第76話 勇者の孫の恩返し⑤
時は綾子たちがボス部屋から出てくる所まで遡る。
玲たちと宝箱探しをしていたユウトは、楓が四つめの宝箱を開けるのを眺めていた。
「うわぁ、鉄の盾に5等級ポーションだけだよ。ハズレだね」
宝箱の中身を確認した楓が残念そうに振り向く。
「ははっ、二つ星ダンジョンくらいじゃそうそう当たりは無いよ。三つ星ダンジョンから一気に良くなるからその時のお楽しみだな」
「そういえば痩せ薬とか出るんだよね。アリアが喜ぶかも」
「ふふっ、食べるのが好きだからなあの子は」
「あのぽっちゃりの子か。胸も大きいし顔も綺麗だよな。なんというか癒し系って感じに見えたな」
「そうそう、性格も癒し系なんだよ」
「確かにアリアと話しているとほんわかするな」
「へぇ、会うのが楽しみだな」
そしてできればあの大きな胸に挟まれて癒されたい。と、相変わらずそんなことをユウトは考えていた。
「アリアは男の人が苦手だから、えっちな目で見たら駄目だよ?」
ユウトの考えていることが分かったのか、楓がジト目でユウトに釘を刺す。
「こ、こんなに可愛い恋人が二人もいるのに他の女の子をそんな目で見るわけないだろ」
ユウトは玲と楓の間に移動し二人の腰を抱きながら誤魔化そうとする。
「どうだか、兄さんはえっちだしなぁ」
「ユウトは筋金入りのスケベだからな。さっきだって私の尻を何度も撫でてきたし。他の探索者に見られたらどうするんだ」
「あはは、玲の大きなお尻を見てたらつい……でもこの辺に探索者の反応はないから安心し……ん?」
「どうしたの兄さん?」
話の途中で突然虚空に視線を向け、何かに耳を傾けているような仕草をし出したユウトに楓が声を掛ける。
「いや精霊がさ、ボス部屋から出てきた探索者がゴブリンに襲われてるって。かなり劣勢みたいだ」
どうやら宝箱探しに行かせていた精霊から報告があったようだ。
「え? ボス部屋から出てきたって……」
「ボスの討伐に失敗したのか! そこにゴブリンが襲いかかったということは楓!」
「うん! 助けに行こう!」
玲と楓は襲われている探索者を助けに行くことを即決する。これは学園でダンジョン内では探索者同士助け合うように教えられているということもあるが、二人の父親がボス部屋から外に出てからの魔物の襲撃によって命を落としたことも影響しているのだろう。
「まあ二人ならそう言うよな。こりゃまた忙しくなりそうだ」
ユウトは影狼を向かわせようと二人に提案するつもりだった。それなら襲われている探索者たちに姿を見せなくても助けることができるからだ。
しかし二人はユウトがそれを口にする前に助けることを即決し行動を始めた。
こんな最下層に学生の二人がいることが知られれば、またスカウトやら勧誘やらが激しくなるとユウトは思いつつ、まあなるようになるかと二人を追いかけるのだった。
途中行手を塞ぐゴブリンをユウトが瞬殺し、三人はボス部屋に繋がる通路へと躍り出た。すると100メートルほど先にあるボス部屋の前で、倒れている4人の女性たちを守るようにパワードスーツを身に纏った一人の男性と、革鎧姿の三人の女性が10体のゴブリンと戦っていた。
男性が必死にゴブリンアーチャーとウィザードの魔法を両腕に装着したカイトシールドで弾こうとしているが、かなり被弾したようで顔面に酷い火傷を負っておりパワードスーツの隙間からかなりの血が流れ出ている。それでも倒れている女性を庇うように、今またゴブリンウィザードの火球をその身で受け止めていた。
残りの三人の女性たちも身体のあっちこっちに矢が刺さっており、腕や足だけでなくゴブリンに斬られたのか腹部からも出血をしているようだった。どう見ても全滅寸前のパーティだ。
「楓!」
「わかってる! アイススピア! アイススピア!」
先頭を走る玲の言葉に、楓は走りながら杖を構え魔法を放つ。そして頭上に現れた3本の氷の槍をゴブリンへ向けて放ったあと、再び3本の氷の槍を出現させては放つを繰り返した。
ゴブリンたちは楓たちの存在に気づいていない。目に前の傷付きあと一息で倒せそうな獲物に夢中なようだ。
しかしそこに楓の放った氷の槍のうち4本が、ポーターの男と探索者たちと打ち合っていたゴブリン4体の胴へと命中する。そして着弾と同時に玲がゴブリンアーチャーとウィザードを背後から奇襲した。
《グギッ》
《ギャッ》
一撃だった。玲が横なぎに振るったミスリルの剣は、ゴブリンアーチャーとウィザードの胴を簡単に両断した。
それも当然だ。三つ星探索者クラスの魔力を込めた剣と玲の身体能力によって繰り出された斬撃を、二つ星のゴブリン程度の魔力と肉体で止められるわけがない。
