第77話 勇者の孫の恩返し⑥


 ボス部屋の扉を蹴破り中へと入ったユウトの目に最初に映ったのは、扉近くに転がる2つの首のない遺体だった。


 ユウトはそれが女性の遺体であることを確認すると、すぐに部屋の奥へと視線を向ける。そして正面よりやや左側にパワードスーツを着ている男の横顔が見えた。


「や、やっぱり太田さん!?」


 ユウトはその見覚えのある顔に、咄嗟に名を叫ぶ。


 突然部屋に現れたユウトに対し、剣を振り上げていたオークやその後ろにいる残りのオークとオーガたちは微動だにしない。オークもオーガもゴブリンよりは知能が高い。ユウトの膨大な魔力に無闇に動くのは危険だと本能で察したのだろう。 


 ただ、玉座に座るレッドオーガだけは、腰を浮かせ大剣に手を伸ばしいつでも反応ができる姿勢を取っているようだ。


「くどう……君?」


 ユウトの声に太田は振り向き、目を見開き驚きつつもユウトの名を口にする。



「太田さん! テメエら! 誰に剣を振り上げてんだ死にやがれクソ雑魚が! 『黒槍山』!」


 顔と声、そして自分の名を呼んだことで太田さんであることを確信したユウトは、その太田に剣を振り上げているオークの姿に激昂した。そして怒りのままに闇の精霊魔法を発動する。


 すると太田より奥。ドーム球場の半分ほどのスペースを、3メートルはある黒い槍がまるで剣山の如く地面から突き出される。


《ブギッ》


《ガァァッ!》


《グラァァァ!》


 黒槍は太田の目の前で剣を振りかぶっていたオークの股間から脳天を串刺しにし、背後にいた2体のオークとオーガも腕・足・胴体・首を黒槍により貫かれていた。


 一方レッドオーガは不壊属性の玉座のおかげでその胴体に黒槍は届かず、オークやオーガたちのように串刺しになることは避けられた。


 しかし玉座の前にあった両脚は黒槍に貫かれており、レッドオーガは苦痛に顔を歪めている。


 ユウトはそんなレッドオーガなど気にも止めずに太田の元へと駆け寄り、その身を抱き起こした。


「ク、クドウ君……い、今のは」


 目の前で起こった現象に目を見開き、声を震わせながらユウトへと問いかける太田。


 太田が驚くのも当然だ。明らかに魔法、それも規格外の魔法を魔力を持たないはずの男が放つところを目の当たりにしたのだから。


「俺は魔力持ちなんだ。それよりじっとしててよ、命の精霊よ」


 混乱する太田へ魔力があることを伝えたユウトは、傷の深さや出血量からポーションでは間に合わないと判断し精霊魔法を発動した。するとすぐに太田の腹部に半透明の緑色の蔦が現れ患部を包み込んだ。


