第7話 アルバムの最初のページ

 数時間が体感ではほんの数分のようにあっという間に過ぎて、水族館の営業終了時間が近づく中、水族館の順路を回り終えて、俺と彼女は玄関ロビーに戻ってきていた。


 そのまま出てしまうのが惜しくて、ロビーの売店を一緒にひやかしている。遅い時間なのですでにほとんど客はいないが、俺たちと同じくあえてこの時間に来たのであろう車椅子の男の子とその両親の姿が目に留まる。


「ぼくね、きょうの絵にっきに、お魚さんかくよ!」

 

小学校低学年と思われる男の子が満面の笑みで母親にそう言った瞬間、彼女がつぶやく。


「……いいな」


「え?」


 思わず聞きとがめた俺に彼女が自嘲気味に笑う。


「私は子供の頃からずっと家の中に閉じこもっていたから。小学校時代の夏休みの絵日記なんてほとんど読書感想文みたいだったの。文集で他の子が家族で遊びや旅行に行ったことを描いているのがすごく羨ましくて、なんで私だけ、太陽の下に出れない身体に生まれたんだろうってすごく悔しかったし、家族にも申し訳ないってずっと思ってた。でも、今日あなたとこうして出かけられたように、障害があっても人生の楽しみ方ってあったんだよね。私は、自分で自分の世界を狭めてたんだなって」


 そう言った彼女はとても寂しそうだった。


「……そっかぁ。それで、今日はどうだった? 楽しかった?」


「うんっ! 最高だったよ! 正直、もう思い残すことなんかないってくらい」


「そかそか。誘ってよかったよ。じゃあさ、家に帰ってから描いてみたら? 今日の絵日記。それで俺に見せてよ」

 

 俺の提案に彼女は目をまんまるに見開いて、やがて困ったように笑った。ちょうど手にしていた珊瑚のアンクレットを意味もなく指でいじっている。


「……えー、なんかそれ、嬉しいような、恥ずかしいような」


「まあ絵日記云々は聞き流してくれてもいいけど、君にとって子供の頃の思い出があまりいいものじゃないんなら、これから一つずつ楽しい思い出で上書きしていけばいい。アルビノの君には確かにいくつかの 不自由があるだろうけど、だからって楽しいことを全部諦める必要なんかないさ。それにご家族とだって、これから新しく楽しい時間を一緒に過ごして思い出を作っていくこともできるだろ?」


「……そっか。そうだね。まだ手遅れじゃないのか……な?」


「全然。君は思い残すことなんかないって言ったけど、俺はまだまだ君に見せたいもの、君と一緒に出かけたい場所、君と一緒にしたいことがたくさんあるんだよ。今日のデートはまだ序の口だよ」


 彼女は驚いて目をまん丸に見開く。


「また……誘ってくれるの?」


「君が嫌じゃなければね」


「い、嫌なわけないじゃない! 私も、あなたと一緒に色んなところに行きたいよ」


「そかそか。じゃあこれからも今日みたいに楽しい思い出を作って、俺たちだけの思い出のアルバムを埋め尽くしていこうよ」

 

 ちょっとだけ勇気を振り絞って、一言付け加える。


「……これから先もずっと一緒にさ!」

 

 赤紫の瞳が涙で潤み、彼女は笑おうとしてちょっと失敗して、無言で俺に抱きついてきた。彼女の華奢な身体をぎゅっと抱き締める。

 やがて、彼女が俺の耳元で涙混じりの声でささやいた。


「私、あなたに出会えてよかった」




    Fin.









【作者コメント】

 ということでここまでで完結となります。ここまでお付き合いありがとうございました。いかがでしたでしょうか? 楽しんでいただけたなら幸いです。もしよろしければ応援ボタンやコメント、★評価やレビューなど寄せていただけると嬉しいです。


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