本作は総題『古潭』のなかの一篇。
ちなみに『古潭』は四篇あり、「狐憑」「木乃伊」「山月記」「文字禍」。
ヘロドトスの『歴史』から材をとった作品。
古潭いずれも幻想譚となっており、本作も然りで、過去世をあつかい、過去世にとらわれて破滅してしまう物語。
いったいに中島敦はサスペンスの書き方が(も)非常にうまくて、芥川龍之介をおもわせもするけれど、やはり芥川龍之介とはその風合いが異なる。それは時代もあろうし、稟性もあろうし。
芥川龍之介には決して描けないもの、とはおもう。こういう輪郭のはっきりしない曖昧なものを、曖昧なまま、くっきりと輪郭をつけて仕上げてしまうところ。
見事な日本語で、湿り気を飛ばしながら。
本当によい作品。