「なっ!? こ、これは」


 太田は傷がみるみる内に治っていく光景に、信じられないといった表情を浮かべながらユウトを見る。


「回復魔法みたいなもんかな。俺は特殊な魔法が使えるんだ」


 ユウトは太田の顔色が良くなったことにホッとしながら答える。


「か、回復魔法だって? そんなもの聞いたことない……いったい君は何者なんだ?」


「まあ俺のことはいいんだ。それよりなんで魔力を持たない太田さんがたった一人でボス部屋に飛び込んだんだ?」


「……恋人を助けるためさ。助けられなかったけどな」


 太田は悔しそうにそう口にして恋人の頭部を抱きしめる。


「あ、そういえば外にいたチャラそうな男が言ってたっけ。そっか……じゃあ仇を取らないとな」


 ユウトは先ほどからウガァウガァと耳障りな声を発し、両太ももを突き刺している黒槍を叩き折ろうと大剣を振り回しているレッドオーガへと視線を向けそう口にする。


 怒りに任せて相当な魔力を精霊に渡したからか、ユウトが発動した黒槍はレッドオーガの斬撃に傷すら付いていない。


「頼む……」


 ユウトの仇を取るという言葉に太田は頭を下げる。


「いやいや、太田さんが倒すんだよ。じゃなきゃ仇討ちにならないだろ?」


「いやしかし……いくら動けないレッドオーガが相手でも、魔力を持たない俺がダメージを与えることは」


「できるさ。これがあればね」


 ユウトはそう言って空間収納の腕輪からライフル型の銃を取り出し太田へと手渡した。


「これは……小銃? しかし魔物に銃など」


 太田の言うように現代兵器はダンジョンの魔物には通用しない。


「これは小銃じゃなくて魔銃だよ」


 しかし魔銃であれば話は別だ。ユウトが出したのは玲たちに渡した護身用の拳銃タイプの魔銃ではなく、ライフルタイプの魔銃である。これは銃身部に増幅と加速の魔道回路が刻まれているため、拳銃タイプよりも射程と威力は高くなっている。その代わりその銃身の長さと重さから取り回しが悪く、接近戦で使うことは難しい。


「魔銃?」


「魔石の魔力を弾丸みたいに射出するんだ。オーククラスの魔石を銃底部のそのドラムの中に入れると10発撃てる。威力はレッドオーガの皮膚を貫けるくらいはあるから問題なく倒せるよ」


「そ、そんなに威力があるのか!?」


 太田は三つ星ダンジョンのボスであるレッドオーガの皮膚を貫けると聞いて、何度目かわからないほどの驚きの声を上げた。


「そうだよ。まあ10発撃ったら魔石を交換しないといけないから過信は禁物だけどね。ああやって動けない的を撃つなら余裕でしょ。太田さん、銃を撃ったことは?」


「あ、あるが」


 太田の趣味はサバゲーということもあり、国内の実弾射撃場で何度かライフルや拳銃を撃ったことがあった。


「じゃあ問題ないね。そしたらあそこのクソ雑魚オーガを撃とうか。大丈夫、あのマヌケはあそこから動けないから」


「わ、わかった」


 太田は色々と聞きたいことはあったがその全てを飲み込み、抱えていた恋人の頭部を横に置いて膝立ちとなり魔銃を構えた。


(由美……今仇を取ってやるからな)


 そして恋人の頭部とその先に倒れている胴体へ視線を送り瞑目した後、玉座でいまだに両足を貫いている黒い槍に大剣を叩きつけているレッドオーガへと狙いをつけ引き金を引いた。


《ガアァァァ!》


 まるで空気中のようにバシュっという音と共に放たれた魔弾は、レッドオーガの腹部へと命中し穴を開けた。そしてその痛みにレッドオーガは叫び声を上げ、攻撃したであろう存在。太田を憤怒の表情で睨みつける。


(凄い……本当にレッドオーガの皮膚を貫通した。次こそは仕留める!)


 しかし太田はレッドオーガに睨まれたことなど気にも止めず、魔獣の威力に驚きつつ再び引き金を引く。そして今度はレッドオーガの右胸へと命中する。


《グガアアァァ!》


「おっと、無駄な足掻きすんな雑魚」


 レッドオーガはこのままではなぶり殺しにされると思ったのか、手に持っていた大剣を太田へと向けて全力で投擲した。しかしユウトが太田の前に立ち、その大剣を素手で払いのける。


「あ、ありがとうクドウ君」


 太田はレッドオーガが渾身の力で投げた大剣を素手で軽々と払ったユウトへ、顔を引き攣らせながら礼を口にする。


「これくらいどうってことないって。さあ、どんどん撃っていこう」


「わ、わかった」


 太田は二回ほど撃ったことで魔銃の特性を把握したのか、今度は連続で引き金を引いた。


 そしてそれら全てがレッドオーガの胸と首。そして額に命中し、レッドオーガは断末魔の声をあげる間もなくその身を魔素へと変換させ消滅した。


 レッドオーガいた場所にはゴルフボールほどの大きさの赤い魔石と、その横にいつの間に現れた3つの鉄製の宝箱だけが残されていた。


 こうしてユウトの助力を得て、太田は恋人の仇を討つことに成功したのだった。

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