋が緑色の眩い光に包まれる。
そしてその光が収まると、ユウトと太田の間に全裸の美しい女性が現れた。
その女性は20代前半くらいで金糸のような長い髪に非常に整った顔立ちをしており、肌は白く長い耳が髪の間から垂直に伸びている。その姿はリルにいるエルフによく似ていた。しかし彼女はエルフではない。それは彼女の肉体が精霊と同じく半透明であることが証明している。
そう、彼女は精霊だ。それも命の精霊王である。
その命の精霊王であるミトアが薄い胸を張りながら口を開いた。
「あらユウト。また私をオカズにするために呼んだの? 本当に変態なんだから。でもちょうど良かったわ。新しいポーズを習得したの。どう? 」
ミトアはどこか得意げな表情を浮かべ、空中でユウトへ向けてまるでバレリーナのように片足を垂直に上げて爪先を掴んだ。
「ちょ、ばっ! 違うよ! 今日はそうじゃねえって! 力を借りようと思って呼んだんだよ!」
たまにミトアを呼んで魔力を餌にいろんなポーズを取らせオカズにしていたことをバラされたユウトは、焦ったように呼び出した理由を伝える。しかしその視線は目の前で開脚されたミトアの股間に釘付けだった。
明らかに人ならざる者とユウトとのやり取りに、太田はどう反応していいのかわからず固まっている。それはそうだ。突然半透明とはいえ全裸の美女が空中に現れたと思ったら、いきなりユウトの前で片足を上げ大事な部分を見せつけているのだ。痴女だと思ってもおかしくはないだろう。
「あらそっち? そういえばここはダンジョンの中みたいね。ああ、また知り合いが死んだの?」
ミトアは自分の能力をアテに呼び出されたことに驚いたが、そこで初めて周囲の状況を見て納得した。この発言だけで普段からユウトがオカズにするために頻繁に呼び出んでいたことがわかる。ミトアは精霊のため触れられないが、もし触れることができたなら常時呼び出されユウトに好き放題されていたかもしれない。
「そうそう、そこの女性と入口横にいる女性たちを頼むよ」
「ふーん、人族が見てるけどいいの?」
「大丈夫、この人なら信用できるから。太田さん、今から起こることは他言無用で頼むよ」
「え? あ、ああ……クドウ君、いったい何をしようとしているんだ?」
「太田さんにとって良いことだよ。ミトア、やってくれ」
「ふふっ、良かったわねそこの人族。ユウトと私に感謝しなさい」
ユウトの指示にミトアは太田へと微笑み、そして両腕を天へと向けた。
すると由美の遺体のある地面から無数の緑色の半透明の蔦が現れた。入口横に倒れている留美と景子も同じだ。
そしてその蔦がまるで繭のように遺体を包み込むと、その繭を照らすように天井から金色の光が降り注いだ。
太田はその神秘的とも思える光景を目を見開き、口を半開きにして見ている。
やがて繭を照らす光が収まると、繭を構成していた蔦も一本、また一本と消えていった。
そして全ての蔦が消えると、そこには離れていたはずの頭部と胴体が元通りくっついている三人の女性の姿があった。
「あ……ああ……そんな……ありえない……そんな……」
太田は目の前にいる傷一つない由美の姿を見て口を震わせる。
首が繋がっていたからではない。由美の胸が上下に動いていたからだ。
ユウトは空間収納の腕輪からシーツを取り出し、固まって震えている太田の肩を叩いて差し出す。
「太田さん、彼女は生き返ったんだ。早く抱きしめてあげなよ」
「くどう……くん……本当に? 本当に由美は……」
太田は目の前で起こっていることに頭が追いつかないようだ。そのため
「ああ、俺は蘇生魔法も使えるんだ。誰にでもってわけじゃないけどね。今回は条件が揃っていたからさ、だから使った。太田さん、俺はハッピーエンドが好きなんだ。だから早く彼女を抱きしめて太田さんの幸せな姿を見せてくれよ」
「あ、ああ……由美!」
太田は溢れ出る涙を拭うことも忘れ、ユウトから渡されたシーツを手に恋人の元へと駆け寄る。そして彼女の身体にシーツを掛けたあと優しく抱きしめた。
「それじゃあ私は帰るわね? ねえユウト、本当にオカズにしなくていいの?」
そんな太田と由美の姿を見ていたミトアが、ユウトへとこのまま本当に帰っていいのかと問いかける。その表情はどこか残念そうだ。
「ちょ、お前空気を読めよ。こんなとこでできるわけねえだろう。また呼ぶから今は帰ってくれ」
「そう、じゃあそれまでにまた勉強しておくわね。早めに呼んでねユウト」
ミトアはユウトのまた呼ぶと言う言葉に納得したのか、手を振りながら精霊界へと帰っていった。
「ったく、あれでよく精霊王なんかやってるよな」
ミトアがああなったのはユウトのせいである。彼女が女子中学生くらいの体型になった中級精霊の頃から、色々なポーズを仕込んだのはユウトだ。ちなみに祖父の秋斗が契約していた命の精霊王はドSで、呼び出されると秋斗を蔦を使って縛ったり叩いたりしながら言葉責めをしていた。もちろんそうするように秋斗が仕込んでいたからである。
視姦されるのが好きな精霊王と、ドSの精霊王を送り込まれた精霊界が心配である。
「さて、そろそろ目を覚ますだろうし帰るか」
ユウトは太田と恋人を二人にしてやろうと思い、太田たちに背を向けボス部屋の出口へと歩き始めた。
しかしユウトが歩き出した音に太田が気付き声を掛ける。
「ク、クドウ君」
「ん? あー、大丈夫だよ。もう少ししたら目が覚めると思うから。ゆっくり感動の再会をしていてよ。外のお仲間には声をかけておくから」
太田の呼ぶ声にユウトはズボンのポッケに手を入れたまま半身を向け答える。
だが太田が聞きたかったことは、由美がいつ目が覚めるかと言うことではなかったらしい。それどころかどこか眩しいものを見るような目をユウトへ向け再び口を開いた。
「あ、いや……君は……その……神……なのか?」
太田の問いかけにユウトはクスリと笑みを浮かべ答える。
「そんなたいそうな存在じゃないよ。俺はただの勇者の孫さ、んじゃお幸せに」
そして再び背を向けてボス部屋の出口へと歩き出した。
「勇者……の孫?」
太田は神も勇者もお伽噺の中だけの存在だと、自分はそんなんじゃないとユウトは言いたいのではないかと思った。
それでも自分と恋人と仲間を救ってくれた救世主であることには変わりがないと、去っていくユウトの後ろ姿に太田は深く頭を下げるのだった。
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