第73話 勇者の孫の恩返し②



「うそ……」


 由美は部屋の奥に鎮座する玉座に腰掛けている赤い肌をしたオーガの存在に絶望していた。


 レアボス。


 ダンジョンはより上質な魂を得るために、探索者へ試練を与えるとリルでは言われている。最下層にいるダンジョンボスがその最たる例だ。


 ダンジョンは通常、最下層にたどり着いた探索者がギリギリ倒せる程度のボスを配置する。しかしダンジョンが優秀と認めた探索者には、より強力なボスを配置することもある。それがレアボスと言われる存在でる。


 ただ、二つ星や三つ星などの中級ダンジョンで現れるレアボスに関しては、探索者たちを全滅させることは少ない。わざと逃がしたのではないかと思われるケースも多く確認されている。恐らくそれまで順調にダンジョンを進んでいたパーティに敗北を味合わせ、成長を促し魂を育てるのが目的なのではないかと言われている。実際そうしてパーティの壊滅の危機を乗り越え、立ち直った者たちは例外なくトップ探索者となっていた。


 そのダンジョンによる育成パーティに今回、ウィンクルムが選ばれたというわけだ。


 由美たちもレアボスに遭遇する可能性を考えてはいた。当然その対策も用意はしてある。しかし実際に自分たちが遭遇するとは思っていなかった。


 それでもボス部屋に入る直前の酒田のフラグ発言により、その心構えができていたこと。そしてーダーとしての責任感から、由美はすぐさま行動を起こすことができた。


「対レアボス戦用意! 右側のオーク! やるよ!」


「!? りょ、了解!」


 由美の小柄な身体からとは思えないほどの大きくよく通る掛け声に、恐怖に震えていた仲間たちが奮い立つ。彼女たちは唇をギュッと噛み武器を構え、指揮官先頭とばかりに単独で駆け出した由美の後を追う。


「援護射撃と反対側のオークへの牽制は私に任せて!」


 そんな由美たちに綾子は、ファイアーボールの魔法を発動させながら声を掛ける。綾子の両隣には護衛が1人だけ残っている。由美たちは7人で4体のオークに突撃した形だ。


 7人の仲間を引き連れた由美が4体のオークのいる右側の壁に辿り着く直前に、綾子のファイアーボールが一番手前にいたオークに着弾する。全身を炎で包まれたオークを由美は邪魔だとばかりに盾で殴りつけ地面へと転がすと、追いついたパーティメンバーの1人が槍で胸を突き刺す。


 由美はそれを見届けることなく二体目のオークへ突撃する。その後ろを他の仲間たちが追い、由美の援護に向かう。


 そうして由美たちが三体のオークを仕留めたところで、後方から魔法を放っていた綾子が左側面のオークと前方のオーガが動き出したことを察知する。


「由美! 動いたわ!」


「後退! 扉の前で防御陣形!」


 4体目のオークの剣を盾で受け止めていた由美は、綾子の報告を受け剣を弾きながらオークの足を切りつけ距離を取った。そして後ろで三体目のオークにトドメを刺していた仲間に指示を飛ばしたあと、背を向け全力で扉へと向かう。その後ろをほかの者たちも追う。


 綾子も近づいてくるオークとオーガにファイアーボールを放ち牽制しながら扉へと下がっていく。


 そして扉の前で合流した由美と綾子たちは、扉を背に綾子を守るように半円に展開しそれぞれ剣と槍を構えた。


 奇襲とも思えるこれらの動きは、過去のレアボスの出現例を元に事前に練習していた戦法だ。


 まず初手で敵が合流する前に片側のオークを殲滅し、すぐさま扉まで下がり防御陣形を組み30分耐える。オーガとレッドオーガとまともに戦うつもりは最初からない。そんなことをすればあっという間に包囲され全滅するのは目に見えている。だから自分たちでもなんとか倒せるオークをオーガと合流する前に各個撃破で減らし、数的有利の状態を作ったあと扉の前で耐え切る。


 結果、右側のオーク4体のうち1体を残してしまったったが、そのオークは足を切りつけられたことで動きが鈍い。一応作戦は成功したと言っていいだろう。


 しかしここからは作戦も何もない。ただひたすらレッドオーガと2体のオーガ。そして5体のオークの攻撃を耐え切るだけだ。


 陣形を組み一番先頭で盾を構え終えた由美は、向かってくるオークとオーガを睨みつける。


 レッドオーガは玉座から動いていない。肘掛けに肩肘をつき、どこか楽しそうに由美たちを見ている。圧倒的強者の余裕からか、高みの見物をするつもりのようだ。


 由美はそれならそれでいい。その方が仲間が生き残る確率が高くなると、そう思いながらレッドオーガから視線を外す。


 それでも……と。由美はこちらに向かってくるオーガに眉をひそめる。


 オーガは三つ星ダンジョンの下層の魔物だ。オークのように武器を手にしていないとはいえ、戦う予定だったホブゴブリンよりも遥かにその腕力は強い。2体だけとはいえ、今の自分たちにオークと戦いながらオーガの攻撃を防ぐ自信は無かった。


