第74話 勇者の孫の恩返し③



 ボス部屋から少し離れた場所にある柱の陰では、酒田と太田が仰向けで寝そべりながら目の前の通路を歩くゴブリンの集団が通り過ぎるのを待っていた。


「ふぅ……なんとかやり過ごせましたっスね」


 太田たちに気がつくことなく目の前を通り過ぎて行ったゴブリンの集団。その集団が通路の先の角を曲がったのを見計らい、酒田が身を起こしながら向かいの柱の陰にいる太田へと話しかける。


「ああ、しかしやたらと急いでいなかったか?」


「そういえば早足でしたね。俺たちの他に探索者が近くにいるんスかね?」


「今回攻略に挑むのはうちだけだと聞いていたんだけどな。別の地域からの遠征組が来ているのかもしれないな」


 太田は由美から、今月小鬼ダンジョンへ攻略に挑むパーティはウィンクルムだけだと聞いていた。とは言ってもそれはこの奥多摩ダンジョンに普段出入りしている探索者の中ではという意味だ。他の地域を拠点にしている探索者が遠征に来ることもあることから、もしかしたらその遠征組が20階層に降りてきたのかもしれないと太田は考えた。


「やっぱり上を目指す人たちはこの小鬼ダンジョンを目指すんすね」


「奥多摩ブランドというやつだな」


 俺たちもその一人だけどな。と、太田は続けニヤリと笑う。その太田の笑みに酒田は内心で相変わらず渋いっス。二つしか歳が離れてないのが信じられないっスなどと考えていたが口には出さない。以前口にしたら太田が老けているって言いたいのかと怒ったからだ。


 そんな会話をしつつも二人は同時にボス部屋の入口へと視線を向け、時計を確認する。


「もうすぐっスね」


「ああ、あと5分で30分が経つな」


「大丈夫っスよね?」


「なんだ? 由美たちが中に入る時はあんなに自信満々だったのにどうした」


「いや、わかってはいたんスけど、こうも中の様子がわからないと不安で」


 外からはボス部屋の中で何が起こっているかはわからない。ボス部屋の扉には全ての音を遮断する魔法が掛かっているからだ。ユウトが影狼を使いボスとその手下が扉の外に逃げようとした時のように、扉に余程の衝撃があればその音は聞こえる。しかし逆にそんなイレギュラーでも無ければ外に音は漏れないようになっている。


「そういえば裕司はボス戦は初めてだったな」


 太田は裕司がボス戦をする仲間を待つのは初めてだということを思い出した。


 酒田は2年前にウィンクルムが一つ星ダンジョンを攻略し、二つ星ダンジョンに挑む際に太田の紹介により追加で雇ったポーターだ。その当時の酒田は一つ星ダンジョンに挑む探索者に日雇いで雇われていたので、ボス戦に同行した経験がなかった。


 ちなみに太田はウィンクルムが新人の頃から時々雇われており、一つ星ダンジョンのボス戦の時は外で待機していた。そして由美たちが一つ星ダンジョンを攻略し、二つ星探索者に昇格すると同時に正式に専属のポーターとして雇われた。


「美佳さんや香さんたちが怪我してないといいんスけど」


「4等級のポーションをあるだけ持っていった。よほどの重傷を負わない限りは死ぬことはないから大丈夫だ」


 4等級のポーションがあれば深い切り傷でも治すことができる。即座に止血もしてくれるので、一度に大量の出血さえしなければ命を失うことはない。


 とは言っても人数分用意できたわけではなく6本しか用意はできていない。しかしそのことは酒田には言わなかった。余程のことがない限りそれだけあれば足りるからだ。不安がっている人間に言うこともないだろうと太田は口にしなかったのだ。


「そうっスよね。ホブゴブリンとゴブリンウィザード程度にそんな苦戦はしないっスよね」


「ああ」


 当たり前だと太田が口にしようとした時だった。


 バンッという激しい音と共にボス部屋の扉が開く音が通路に響き渡る。


 太田と酒田が音のした方へ同時に顔を向けると、中から血まみれのウィンクルムのメンバーたちが仲間を背負い、または引きずるようにして外に飛び出してくる姿が太田たちの目に映った。


