第75話 勇者の孫の恩返し④



 ボス部屋の扉を開き中に入った太田の目に最初に飛び込んできたのは、入口から少し離れた場所にあった景子と留美の遺体だった。


 二人の遺体のすぐ隣には切り離された頭部があり、その表情は一体何があったのかわからないと言いたげだった。綾子の言った通り一瞬の出来事だったのだろう。


 太田は唇を噛み締め二人の遺体から視線を逸らし、部屋の中央へと向ける。


 そこでは3匹のオークがこちらに背を向けて何かをしている様子だった。その向こう側ではレッドオーガと思わしき赤い肌をしたオーガが玉座に座っており、その両隣に通常のオーガが2体立っている。いずれもオークたちが囲んでいる何かをニヤついた顔で眺めていた。


 太田が入ってきた事には気づいた様子はない。太田に魔力がないからか、それとも取るに足らない存在と思われているのか。


 太田は慎重にオークが囲んでいる何かが見える位置まで横にずれる。


 するとオークとオークの隙間から、鎧と衣服を剥かれている最中の由美の姿が見えた。両腕と両足が曲がってはいけない方向に曲がっているが、その目はオークを睨みつけていた。恐らく自害をしようとしているのだろう。口に詰め込まれた布を一生懸命吐き出そうとしている。


 生きている! 


「由美!」


 太田は由美が自ら死のうとしている様子にいてもたってもいられず大声を張り上げた。


 そしてパワードスーツの出力を全開にし、一気に恋人を囲むオークの元へと駆け出す。


(ショルダーチャージで吹き飛ばし、その隙に由美を攫い出口へと逃げ込む!)


 大盾は壊れ魔力もない太田には、質量によって魔物を吹き飛ばすことくらいしかできない。


 恐怖はない。太田の視線は下半身を丸出しにしている正面の一体のオークを吹き飛ばすことだけでいっぱいだった。


 一方、恋人の声が聞こえた由美は太田へと視線を向けその目を見開く。そして口の詰め物をなんとか吐き出し力の限り叫んだ。


「賢治! きちゃだめぇぇぇ!」


 由美は魔力も無いポーターがたった一人でレアボスと、その取り巻きが残るこの場所に来ても確実に殺されることが分かっていた。


 恋人が助けに来てくれたという喜びよりも、恋人を失う恐怖の方が彼女の心を支配していた。だから太田に来るなと叫んだのだ。


 だが太田は止まらない。止まれるわけがない。無謀なのは分かっている。魔力のない自分がオークに勝てるとは思っていない。だがそれがなんだというのだ。恋人が犯され殺されようとしているのに、ここで尻尾を巻いて逃げ出せるわけがない。


 この男性の地位が低くなった世界でも、太田は漢だった。無力でもなんでも大切な人を守るために命を懸ける。そんな数十年前に失われた漢の姿がそこにはあった。


 太田にとって恋人を失う恐怖に比べれば、オークなど恐るに足らない存在なのだ。だから太田は躊躇うことなくオークへとショルダーチャージを行おうと右肩を突き出す。


 しかし


 「ぐあっ!」


 突然ターゲットにしていたオークとは別のオークが太田の進行方向に立ちはだかった。そしてあっさりとパワードスーツで加速した太田をその身体で受け止めた。


 太田はその衝撃に一瞬の意識が飛びそうになる。が、気合いで意識を繋ぎ止め、もう一度タックルを試みようと後退しようとする。


 だが身体がまったく動かない。パワードスーツも反応しない。それどころか腹部が焼けるように熱い。


 太田はチラリとその熱くなって腹部を見た。するとそこには剣が深々と突き刺さっていた。


「カハッ……」


 太田は遅れてやってきた激痛に崩れ落ちる。その際にオークの剣は抜かれ腹部から血が吹き出す。


「け、けんじ!? い、いやぁぁぁぁぁ!」


 ボス部屋に由美の叫び声が響き渡る。


 その声に太田は再び立ち上がろうとするが、足に力が入らない。パワードスーツの出力を上げようとするが、やはり何の反応もない。背部の動力が剣で貫かれたようだ。


 そんな太田の首へとオークは剣を振り下ろそうとする。


「グラッ!」


 しかしそれをレッドオーガが制止する。


 オークを制止したレッドオーガは玉座から立ち上がり、一瞬で倒れている由美の側まで移動した。そして下半身を丸出しにし、彼女に覆い被さろうとしていたオークを蹴り飛ばした。


 太田が痛みに耐えながらもレッドオーガの不可解な行動に眉を顰めていると、レッドオーガはそんな太田へ向けニヤリと笑いながら由美の頭を掴み持ち上げる。


「あぐっ……けんじ……逃げ……て」


 頭を掴まれ宙ぶらりんとなった由美は苦悶の表情を浮かべつつも、それでも太田に逃げるように言う。


「ぐっ……な……何を…‥する気……だ」


 太田の言葉にレッドオーガは再びニヤリと笑い、由美の頭を掴みながらもう片方の手で由美の胴を掴む。そして太田に見せ付けるように由美を横向きにし……


「や、やめろぉぉぉ!」


 由美の頭を引きちぎった。


 由美の頭のあった場所から大量の血が吹き出す。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 太田は絶望と怒りに叫び立ちあがろうとする。しかし身体は動かない。


 太田は憎しみの眼差しをレッドオーガへ向け、恋人を殺した者へ復讐をするためにうつ伏せのまま這い進む。そんな太田の姿をレッドオーガは楽しそうにわらいながら見下ろす。


 レッドオーガは太田が由美を助けに来たのだと知り、目の前で残酷に殺してやろうと思ったのは間違いないだろう。オーガは生き物の苦しむ姿を見るのが好きな残忍な性格の魔物なのだから。


 虫のように這い進む太田を見飽きたレッドオーガは余興は終わりとばかりに太田へと由美の頭部を投げ、由美の身体をその場に捨て玉座へとゆっくりと戻って行く。


 太田は目の前に転がる苦悶の表情を浮かべている由美の頭部に手を伸ばす。


(由美……ごめんな……助けてやれなくて……せめて一緒に逝くから…‥それで許してくれ)


 太田は由美の頭部を抱き抱え、再び剣を手に向かって来るオークを力無く見つめていた。


 オークが太田の前に立ち、その首を刎ねようと剣を振り上げる。


 その時だった。


 入り口の扉がバンッと大きな音を響かせながら開いた。


 そして一人の男がボス部屋へと入ってきて、太田の姿を見て叫ぶ。


「や、やっぱり太田さん!?」


 太田は自分の名を呼ぶどこかで聞いたことのある声に反応し後ろを振り向く。


 そこには見覚えのある茶髪の青年の姿があった。


「くどう……君?」


 異世界を救った勇者の孫。工藤 ユウトの姿がそこにはあった。

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