 それでも……と、由美は後ろにいる仲間たちを思い浮かべ自らを奮い立たせる。


「さあ掛かってきなさい鬼と豚ども! 私がみんなを守ってみせる! 誰一人死なせはしないんだから!」


「私たちもリーダーを守るわ! 30分耐えるわよ!」


「「「了解!」」」


 由美と綾子の掛け声にメンバーたちの士気が上がる。30分、30分耐えれば外に出れる。外に出ればボス部屋の魔物は追っては来れない。そのことが遥か格上であるレアボスを前にした彼女たちの戦う力を湧き上がらせた。


「射程範囲に入ったわ! 『ファイアーボール』 『ファイアーボール』!」


 そして綾子の火球の連射を合図に、2体のオーガと5体のオークとの戦いが始まった。



 ウィンクルムが決死の防衛戦をしている頃。


 同じ20階層にユウトたちはいた。


「やった! これで20階層に降りてから3個目だよ!」


 楓は木製の宝箱を見つけ目を輝かせている。


 ここ二日の間。18階層19階層と探索していたユウトたちだが、玲と楓がゴブリンウィザードとの戦闘や増えた魔力にだいぶ慣れたことから昨日から宝箱探しをしていた。


 一つ星ダンジョンの攻略時もこの二つ星ダンジョンに来た時もそうだが、ユウトたちは探索は二の次でただひたすら下層へと急行していた。そのため途中で宝箱を見掛けても無視していたので、三人では宝箱をまともに開けるのは今回が初めてだった。


「罠だけでなく宝箱の場所まで見つけるとはな。ユウトの精霊魔法は本当に便利だな」


「基本的に魔力さえ渡せば精霊は何でもしてくれるんだよ。まあ契約したての頃はボス部屋の場所や宝箱を探しに行かせると、途中で飽きて帰ってこなかったりもするけど」


 感心する玲にユウトは肩をすくめながら答える。


「昔読んだ小説に精霊は飽きっぽい性格だと描かれていたが、実物もそうなのだな」


「あはは、こっちでもそういうイメージなんだな。まあ飽きっぽいというか基本的に自由なんだよ精霊は。それに下級精霊は人間の幼児くらいの知能だしね。お願い事をする時に魔力をあげてもさ、お菓子をタダでもらったくらいにしか思わなかったりするし。魔力の持ち逃げなんかしょ中だったな」


「ふふっ、人間の幼児か。なんだか可愛いな。一度姿を見てみたいものだ」


「そう言われても契約者以外には見えないからなぁ。例外は精霊王くらいかな」


「そういえばユウトは精霊王と契約していると言っていたな。近くにいたりするのか?」


「いや? 精霊は上級以上になると、現世では存在を維持できなくなるから精霊界に基本いるんだ。呼べば来るけど、用もないのに呼ぶと怒るんだよ」


 ユウトが普段使っている精霊は、契約している精霊王の眷属である下級や中級の精霊だ。上級ダンジョンの攻略でもしない限りは、基本的に精霊王を呼び出すことはない。


「契約をしているのに怒られるのか? ユウトが?」


「契約はしてるけど基本は対等な立場だからね。精霊とは魔封結晶の魔物のように主従の関係じゃないんだ」


「そういうものなのか。てっきり使役しているのかと思っていた」


「使役してたら魔力を渡さずにタダ働きさせてるよ」


「ふふっ、それもそうか」


 ユウトの返事に納得した玲は思わず笑ってしまった。すると宝箱を開けた楓から二人に声が掛かる。


「兄さん、お姉ちゃん! 4等級のポーションだよ! 当たりだよ当たり!」


「おお、5等級ではなく4等級か! やはり下層の宝箱は豪華だな」


「4等級のポーションは確かに当たりだな。お? この先にも宝箱を見つけたみたいだから開けに行こうぜ」


「うん! 早く行こう兄さん、お姉ちゃん!」


「あ、こら楓! 一人で勝手に先に行くな! ゴブリンアーチャーとウィザードの不意打ちを受けるぞ!」


 どうやらユウトが宝箱を簡単に見つけることができるからか、楓は宝箱を開けることにハマってしまったようだ。


 そんな次の宝箱が楽しみで一人で先を行く楓に注意した玲は、ユウトと顔を見合わせたあとお互いに肩をすくめ楓の後を追うのだった。


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