新カルミル村編 第三十七話 不幸の箱
「馬鹿なしきたり守って村人死んで。つくづく馬鹿だよなぁ。これはお前らの神が引き起こした惨劇だ。恨むなよ?
リーダーの低い声が響くと森の方から金属が悲鳴を上げる音が聞こえる。地面が揺れる。空気が震える。
「さぁ!ここからが本番だ。一体ぐらいは倒せればいいなぁ?」
そう言ってリーダーは後ろに後ずさっていく。それとすれ違う形で奥から無数の影が迫ってくる。
「まずい……ローリャ!準備を!!」
レイドさんが盾を構えなおしてそういう。ローリャさんってたしか生き残ってる村人の中の一人だったはず。勝手に非戦闘員だと思っていたがそういうわけではないのだろうか。
影がどんどん鮮明になる。
森の木々を踏み倒しながらくる『それら』は目を光らせてうなっている。
「ニータ!お前はあの魔獣どもの相手をしろ!!この女は私たち三人で仕留める!」
「真空切り」
「させるか!甲虫の外骨格!!ニータ、頼んだぞ!」
「まかされたよ!」
魔獣の数が鮮明になる。
奥に何か大きな翼をもつ四足歩行の魔獣が一体、その前には鎧をまとった騎士のようなのが二体。そいつらはそれぞれ大剣とハルバードを握っている。そして、一番手前にいるのはみたことがある魔獣――人狼。あの時のとは違って仲間を捕食していないからか、あそこまで強くはなさそうだがそれでもあの時の俺だったら負けると思う。それが五体。
こちらは火車と大妖狐を入れて、俺、ニータ、火車、大妖狐の四人だけ。ウィーンさんは立ち上がれない。
「みんな、やるしかねぇ。先に人狼だ。行くぞ!武士道!発痙!!」
「火炎車!!!!」
「わたくしが二体預かりますわ。それ!狐火!!」
「超加速!猛虎炎舞!!」
人狼の群れに突撃する。恐怖心は無い。算段はある。攻撃を全部よけて致命傷だけを与える。そんなんで勝てる。
「星の一撃!!」
走る勢いそのまま繰り出した右ストレートは「ガキン」という音を立てて、人狼の爪に阻まれ相殺される。お互いにのけぞる結果となった。が、
「星の一撃!」
すぐに体勢と拳を戻して起き上がりかけている人狼の頬に拳をぶつける。
だが、人狼は人間にはありえない筋力をもってして本気の一撃を地から足を離さずに耐えきる。
人狼はニッと不敵な笑みを浮かべたかと思うと、爪を立てた腕を振り上げ、襲い掛かってくる、のを俺は認識できなかった。脳が認知できないほどの速さで行われたそれは不幸中の幸いか爪が肌の表面を軽くそぎながら滑るだけに終わったが、手の甲でそのまま殴られ俺は人狼と相対した場所まで飛ばされた。
痛みと恐怖を感じながら人狼を睨むとその視界にみんなが映った。大妖狐は人狼二体を相手に刀一本で大立ち回りしている。火車は対格差がひどく、そのうえ火炎車と言う、火を激しく体にまとう技も息継ぎのようなものが必要でかなりきびしそうだ。ニータは小柄な体躯と俊敏な動きを活用しながらも爪という武器の特性上、決定打が決め切れていない。
改めてこう見てみると俺が対峙している人狼は周りのよりも一回り大きくリーダー格という感じだ。
相変わらず不敵な笑みを浮かべながら、俺の方にのしのしと歩いてくる。やらなきゃ。勝たなきゃ。誰一人として負けることが許されないこの戦いで逃げることは許されない。せめて立ち向かわないと。
そんな覚悟を決めたとき、
「不幸の開放」
と、アイラがいる家の方向から声が聞こえる。
窓から飛び降り、蓋が開いた箱を持ったローリャさんがいた。その箱からは禍々しく紫色に曇った霧を噴出している。
「みんな、吸い込まないようにちょっとずつ後ろに下がっておいで」
ローリャさんの指示に従って一度大きく霧ではない空気を吸ってから息を止めて後ずさりする。
後ずさりしていると霧が俺たちを追い越して人狼たちのもとに向かっていく。
霧が人狼を纏い、人狼が霧を吸い込む。すると、
「グルルラァ…………」
とうめき声をあげながら倒れていく。
いともたやすく行われたそれは今までの戦いがお遊びだったと思わせるようなものだった。
「ごめん。私の不幸じゃ狼以外を殺せなかった。体内の魔力が多いと疎外されちゃうんだ」
しゅん、となりながら謝罪してくれているローリャに軽く感謝の言葉を伝えながらとある事実に戦慄する。
分かり切ってはいたことだが、俺たちが個人で頑張って倒せなった人狼よりもはるかにつよいのがその後ろに控えている、ということだ。
「なんであいつら攻撃してこなかったんだ?」
俺の単純な疑問にニータが
「見定めてたんじゃない?俺たちのこと。そんであわよくば何もしないでも人狼に殺されればいいとか思ってそうだけど」
「それむかつくな」
「ですわね」
「火車は大丈夫か?」
「心配、いらないニャ」
そう言いながらも炎の勢いは落ちていて息も上がっている。
「無理すんなよ。大妖狐、さっき召喚が解除されるみたいなこと言ってなかったか?」
「はい。私たちはコウシ様が願えばこの世界から一旦いなくなります。ですが、いなくなるとは言っても次に召喚しても記憶は残ってますし、家に帰る、ぐらいの気持ちでよいかと」
「なるほど。そういうことらしいから火車、お前がほんとに危なそうだったら帰すからな」
「……はいニャ」
ミシア達の方を見ると、刀を持つリタの体力がなくなってきたのか徐々に形勢は逆転している。三人を相手に互角以上に戦えてたのがおかしかったのは大前提のもとだ。
けがの状況はミシアはあれから怪我を負っていない。過剰に使用している精霊もチョーカーのおかげかまだ元気らしい。セシアさんは完全な無傷。それに対して盾を持って退くことができないレイドさんは体のいたるところに傷を負っており、盾で防ぎきれていない様子だ。
心配だが、人のことを心配している暇なんてないのは俺がいちばん感じている。このメンバーで倒せるなんて考えていない。回復する大妖狐と火車は置いといてとりあえず俺とニータの生存。
「ニータ、俺たちは絶対死なない。いいね?」
「うん。死ぬ気なんてさらさらないよ」
「よし、じゃあどう対応する?二対一にはもちこめるけど」
「四体二の方がいいと思う」
「え?」
「私もそう思いますわ。二人で対応できるほど私たちは強くありませんわ」
「なるほど、ならそうしよう。お互い助け合うってことだよな?」
「えぇ。火車、あなたが一番機動力あるのですから頑張るのですよ?」
「わかってるニャ」
「行くぞ。発痙!!」
宗教が乱立する世界で無宗教の高校生は何をする。 桜坂神楽 @KaguraSakurazaka0304
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