ティラミスを君に

野村ロマネス子

試食のひと

「試食して欲しいの」


 その申し出は何度目だったか。彼女は、恋をする度そう言いながら皿を差し出す。正確には皿に乗ったカップケーキだったり、チーズケーキだったり、エッグタルト、タルトタタンなんてのも。

 とにかく僕が甘党なのをいい事に、試食の役目を押し付けてくる。隣に住む幼馴染としての宿命なのかも知れない。


「今回は何?」

「ティラミス。バレンタイン仕様なの」


 なるほど、もうすぐ二月。皿の上には、ココアパウダーを纏い、飾り切りの苺を従えたティラミスが鎮座している。これがチョコレートの部類に入るかどうかはともかく、多く贈られるチョコ菓子の中にあっては目を惹く存在になるだろう。

 僕はさっそくスプーンを入れる。

 ココアパウダーと、コクのあるマスカルポーネのクリームと、ブラックコーヒーを含ませたビスケットの断層が、スプーンの上で美しく魅了する。ひとたび口に含めば、すべてが優しく溶けあい混ざりあって、絶妙な調和の虜になる。


「最高に美味しい!」

 思わず唸る。

「けど、ひとつだけ問題がある。これを持ち運ぶのは至難の業では?」

「そこは大丈夫なの」

 ティラミスに添えられた苺のように、真っ赤になった彼女が続けた。

「隣の家だから」

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ティラミスを君に 野村ロマネス子 @an_and_coffee

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