第10話 別れ

 今日は本当に夕陽が綺麗だ。

 僕は草地に座ったまま、茜の上半身を抱きしめる。

 華奢な肩、甘い香り、柔らかな女の子の体。すると「うーん」と意識を取り戻した茜は僕を拒否することなく、吐息まじりに小さくささやいた。


「このままでいいよ、透」


 体を離そうとする僕の背中に、茜は手を回してくる。


「夕陽が綺麗ね。だからもっとぎゅっとして……」


 夕陽が大好きな茜。だって彼女の名前の由来だから。

 先ほど見た夢で再認識した。僕たちはずっと昔からここに居たんだ――と。


 懐かしい景色。

 腕の中にある大切な存在。

 絶対失ってはいけない人なんだ茜は。

 だからもう、他の誰かに乗っ取られて欲しくない。

 僕は強く彼女を抱きしめる。


「ありがとう。幼稚園の時のことを思い出してくれて。私ね、あの時からずっと透のことが好き」

「僕も大切に思ってる」

「あの時は透が目をつむったから、今度は私が目をつむるね」


 僕はゆっくりと体を離す。

 茜は目を閉じたまま、静かに僕を待ち続けていた。

 唇を唇に近づける。僕のファーストキス。

 さっきはアオとキスしなくてよかった。破裂してしまいそうな胸のドキドキがそのことを裏付けている。

 唇が合わさった瞬間、熱いものが体を駆け抜けた。


「大好きだよ、茜」

「私も」


 狂おしい感情に導かれ、僕は茜のことを抱きしめた。

 すると彼女は小さく耳元で囁いたのだ。


「これでもう、思い残すことはない……」

「えっ?」


 驚いた僕は体を離し、彼女を見つめる。


「キスってこんなに素晴らしいものなのね。世界中の人がキスをしたら戦争なんて無くなるのに。キスを忘れた人が戦争を始めるってよく分かったわ。それを教えてくれてありがとう。これで私は行くことができる」

「それって……」

「じゃあね少年。君のことは絶対忘れないよ」


 すると茜の鼻から青い光が空に向かって放たれていく。

 呆然としながら、僕はそれを眺めることしかできなかった。

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