「綾子!」


「み、美佳さん!」


 太田と酒田は彼女たちのもとへと駆け寄る。


 そんな太田たちに額と腕から血を流しながら綾子を背負っていた美佳が叫ぶ。


「太田さん! 裕司! ポーションをありったけ出して! 全部使い切っちゃってこのままじゃ綾子とみんなが!」


「わ、わかった!」


 太田は大量に持って行ったはずのポーションを使い切ったことに驚きつつも、バックパックから予備の5等級のポーションを全て取り出す。酒田も慌ててポーションを取り出し、他の仲間たちの元へと向かう。


 ポーションを取り出した太田は、美佳の背から下ろされた綾子の顔を見て息を呑んだ。彼女の顔はまるでファイアーボールの魔法が直撃したかのように焼け爛れていたからだ。幸い気絶しているようで痛みに苦しんでいる様子はない。


「美佳もポーションを飲んでくれ。それで一体中で何があった?」


 太田は綾子の顔にポーションをかけつつ美佳にもポーションを渡し、彼女たちの様子にまさかと思いつつも事情を聞いた。


「レアボスよ……レアボスに当たっちゃったのよ」


「なっ!?」


 太田は美佳の言葉にまさかと思っていたことが現実となり目の前が真っ白になった。


 しかしそれと同時に由美の姿が脳裏を過ぎり、ボス部屋から出てきた仲間たちを見渡す。しかしそこには由美と景子と留美の姿がなかった。


「ゆ、由美と景子と留美は!?」


 太田は吐きそうになるのを堪えつつ美佳へと確認する。


「景子と留美はレッドオーガに……即死だったの。由美は私たちを逃すためにレッドオーガを足止めしてくれて……でも今頃はもう」


 そんな太田に美佳は悔しそうにそう告げて下を向く。


 ウィンクルムは最初の20分ほどは犠牲を出すことなく耐えていた。とは言っても余裕など一切なかった。重傷を負った者に4等級のポーションを飲ませたあと、守りながらなんとか耐えていたという状態だ。


 それでも死者が出ていなかったのは最初の先制攻撃でオークの数を減らすことに成功し、その後もオーガやオークを倒すことは考えずただひたすら守りを固めたからだ。


 ウィンクルムの面々は20分耐えたことで、最後まで耐え切れると思っていた。


 レッドオーガが動くまでは……


 あと5分で扉が開くという時だった。美佳たちが一向に崩れないことに剛を煮やしたレッドオーガが突然立ち上がり、立てかけていた大剣を持ち目にも止まらない速さで接近してきた。そして大きくジャンプしたと思ったら、左側面でオークの対応をしていた留美と景子の首が飛んだ。


 一瞬だった。


 美佳にはまるで動きが見えなかった。


 そこからオークとオーガが防衛陣に雪崩れ込もうとして、それを防ぐために数人が重傷を負った。


 レッドオーガは由美が一人で押さえていたが、実力差は明白で遊ばれているようにしか見えなかった。


 そしてなんとか残りの5分を耐え切り扉が開く時間になった。


 すると由美は綾子に至近距離でファイアーボールを炸裂させるように指示をした。オーガやオークが近過ぎて扉を開けられないからだ。迷った綾子だがそれしか逃げる時間を稼げないと判断し皆に声をかけたあと、自分の目の前。オーガとオークの足元にファイアーボールを二度放った。オーガたちは怯み一歩下がるが、綾子自身も大火傷を負ってしまい倒れる。


 倒れた綾子を背負い、美佳たちは扉を開け外へと飛び出そうとする。が、レッドオーガだけが怯まずに追いかけて来た。しかしそこに由美がレッドオーガの足にしがみつき、美佳たちに今のうちに逃げるようにと叫ぶ。


 美佳たちは悲痛な想いで倒れている仲間と共に無我夢中で部屋の外に出た。



「あの馬鹿が!」


 由美が皆を逃すために囮となったことを知った太田は、悪態をついたあとボス部屋の入口へと向け駆け出した。


 由美がまだ生きているかもしれない。今ならまだ間に合う、そう思ったからだ。


「ま、待って太田さん!」


「お、太田さん! 駄目っス!」


 ボス部屋に入ろうとする太田を美佳と酒田が呼び止める。


 しかし太田はその声を無視し、ボス部屋の中へと入って行ってしまった。


(頼む由美! 生きていてくれ!)


 愛する恋人を連れ戻すために。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る