最終話 アオが奪って行ったもの

「うーん……」


 しばらくすると茜が意識を取り戻す。

 僕は彼女の体を支えたまま、思わず失礼な質問をしてしまった。


「お前、本当に茜か?」


 不思議そうな表情のまま、まどろみの瞳で思案を巡らせていた茜は、突然ニヤリと口元を結ぶ。

 そして驚くことを口にした。


「ははーん、さてはアオちゃん、また透の中に入ったのね?」


 ええっ、それって……?

 茜はアオのことを知っている?


「茜はアオのこと、知ってるのか?」

「とかなんとか言って、ホントは中身はアオちゃんなんでしょ?」


 これって、どういうことなんだ!?


「僕はアオじゃないよ」

「私だって、アオちゃんじゃないよ」

「いやいや、茜じゃなくてアオだろ?」

「そう言う透こそ、アオちゃんじゃないの?」


 言い合っているうちに可笑しくなってきた。

 あのアオが、こんな低次元なやり取りをするとは思えない。だから僕は、次元をさらに下げてみる。


「いい加減、アオだって認めろよ。茜はバカなんだから」

「バカって言ったわね! 透の方がバカじゃない。バカバカバカバカ、透のバカっ!」


 彼女は茜だ。間違いない。

 僕は思わず茜を抱きしめていた。


「よかった、茜が戻ってきてくれて」

「透? ホントに透なのね?」


 それから僕は、事の経緯を知る。

 この場所で二人で腰を下ろしてからすぐ、僕は意識を失ってしまったという。

 驚いた茜は僕を膝枕で寝かせて介護していたらしい。


「そしたらね、透が目を開けて言ったの。幼稚園の頃、ここで何をしたのか思い出したって」


 ええっ、そんなこと言った覚えは無いんだけど。

 幼稚園の頃の夢を見ていたのは間違いないけど――そこで僕ははっとする。


 そうか、あの時か。アオが僕の体の中に入ってたのは。

 アオが僕の脳内の記憶を探っていたから、そんな夢を見てたんだ。


「私、嬉しくなっちゃって。だってあの思い出は私の心の支えだから。そしたら透はあの時と同じように目をつむってくれたの」

「で、キスしたのか?」

「当然でしょ? 透の中身がアオちゃんだって知らなかったんだもん……」


 僕も人のことは言えない。

 アオにすっかり騙されてキスしちゃったから。


 というか、お別れする前のキスがしたいって何だよ。

 その前にキスしてたんじゃないか。

 でも、それってどういうこと? 比較したかったってこと? 茜とのキスと僕とのキスの違いを?


「でもね、私すぐわかったよ。透が透じゃなくなってたってこと。だって難しいことばかり言い始めるから」


 だよな。

 アオに操られていた時の茜も、茜とは思えなかった。


「だから問い詰めたの。そしてらちゃんと教えてくれた。アオちゃんの正体や、青い池で起きたこととか」


 全くアオってやつは……。

 僕たちの心を実験台にやりたい放題やりやがって。

 ふつふつと、やり場のない怒りが湧いてくる。


「二人ともファーストキスはアオに奪われちまったんだな……」


 二度と取り戻せない僕たちの貞操。

 このやるせない気持ちは何だろう?

 茜だと思っていたから、キスする時に愛おしさで心が溢れそうになった。

 しかし中身がアオと知ったとたん、騙されたという気持ちで一杯になってしまう。

 交わした唇は変わらないのに。

 茜も同じ気持ちなのかと思いきや、彼女は強い眼差しで反論する。


「違うよ。私のファーストキスの相手は透だよ。それは幼稚園の時からずっと変わらないんだから。透がそれを覚えていてくれただけで、私はこんなにも嬉しいんだから」


 そして、ちょっと泣きそうな表情をした。

 その笑顔を見た瞬間、愛おしさが次から次へと溢れ出てくる。

 茜は強い。

 僕もこんな風になりたい。二度とアオみたいな存在に心を掻き乱されないように。

 

「綺麗だね、夕焼け」

「うん、私の名前だもんね」


 今なら言える。

 僕が心から望んでいることを。


「だったらちゅーしてもいいんだよね?」

「うん、いいんだよ」


 替えが効かない大切な存在。

 やっとのことで僕はそれに気づけたんだ。





 おわり

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茜の中のアオの少女 つとむュー @tsutomyu

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