霧雨の降る冬の海

西しまこ

第1話

 冷たい霧雨が降っている。


 今日は大寒だ。二十四節気の最終節で、最も寒い日らしい。……確かに寒い。寒さが足元から上り、私を冷やしていく。

 平日の海は誰もいない。まして、冬の海ならなおさらだ。

 私はローファーで砂浜に落ち立つ。ざくざくと歩いてゆく。でも、砂がローファーに入らないように気をつけながら歩く。

 夏の賑わいが嘘のように、静かで寂しい、そして陰鬱な海だった。

 波の音が冷たく響く。

 霧雨が世界を包み込み、昼間なのに暗い空と暗い海は境目が曖昧で、どこか別の空間に来たみたいだった。


 ……学校、さぼっちゃったな。


 私は傘に霧雨を感じながら、海を眺めた。

 霧雨は音もなく海に吸い込まれていく。

 学校をさぼったことに、深い意味はなかった。ただ、今日はどうしても行けなかった。学校に行くために乗っていた列車を途中下車して、海に向かった。学校への連絡はホームページからすればいいからバレたりしない。そもそも私は優等生だから、疑われることはない。今までバレたことは一度もなかった。


 こころを空洞にして、こうして、海でも山でもいい、何か自然を感じられる風景をただ眺めるという行為が、私には時折必要だった。

 冷たい霧雨は世界を陰鬱にする。まるで私のこころを映し出すかのように。

 あまりに寂しくて、スマホを取り出したくなったが、我慢した。そうではないのだ。そういうことでこの寂しさは埋まらないということを、よく知っていた。

 寂寞たる想いとは真正面から向き合うことでしか、それを乗り越えてはいけない。

 いつからだろう。私がこうして、ひとりを噛み締めるようになったのは。

 私は思いついて、スマホの電源を落とした。……学校に連絡したら、すぐにこうしておけばよかった。ネットの電波はいつでもどこでも繋がることが出来るがゆえに、誰ともほんとうには繋がることが出来ないのだという逆説を生む。ゆえにスマホがあるから、寂しい。


 ふと気づくと、雨が上がっていた。

 私は傘を閉じて、雨粒を払った。

 陰鬱な景色は変わらなかったが、雨が上がったことで砂浜から移動する気になった。

 図書館に行こう。

 本を読んだり予習をしたり、下校時間まで図書館まで過ごせばいい。

 そうして、いつも通りの顔で「ただいま」と言うのだ。

 私は駅に向かって歩きだした。

 同じ制服を着て同じ年代の子たちがひしめく場所が、時々どうしようもなく、苦しい。

 そういうときはこうして、ネジをゆるめて抜いてあげればいい。

 そうしたら、また明日から普通の顔をして学校に行ける。




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