時を紡ぐ

月井 忠

第1話

 都バスの中からこんにちは。


 ちょっと遅めの出勤をしている僕は「時を司る天使」です。


 頭おかしいやつだと思った?

 でも、本当だよ?


 信じてくれない読者諸君に説明でもしてあげようかな。

 なにしろバスの中では、やることないから暇なんだよね。


 てっきり、こんな時間だから席に座われるだろうと思ったけど、あてが外れてつり革に捕まる羽目に。

 寝たいのに。


 ふあぁ、思わずあくびが出ちゃった。


 昨日は友達と「のど自慢大会」と称して朝までカラオケしてたんだよねえ。

 だから眠くて眠くて。


 って僕の説明だっけ?


 昔、僕は時を司る神様のところで働いていたんだ。

 人間は時の神様のことを「クロノス」って呼ぶみたいだね?


 今、ウィキペディアで調べた。


 人間ってどうしてこう自分に都合の良いことばっか書くかなあ。

 そもそも、神様が人間の姿をしているっていうのが傲慢だよね?


 時の神様に名前をつけて呼んだりしたら、ボッコボコにされちゃうよ?

 ああ見えて結構、短気なんだから。


 時の神様なんだから、気長に部下の成長を見守ればいいのにねえ。


 まあ、僕もそのせいでここにいるようなもんなんだけど。


 僕ちょっと酒癖が悪くてさ。

 遅刻するわ、二日酔いで出勤するわで、めっちゃ怒られてたんだ。


 僕の勤務態度が悪いってのもあったけど、実は時の神様と酒の神様は仲が悪くてね。

 部下の僕たちに酒の神様にかかわるなって、お達しがあったわけ。


 でも僕は酒の神様の下で働いてる天使と仲が良くて、お酒をちょくちょく恵んでもらってたの。

 その天使とは一応ライバル関係なんだけど、こればっかりは仕方ないよねえ。


 その天使には、お酒のお礼と称してちょっとだけ時間を上げてたんだ。

 それもまずかったのかな?


 結局、時の神様に隠れて、ぐびぐびやってたところを現行犯逮捕されちゃってさ。

 修行し直してこいって言われて天界を追い出されて、人間界に堕とされたってわけ。


 ライバルの天使も、お酒を横流ししていたことがバレて一緒に堕天させられたんだ。

 ちなみに昨日、カラオケでのど自慢大会をやってたのはソイツね。


 そんなわけで、今ではこうして人間の姿をして、ちゃんと働いてるんだ。

 もちろん禁酒はしてるよ?


 なにしろ手元が狂うと仕事にならないからね。


 都バスのアナウンスが目的地を知らせたので、真っ先に降車ボタンを押す。

 これ、ついつい押したくなるよね。


 バスを下りて徒歩一分。


 この怪しげな雑居ビルが僕の仕事場。

 エレベーターの上ボタンを押して、しばらくぼーっと待つ。


 「時の天使」なんだけどなあ。


 ドアが開いたので6Fのボタンを押す。


 僕の仕事は砂時計を作ることなんだ。

 この国ではもうほとんど職人がいないみたいだけど、昔はいっぱいいたんだよ?


 6Fで下りて、すぐ右のドアの鍵を開ける。

 中は十畳ぐらいの部屋なんだけど、いろんな雑貨で埋め尽くされてる。


 一応、カウンターの上にはレジがあって、商売してる風なんだけど、ほとんど工房として使ってる感じ。

 さすがに砂時計を買ってくれる人は少ないから、いろんな雑貨を作ってるんだ。


 それをここで売っているわけだけど、こんな怪しい店にくる人はほとんどいない。

 もっぱらネット販売が主になっていて、ここはショップ兼、工房兼、倉庫みたいな感じ。


 なんで砂時計を作ってるのかというと布教が目的なんだ。

 砂時計を見て、時間に思いを馳せる人がいると、時の神様への信仰につながるんだって。


 今は人間の姿をしてるけど、こうやって信仰を集めれば、また天使に戻れるってわけ。


 それじゃあ、ただの人間じゃないかって?

 それが違うんだなあ。


 僕には少しだけ天使の特権が与えられてるんだ。


 アクセサリーやら時計やらが置かれた棚を回って奥の作業スペースに行く。

 小さな机にあるランプをつけて、いざ作業開始。


 机の上には今作りかけの砂時計がある。

 僕は右の手のひらを上にして、じっと集中する。


 小さな光が集まってきて、一点に押しつぶされていく。


 ギリギリ見える小さな砂粒が、ぽんっと何もない空中から落ちてくる。

 僕の右手にはその一粒の砂があった。


 これは「時の砂」。


 僕が作った砂時計には、この「時の砂」が一粒だけ入ってる。


 「時の砂」が落ちるとき、少しだけ時間がゆっくり流れるという特殊な仕組みなんだ。

 僕の砂時計を買った人だけに与えられる、貴重な特典だね。


 もちろん「時の砂」は人間には区別できないから探そうと思ってもダメだよ?

 いつ落ちるかわからないから良いんじゃないか。


 全く役には立たないだろうけど、ちょっと得した気分にならない?


 まあ、今までこのオマケに気づいた人間はいないから、きっとみんな見逃してるんだろうね。


 この頃の人間はせわしなくてダメだね。

 昔は時間を計ることもできなかったから、みんなおおらかだったんだよ?


 時刻って言葉も嫌いだね。

 時を刻むって書くだろ?

 刻めるわけないじゃないか。


 みんなきっと時間のことを勘違いしてる。

 僕の作った砂時計を見ながら、じっくり考え直した方がいいよ。


 これじゃあ砂時計の宣伝だなあ。

 でも、宣伝しないと売れないんだよね。


 この頃は腕時計すらしない人が多くて、嫌になっちゃうよ。

 だから、こうして僕が頑張って砂時計を作っても買ってくれる人はすごく少ない。


 こんなに作ったのになあ。


 僕の後ろには在庫になった砂時計が山のように積まれてる。


 天使の性分なのか、仕事だけは完璧なんだよね。

 人間の身体だから、ずっと働き続けるのは無理だけど、ブラックな労働もなんのそのだよ。


 禁酒も成功していて、今ではすこぶる健康。

 だから、ガンガン働くよ!


 時計には目もくれず、砂時計を作ってく。

 ときには暇つぶしで、アクセサリーなんかも作って商品を増やす。


 人間の世界にいる以上、お金は必要だからねえ。


 時は金なりだよ。


 ふうと一息ついて、時計を見る。

 あっ! もうこんな時間じゃん!


 近くのスーパーでやってる、お昼のタイムセールの時間が過ぎていた。

 なんだよおぉ!


 しゃーない、今日もお手製おにぎりで我慢するかあ。


 てか、なんで「時の天使」なのに時間に支配されてるんだろ。


 この世界なんか、おかしくない?

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