木乃伊
中島敦/カクヨム近代文学館
大キュロスとカッサンダネとの息子、
波斯軍がアラビヤを過ぎ、
敗れた埃及軍を追うて、
其の頃から、パリスカスの主人、カンビュセス王も次第に狂暴な
かねて
さて、パリスカスも、
捜索を始めてから何日目かの或る午後、パリスカスは、たった一人で、或る非常に古そうな地下の墓室の中に立っていた。何時、同僚や部下と、はぐれて了ったものか、この墓は
眼が暗さに慣れるにつれ、中に散乱した彫像、器具の類や、周囲の浮彫、壁画などが、ぼうっと眼前に浮上って来た。棺は
パリスカスは
どれ程の長い間、彼は
その間に、彼の中に非常な変化が起ったような気がした。彼の身体を作上げている、あらゆる元素どもが、彼の皮膚の下で、
彼は大変やすらかな気持になった。気がつくと、埃及入国以来、気になって仕方のなかったこと──朝になって思出そうとする昨夜の夢のように、解りそうでいて、どうしても思出せなかったことが、今は実に、はっきり判るのである。なんだ。こんな事だったのか。彼は思わず声に出して言った。「俺は、もと、此の木乃伊だったんだよ。たしかに。」
パリスカスが此の言葉を口にした時、木乃伊が、
今や、闇を
その頃、彼はプターの神殿の祭司ででもあったのだろうか。だろうか、と云うのは、彼の曾て見、触れ、経験した事物が今彼の眼前に蘇って来るだけで、その頃の彼自身の姿は一向に浮かんでこないからである。
ふと、自分が神前に
不思議なことに、名前は、何一つ、人の名も所の名も物の名も、全然
彼は最早木乃伊を見ない。魂が彼の身体を抜出して、木乃伊に入って了ったのであろうか。
又、一つの情景が現れる。自分は
其処で彼の過去の世の記憶はぷっつり切れている。さて、それから幾百年間の意識の闇が続いたものか、再び気が付いた時は、(即ち、それは今のことだが)一人の
奇怪な神秘の顕現に
其の時、闇の底から、彼の魂の眼は、一つの奇怪な前世の己の姿を見付け出した。
前世の自分が、或る薄暗い小室の中で、一つの木乃伊と向い合って立っている。おののきつつ、前世の自分は、其の木乃伊が前々世の
彼はぞっとした。一体どうしたことだ。この恐ろしい一致は。
パリスカスは、全身の
翌日、他の部隊の
木乃伊 中島敦/カクヨム近代文学館 @Kotenbu_official
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