背後からの奇襲に気づいた残りの4体のゴブリンが玲と楓へと向かってくるが、その背をそれまで戦っていた探索者の女性の槍が貫く。そしてそこに玲が疾風の如く現れ3体のゴブリンを次々と斬り伏せていく。
「た、助かった……ありが……とうっス」
「助かったよ……」
ゴブリンが全て倒れたことで張り詰めていた気が抜けたのか、男性は崩れるように倒れた。そして一緒に戦っていた三人の女性も持っていた槍にもたれかかるようにその場に膝をついた。
「大丈夫ですか! ああ……酷い……ユウト!」
倒れた男性と女性たちへ駆け寄り、その怪我の酷さにユウトへ振り向き確認を取る楓。言外にこの世界に存在しないはずの3等級のポーションを使っていいかと聞いているのだ。
3等級のポーションは骨折を瞬時に治し、切断された四肢の再生はできないがくっつけることはできる。さらに体力回復と造血の効果まであることから、ここにいる怪我人は全員完治させることができるだろう。
「ああ、構わないよ。助けてあげよう」
ユウトはすぐに頷き、自らも空間収納の腕輪から3等級のポーションを取り出し倒れている四人の女性たちの元へと向かう。
玲は近くの柱の陰で影狼をコッソリと呼び出し待機させてから、収納の指輪から3等級のポーションを取り出しユウトの元へと向かう。影狼を出したのは治療中の襲撃を避けるためだ。
「あ……んくっ……た、助かったよ……え? な、なにこれ? 折れていたはずの腕が……」
「え? え? ち、千切れかけていた足が元に……」
ユウトと玲に3等級を飲まされた倒れていた女性たちが驚きの声をあげる。
そんな彼女たちにユウトは安心させるように微笑みながら声を掛ける。
「そのままもう少しだけ安静にしていれば失った血も元に戻りますから」
「え? 血まで? ん? あれ? 君はもしかしてあの時の」
「ああっ! あの時の怪力くん!」
「は? 怪力くん?」
ユウトはどうも自分のことを知っている風の二人と、怪力くんと呼ばれたことに困惑した。
「1ヶ月くらい前にカフェで倉田たちのパワードスーツを解体していたでしょ? あの場に私たちもいたのよ」
「ああなるほど」
金髪の日焼けした肌の女性の言葉にユウトは納得した。
その時だった。
背後から男の必死な声が耳に入ってきた。
「お願いっス! 太田さんが中に! レアボスを足止めしている由美さんを助けるって! めちゃくちゃ強いお二人にお願いっス! どうか助けに行って欲しいっス! お礼ならなんでもするっス! だから連れ戻してきて欲しいっス!」
男の言葉にユウトの前にいた女性たちは沈痛な表情を浮かべている。
「え? 今太田さんって言ったか?」
そんな彼女たちをよそに、ユウトは聞き覚えのある名前に反応し茶髪の男へ聞き返した。
気になっていたのだ。後で分かったことなのだが、ユウトを美鈴の家に送ってくれたあと太田が向かった方向は奥多摩だった。そして車には野営をするための道具などが積まれいたこと。太田が言っていた荷物運びの仕事という言葉。そのことからユウトはもしかして太田はポーターをしているんじゃないかと考えていた。
太田という名前が珍しくはないことを、日本に来てまだ1ヶ月程度のユウトは知らない。だから茶髪の男が口にした太田は、ユウトの恩人の太田と同一人物なのではないかと疑った。
茶髪の男は革鎧すら身につけていないユウトの姿に驚きつつも答える。
「そ、そうっス! 太田 賢治さんっス! 同じポーターなら知らないっスか!? 面倒見の良くて見た目は老けてるけど実は若いイケオジっス! 恋人を助けるためにレアボスのいる部屋に入っていったっス!」
「玲! 楓! 彼女たちを頼む! 俺が見てくる!」
ユウトは捲し立てるように話す男の言葉が終わる前に駆け出し、玲と楓に後のことは任すと言ってボス部屋の扉を蹴破った。
荷物持ち《ポーター》で面倒見が良くて老け顔というだけで、ユウトが行動を起こす理由としては十分だった。
「え? ええぇぇぇ!?」
パワードスーツどころか革鎧すら身につけていない自分とそう変わらない年の男が、いきなり躊躇いもなくボス部屋の扉を蹴破り入っていった。そのことに茶髪の男はまるでムンクの叫びのように両手を頬に当てながら叫んだ。
そんな男の横では玲と楓がお互いに顔を見合わせ、仕方ないといった表情を浮かべ倒れている女性たちのもとへと向かうのだった。
レアボスがいると聞いても二人に不安はない。ユウトなら負けることはないと信じているからだ。
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